推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ Tsubasa #1

 オレと彩の奇妙な共同生活が始まった。まさかスコッチや景光などと呼ばれるわけにもいかず、翠川翼いう偽名──最も外出はできる段階ではないので名乗ることは現状ほぼない──で話がまとまった。スマホ越しの「何も知らない」妹のさっちゃんに、彩の友人としていつか名乗る予定があるだけだ。
 さっちゃんが未来を知っていたこと、核の変遷とそれに伴う世界の交わり、人の入れ替わり。過去のパターンから、未来に干渉すると弾かれること、彩が弾かれたこと。今の核が誰か分からないこと。
「分からない?」
「ああ。親しい、言い換えれば執着してる人間──死ぬ前に浮かんだ人間に乗り移ると考えてるんだが……紗知はああだし、朝倉でもなかったな」
 スマホに連絡先が登録されていた朝倉というのは、高校の同級生らしい。聞けば、妹と核の為に親しい人間は至極少ないという。あまり深くは突っ込めなかったが、さっちゃんから彩への変遷は今回に比べて大きかったらしく、どうにも、その際にその友人さえ何人か消えたみたいだ。過酷な境遇になんと声をかければいいのか分からなくなった。お互い生きて同じ世界に居るだけまだいい方らしい。
 しばらく我慢してくれ、と彩は繰り返す。
 いつか利子つけて請求するからな、と言って布団を筆頭に生活雑貨を整える。その傍ら、オレに課されたタスクは工学知識全般の底上げと、身体能力の維持だ。
「万が一にも生きてると露見するわけにはいかない。ある科学者が超小型変声機を開発し、その廉価版をペン型にして販売するはずだ。それをマスク型にできたら、外出もできる」
 俺は自分の仕事があるから頑張れ、と真顔で言い切ったので完全放置をも覚悟をして頷いた。
「当然ある程度の素養はあるだろうが……情報収集のためにハッキング、クラッキングスキルは必須だ。存在しないお前にハードに直接アクセスなんで選択肢はない。遠隔操作が大前提だ。そのハード関係の調達は俺の仕事だ」
 膨大な課題が目の前に積み上げられる。
「まずはフリーで閲覧できるところからだな……怪盗キッドに関して、今の情報をまとめてくれ。履歴が残る領域は先だ」
「ああ、紅子ちゃん関連だな。もちろん細心の注意を払う。黒羽盗一とその息子黒羽快斗……まさか、ファムトム・レディの名前がここで出てくるとは思っていなかったぞ。過去と未来の一部が分かる、か」
「まだ仮定段階だ」
 未来という言葉に彩が眉を顰めた。
「パターンの一つに過ぎない。特に今は不確定なものが多過ぎる。裏付けが必要だ。それが、変声機を入手するまでのお前の仕事だ。異論は?」
「ない」
「よし」
 途端に相好を崩して、今晩何食べたい? と言った。
「……してもらってばかりもなんだし、炒飯でも作ろうか?」
「翼が? 作れんのか」
「簡単なものなら、ある程度は」
「そら頼りになるな。期待できそうや」
「あ、関西弁……」
「大阪弁な。まとめんな」
「ごめんなさい!」
 オレの知らない地雷がそこにはあった。
「食べれない物とかある?」
「あったとしたらこの部屋にはねえよ」
「それもそうだ」
「翼は? アレルギーとか」
「ないよ」
「よかった。食べ物以外は?」
 細やかな気遣いにきょとんとすると、逆に首を傾げられた。
「共同生活するなら必須だろ」
「いや、言われりゃそうなんだけど……」
 スコッチとして活動している時はまったくなかった対応で完全に面食らってしまい、彩への好感度が上昇する。なんて真っ当な人間なんだ。どいつもこいつもマイペースだった組織の人間と真反対じゃないか。いや犯罪者集団だからそれくらいなのかもしれないが、それにしてもマイペースだった。……潜入捜査官の筈のライを含め。ちょっと泣きそう。
「ちなみに俺は花粉くらいかな。だから抗ヒスタミン薬ならあるし処方してもらえるが……基本薬の調達があるから、持病やアレルギーは絶対隠すな」
「真っ当すぎてなんか怖い……」
「は?」
「ごめんなさい」
 低音に即効謝った。失言が多いな、オレ。
「ちょっとした疑問なんだが、人を匿った経験は?」
「こんな物騒な体験何度もあってたまるか」
「マジ? なんか手慣れてない?」
「ただのシュミレーションだ」
「すごいな」
 素直な感想をこぼすと、溜息をつかれた。
「まだ始まったばかりだろ。手探りもええとこ」
「そうなんだけど。なんかトラブルなくスルッと始まったからさ」
「原因のトラブルがドデカすぎて霞んでんだろ」
「そうなのかな」
「逆に今までどんな生活してたんだよ……いやいい、喋らんでいいわ」
 本当に嫌そうに顔を歪める。どんな想像をされているのかちょっと気になった。

 なんだかんだ美味そうに飯を食ってくれたので、多分こいつはいい奴だと思う。こんなこと言ったらゼロに怒られそうだけど。……元気にしてるかな。



 間もなく彩は仕事に復帰して、オレは一人の時間が増えた。与えられたデスクトップパソコンと強化された回線を駆使して情報収集を開始する。監視されている様子はないが、いつログをチェックされるか分からない。
 一週間が過ぎてキッドとファントム・レディの報告資料を提出すると、絶好の機会にも関わらず、さっと目を通すだけでそのまま返却された。むしろ席を外そうとしたら呼び止められた。分かりづらいところがあれば聞くからそこにいろ、と。疑ってることにいっそ罪悪感すら沸くほどのさっぱりした性格だ。
「紗知から電話だからベランダでも出てろ。存在感を出したら殺す」
 訂正。同居生活二日目の発言を思い出し、難アリだったと首を振る。顔を出せもしないので、フードをすっぽり被ってベランダにしばらく蹲る羽目になったんだった。つい記憶から抹消していた。早く友人として名乗って部屋にいて違和感のない存在に昇進したい。……寒くなる前に。

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