Raison d'être | ナノ


▼ 詰め込まれた

「七海、どうしよっか」
「………………」
「ななみさーん?」
 ハァーと降ってきた溜息は、普段よりずっとずっと至近距離で、吐息を感じる。
「壊せそう?」
「……無理ですね」
「そっか」
「アナタの方は?」
「すり抜けは厳しいかな、呪具だよねこれ」
「そうですか」
「困ったなあ」
 まったく、何故こんなロッカーのようなやたらと狭苦しい空間に大の大人が二人も閉じ込められてしまったのか──八割型、踏み込みすぎた私のせいなのでそれを口に出すようなバカはしない。過ぎたことは仕方がない。とにかくこの呪具からは自力で脱出しなければならないのだろう。
 七海が体を軽く曲げねばならない所から、この空間の高さは百八十くらいだろう。六方に迫る壁は均一で、少し手を滑らせたが、脱出の取っ掛りはないようだ。狭い空間なので、先程七海が落とした鉈があっても取り回しが効かない。仮に手元にあっても状況は何ら変わらないだろう。闇一色かと思いきや、光源は不明ながらに、中は薄暗く彼の表情をある程度は窺うことができる。光る呪力なのかなんなのか。考えても仕方がないか。共に閉じ込められたのが他でもない相棒で良かった、などと言えば説教は確定なのでぐっと飲み込んだ。
「空気薄くならないかな──あ、後ろ! なんか書いてある。見えないな……」
 彼は自分の頭が邪魔で見えないだろう。仕方がないので七海の首に両腕を回す。
「佳蓮さん」
 私を呼ぶ、咎める口調と眉間の皺を気にせず、彼の頭を引き寄せるようにして、全文への視野を確保する。
「よし、見えた」
「佳蓮さん」
「あ、ちょっと、まだだめ! 読めてない!」
 首をあげようとした七海に静止をかけ、対抗して更に引き寄せる。頭一つ分の身長差からつま先立ちになり、この狭い空間でなくとも抱き着くような格好だ。ごく至近距離にある彼の顔はきっと不機嫌に染まっているのだろう。
 彼が少し起き上がり、私がより腕を締めた結果は密着だ。抱き着くというより、ぶら下がるという表記の方が適切な姿勢かもしれない。七海の強靭な体を思えば大した負荷でもないだろうが、不自然な体勢を長く続ける必要もない。目を凝らし、少しでも早く文字を読み取る。
「えーと、『耐えれば開く』だってさ。耐える? 耐えるも何も、出れないじゃん」
 それ以上の情報はないようなので、首を傾げつつ、するりと七海から離れようとして──失敗した。
「ん?」
 頭と腰に彼の両腕が回り、一層密着する。七海の厚い胸板を感じつつ、己の胸部が些か圧迫される。苦しいほど力を込められてはいない。ただ、首から頭に触れる七海の手が少し肌を滑り、ちょっぴり擽ったい。
「アナタの後ろにも、文字が」
「なるほど。なんて?」
「…………要は、抱き締め合って一時間、と」
 妙な間が少し気になったが、七海のことなので何か考えがあるのだろう。そっかあ、と頷いた。
「ちょっと暑くなりそうだけど、軽いので済むなら良かった」
「……そうですね」
 ふむ。やはり私に知られてはならない指示があるのかもしれない。例えば『誰にも悟られずにジョジョ立ち』みたいな。こないだテレビつけたらアニメやっていたからって、影響されているな。『相棒に気付かれず変顔』かもしれない。想像。沈黙。そんな静寂でも意識を周囲に向けさせ──違う、これは七海のせいだ。スリスリと親指の腹が肌を擦る。変顔(仮)が落ち着かないのだろうか。
「七海?」
「なんですか」
「私はどうしてたらいい?」
 彼の鎖骨に頭を押し付けさせられたままの姿勢だが、いつも通りに問いかける。
「じっとしていてください」
「七海がやれって言ってくれたら、なんでもやるよ?」
 彼は少し固まって、ハァ、と溜息をつかれた。私の推測は見当違いだったのかな。もぞりと動いて首をあげようとしたら、怪力で押しとどめられた。
「こちらは見ないように」
 もしかしてガチで変顔だったりする?

***

『このまま四十八時間、ハグなら一時間、キスなら五分。セックスで即解放。途中変更も失敗、ペナルティとして三時間』
 それが彼女の背の影に隠れていた文字だ。既にハグを始めてしまっている以上、このまま一時間がベストと判断した。私が妙な気を起こさないよう、こちらを見上げるのを禁じた。
 抱き締める。彼女の温度を感じる。匂いを吸い込む。前身に押し付けられる柔らかな膨らみ。少し癖のある髪が手の甲を擽り、指はうなじに引き寄せられる。呼吸音が耳に届く。例えば、そう例えばどさくさに紛れてつい頭に唇が触れようものならペナルティ。何より、うっかり存在を主張した下半身は決して気付かれないように。欲情した顔だって読み取られては堪らない。身動ぎした彼女に、動かないよう重ねて注意する。つい口調が鋭くなってしまったのは致し方がないことだ。こちらとしても切実な問題なのだ。
「ん? うん、ごめん」
 少しだけ不思議そうにしつつ、彼女は素直に謝罪の言葉を口にする。仄かな罪悪感が燻った。まだほんの数分しか経っていないはずだが、いやに長く感じる。
「……目を閉じてたら眠くなってきた」
 ぽつり、彼女がこぼした。
「随分と太い神経ですね」
 苛立ちを孕んだ呆れ声で返す。
「やれることないなら、今のうちに休んでおいた方がいいかなあ、なんて。一応十三連勤目」
 あっさりした口調で彼女は言う。無防備、無警戒にも程がある。毛ほども意識されていないことへの不満も少し加わって、つい舌打ちする。
「あくまで仕事中だからね、冗談だよ?」
「そうしてください」と即座に返す。
「喋ってたら一時間とかすぐかな」
「そうですね」
「しりとりとか、山手線ゲームする?」
「そうですね」
「それともクイズする?」
「そうですね」
「……変顔疲れた?」
「は?」
「あ、聞いてた」
 無邪気にくすくすと笑う。どこまでも気ままな彼女を一層強く、腕の中に閉じ込める。気付いてほしい──気付かないでほしい。相反する気持ちを胸の奥底に詰め込んで。
「わ、ちょっと、そんなに怒んないで! 鯖折りやだ!」
「…………ハァ」
 つい深い溜息が落ちる。



***

ロッカーは某最強が思いつきでメッセージを仕込んでおいた呪具。おもちゃにされただけ、振り回されただけの二人。時間は嘘なので適当なタイミングで解放され、しばらくこの件でからかわれる。

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