Raison d'être | ナノ


▼ 香水

 佳蓮さんが私の家に出入りするようになったのは最近のことだ。単純に帰宅を面倒がる彼女の私物が少しずつ増えていくことを見込み、早々に棚の一角を明け渡している。隣にあるその空間に視線を落とし、次いでその持ち主に目を向けた。
「忘れ物はありませんか」
 福岡での任務が飛び込んできてせっかくの休日は半日で潰れてしまったが、切り替えて出立の準備を整えたところだ。今回は少し長くなりそうだが、彼女とペアと分かっているだけマシか……指を動かしながら確認を行うの彼女を観察しながらそんなことを思った。この家から二人で同じ現場に向かうのは初めてで、顔には出さないが、些か据わりが悪い。付き合ってなどないが、男女が二人きりで夜を明かしたのだ。彼女はそういった噂話に頓着しないので、私が勝手に秘匿しているのが現状だ。本当に不備はないか。
「服おっけー、装備品おっけー、メイク最低限おっけー、テンションおっけー、出張セットおっけー」
「……香水は」
「あ、ふってない」
「仕事前はあれでテンションあげるんじゃなかったんですか」と溜息混じりに言った。
「うっかりしてた」
「向こうに着くまでまだ時間はありますが」
「でも今からつけてくよ」
「そうですか」
 彼女の小物をいれたバスケットから、目当てのアトマイザーを取り上げる。
「ほら、後ろを向きなさい」
「はーい」
 素直にくるりと回った彼女の首筋にシュッと吹きかけやる。自分では分からないが、これで彼女から私の家の匂いが消えただろうか。浮気でも隠すような自分の行動と、仕事中の彼女の匂いに変わったことで労働が始まるのだなという事実に、少なからず憂鬱な気持ちになった。
「ありがと」
「……行きますよ」
 アトマイザーを渡し、家を出るよう追い立てた。空港までのタクシーがもう下に着いている。
 それに乗り込むと、アトマイザーをまだ手に持っていた佳蓮さんがこちらに顔を向けた。
「この匂い、私はすごく好きなんだけど、七海は?」
 じぃ、と彼女の顔を見た。単に匂いの好みを聞いているだけだろうが。元より使っている柔軟剤が一緒だったり、比較的好みは一致している。素直な感想としては「好きな匂いだが、アナタ自身の匂いの方がより好ましい」であるが、そんなことは到底口に出せるはずもない。匂いは好きだが香水自体好かない──とでも返すか迷い、結局別の返答を選んだ。
「……それを聞いてどうするんですか?」
「でもそろそろ飽きてきたっていうか」
「そうですか」
「もうすぐ無くなるし、新しいの買おうと思うんだよね」
「いいんじゃないですか」とぞんざいな返事をする。少なくとも余計なことは言わずに済んだよつうだ。
「仕事行くぞって感じの匂いで。今のところ七海との仕事が一番多いでしょ? どうせなら七海の意見も聞いておこうかと思って。一緒に働く人のニオイが気になると地味なストレスでしょ?」
「今回空き時間があればですが、一緒に選びましょうか?」
「アリ」
 彼女は満足そうに頷いた。
「佳蓮さん」
「ん?」
「アナタからして、私のニオイはどうなんですか?」
「しっくりくる匂いかな。あ、褒めてるよ」
「補足が必要な時点で疑わしいですね」
「本当に褒めてるんだよ。七海がいるなあって腑に落ちるの」
 私がいることを好ましく思っている、ということは分かった。
「だからそのままでいてね」
「言われずとも変えるつもりはありませんよ」
「そう」
 彼女は軽く答えた。

***

佳蓮に文字通り以上の意図はない

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