散る夢で君と二人 | ナノ


▼ 第六夜

 今夜もまた、空虚な部屋で目を覚ます。
「こんばんは、透」
「……久しぶりだな、桜ちゃん」
 少しあいた返答に首を傾げる。靄は今日も薄れることなく頭部の認識を妨げてくる。
「ん? 何か不都合? それとも会いたくなかった?」
「別に、そんなんじゃない。あー……寝落ち、だったから」
「油断してたってか」
 納得して、よっと軽く声をかけて立ち上がる。
「正直家捜しは飽きてるんだけど。やることも特にないしね」
「年に一度くらいやる気出せよ」
「ほら私、省エネで生きてるから」
「知ってる」
 本当に可愛くないな。
「……で、何して寝落ちしたの?」
 二人でキッチンの棚を調べつつ、尋ねる。
「別に、課題だよ」
「追い込むタイプだったっけ?」
「存在を忘れてた」
「ほほー? テニスに夢中で?」
 それにしては、スポーツウェアではなくロンティーにジーパンだけれど。ちなみに私はロングワンピースにパーカーである。そろそろエアコンの時期で、冷え性の私からすると上着は手放せないアイテムだ。ここではいつも適温に感じるのが不思議だけど、脱ぐ必要もないので気にしないことにしている。
「いや、ギター……」
「ギター? 楽器やってたの知らなかったな」
「ここしばらくの話だからな。受験も終わったし」
「あ、高校生になったのか。早いなあ。入学おめでとう」
「……ありがとう」
 何故かちょっと不満気だ。ふいと視線を逸らして、キッチン上の棚を開く。私よりも背の高い透の探索範囲だ。
「桜ちゃん、僕のことなんだと思ってる?」
「頭の回る子供」
「……だよな」
 はあ、とため息をつく。
「また悩み事? あ、私のことはなんだと思ってる?」
「……馬鹿で自由なお姉さん」
「馬鹿は余計だぞ」
「──あと意外と、お人好しで真面目」
「ほんといちいち一言多いな!」
 コップが二つだけ収まった食器棚を閉めて、透を見上げる。
「なんかあった?」
「ない」
「ご機嫌斜めだなあ。頭の回るって正直に褒めたのに。それとも足りない? 喧嘩っ早くて、強くて、賢くて。テニスにギター? なんかさー、主人公気質だよね」
「はあ?」
「主人公っていうかヒーローっていうか。そういう属性でしょ、透」
「言われたことないんだが」
「これでイケメンならもう確定なんだけどなあ」
 年々身長も伸びて、足が長くて、細マッチョ。
「仮に僕が主人公だとして、桜ちゃんは?」
「モブ」
「モブ」
 透がゆっくりと鸚鵡返しする。
「私の人生にドラマは起きない!」
「威張るな」
「平凡が一番だよ。私は通行人Kとか、交通事故の目撃情報を聞かれたけど何も知りませんっていう脇役とか、決勝戦の観客席にいるとか、なんかアイドルにキャーキャー言うとか」
「二つ目が妙に具体的だが端役にも程があるぞ」
「うーん、埋もれすぎ? じゃあ、主人公が通う酒場の常連客とかかな」
「突然RPGになってないか?」
「分かった、喫茶店の常連くらいにしておこう。マスターってキャラじゃないし。今更学生のってのも厳しいしなあ」
「……いくつだよ、桜ちゃん」
「ひ、み、つ」
 ふん、と透が息吐いてキッチンへと体を向けた。深く追及する気はないらしい。
「先一通り見ちゃおうか……ガスコンロはあるのになあ。菜箸とか、塩と、か」
 菜箸立てと菜箸、それから塩と砂糖の入った二つセットの白いコンテナが出現した。二人で顔を見合わせる。徐に透がキッチン下の棚を開いた。透の体で私には中は見えないけれど、つい先程私が調べたところだ。
「さっきは何もなかったよ」
「らしいな」
「この流れなら小鍋とかフライパンとかあってもいいのに」
「……桜ちゃん」
 透は、何も無いはずの空間から鈍色の小鍋とフライパンを取り出した。
「え……嘘。さっきは、何もなかったよ?」
「そこは疑ってない」
 そう言いながら、取り出した調理機器を並べて検分する。何か暗号でもついていたら良かったのだけれど、何もなかった。
「分かんないなあ」
 元あった場所に戻しつつ、首を傾げる。
「透は?」
「……いや」
 顎に手をやり、小さく首を振る。
「なんか浮かんだ?」
「まだ仮定段階だ」
 どうも、教えてはくれないらしい。間違ってたら恥ずかしいとか考えていそうだ。こういうのはトライアンドエラーだと思うんだけど。それに、私相手にミスを発揮したところでなんの問題もないのに。旅先の恥はかき捨てって言うじゃない。
 そこから先は、新たは発見の一つもなかった。

「菜箸も調味料と鍋か……料理はできそうになったね。肝心の材料ないけど。とまあそんなことより、前回の話よね」
 机の前の定位置で、二つの靄が向き合った。
「ああ。試したけど起きなかったぞ」
「やっぱりそういうことだよね」
「声をかけたり、揺さぶったり……あと軽く頬を抓ったり叩いてみたり、とか」
「まったく分からなかったなあ」
「そんな感じだ」
「軽くってことは遠慮してくれたんだねえ」
「痛くない範囲でって言ったのは桜ちゃんだろ。一時間くらい粘ったがさっぱり反応がなかった」
「おおう、結構頑張ったね」
 なんだか申し訳ない。
「体感だがな」
「ああ、りょーかい」
 時計はないんだった。
「……普段からってことは、ないよな?」
「いくら何でも揺さぶられたら起きるよ」
 そこまでだらしのないと思われるのはちょっと不服だ。
「一応確認しただけだ」
「一応も要らない大人でありたかったよ」
 とにかく、と話を切り替える。
「布団で意識飛ばしたら終わりってことか」
「ああ。そのあともう一度窓と玄関を調べたが、開かなかった」
「しれっと一人脱出しようとしてない?」
「ただの確認作業だろ」
「この子怖い」
「安心しろ、出る時は絶対に一緒だ」
 真っ直ぐな言葉に、少しくすぐったい気持ちになった。
「うん。ありがとう」
 お礼を言ってから、透がヒーローなら私はヒロインかな、なんてくだらないことを考えた。うん。柄じゃない。
 余計な思考を散らして、話無理矢理変えた。
「ギターって言ってたよね。何弾くの?」
「最初に弾いたのはふるさと、だな」
「童謡の?」
「そう」
「へえ、そういうところから始めるもんなんだ」
「桜ちゃん楽器は?」
「むかーしにピアノをちょろっとやっただけ。全然かな。聞いたり、たまにカラオケ行くくらい」
「ふうん。何が好きなんだ?」
「洋楽は分かんないから邦楽で」
 具体的なバンド名をいくつかあげたが、透は首を傾げた。
「知らない?」
「知らない。マイナーなのか?」
「いやばりばりのメジャーバンドなんだけど」
「住所パターンか」
「……これ、ふるさとの認識を違ってたりしない?」
 少し躊躇して、透がワンフレーズ歌ったのは、懐かしいあの童謡で間違いなかった。透が止まると、その続きを私が歌う。
「ここは一緒か」
「みたいだねえ」
 なるほどさっぱり分からん。
「聞いたら、知ってたってオチないかな」
「へえ、歌ってくれるんだ」
「あ、ミスった」
「言い出しっぺの法則だぞ」
「うえ……最近の流行りねえ。白日とかかな」
「どうぞ」
 ご丁寧に両手で促してくれちゃって。
「歌いにくいの選んでしまった」
 旅先の恥はかき捨て、と考えたのは自分だった。なんというブーメランだろうか。諦めて、そのサビをどうにか紡いだ。
「知らない曲だな」
「伝わってないってことはないよね」
「ふるさとの時点でひどい音痴ではないのは確かだからな」
「うまくもないってはっきり言ったらどうなのよ」
「言って欲しい?」
「やっぱやめて」
 顔の前で腕でバツを作ると、透がくすくすと笑った。
「なあ、他の曲も教えて」
「著作権に反すると困るから自分の曲にしちゃダメだよ」
「はいはい了解」
 これではどっちが歳上か分からないな、と思った。
「次は女性ボーカルにしとく」
 空前のブームを巻き起こしたアニメの主題歌である和ロックを歌うと、透が胡座をかいて楽しそうに聞いている。
「……ご感想は?」
「知らない曲」
「ですよねえ。あ、じゃあこれなら」
 時空の歪みを思い出して最新曲がダメなのではと何曲か世代を変えて懐メロを歌ってみたが、見事に空ぶった。もしかすると透にとっての私は遥か過去の人間で、既に全て廃れているのかもしれない。そんなことが不意に浮かんで、途端に淋しくなった。すぐそこにいる透が、ひどく遠い存在だと知らされてしまった気分だ。
 だからって、どうということもないんだけれど。
「だめかあ。歌い損だ。いや、次は透の番だ!」
「共通じゃないって分かっただろ」
「逃げたな!? まあいいよ。機会があればギター聞かせてもらうから」
「じゃあそれまでにたくさん練習しておかないとな」
「サビだけじゃ済まさせないからね」
「不公平だな」
「利息代わりってことで」
 にやりと笑う。
「悪どい商売だな」
 そう言いつつもくすくすと笑っているので、契約成立としておこう。
「ここはギターが出現するところなのになあ……残念」
「そのうち、な」
「透の好きな曲、聞かせてね」
「ああ」
 そんな空っぽの約束をした。ふあ、と欠伸をする。
「……ん、寝ていい?」
「寝不足か?」
「まあ、そんなところ。透も寝落ちってくらいなら、はやく寝た方がいいんじゃない?」
「そうだな。桜ちゃんは……残業?」
「うん。ちょっとねー」
 退職をひっそり決意したはいいが、ちまちまと引き継ぎ資料を作るのがいちいち時間外なのだ。なんでこんなにマニュアルがないんだ。おかげで時に休日出勤だ。我ながら馬鹿げているとは思うのだけれど、残される後輩達のことを思うと少しでもきちんとしたものを残してあげたい。
 透の話もそこそこに、いそいそと布団に潜り込んだ。横になると、一気に眠気が襲い来る。いや、この不思議な布団の効力だと思うことにしよう。
「ん、透も早くー」
 はああ、と深々と溜息を疲れた。小さく舌打ちして、ズカズカとこちらに歩み寄って布団をがばと剥ぎ、ばふりと横に入り込んだ。
「おやすみ、透。またね」
 妙に人肌恋しくなったけれど、たとえ夢といえど多感なお年頃に配慮して、ベットの端に寄って目を閉じた。

***

 起きたのは、自分のシングルベットのど真ん中だ。
「私がヒロインだったら、面白かったんだけどな」
 自嘲気味に口の中で呟く。夢はただの夢だ。

prev / next

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -