散る夢で君と二人 | ナノ


▼ 11月

 十一月七日。ビルの屋上で一人紫煙を燻らせる。
「……マズいな」
 空へと立ち上る煙に顔を顰めた。二人で一本ずつ吸った煙草も、今や一人で二種の煙草を一本ずつ。どうしてこんなことになってしまったんだろうな。天を仰ぐと、頬にぽつりと小さく雨粒が落ちた。さっさと避難しなければ。そう思ったのに、足は根を張ったように動かない。
 体調管理も仕事の一環だぞ。そうは分かっているのに。誰が心配してくれるでも、叱ってくれるでも無い。本当に風邪でも引こうものなら、叱責や嘲笑は飛んできそうなものだが。ジンとかベルモットとか。自分の想像でイラッとして眉根を寄せた。何故よりによってそこを選んだ、僕。他に誰かいるだろう。風見は怪訝そうに聞き返してきそうだし、そもそも報告しなければならない展開になど持ち込みたくないが……
「──いや、違うな」
 桜なら。桜ちゃんなら。濡れたい気持ちを軽く笑って受け入れて、でも風邪を引いたら渋い顔をする。人の子だったか、と至極意外そうにするかもしれない。僕だって菌やウイルスに負けることくらいあるさ。ここ数年の桜は僕を超人的な何かだと思っている節が多々ある。脳内の桜に噛み付いてみて、はあ、と息が漏れた。
 浮かぶ恋しい相手も会えるのは五ヶ月も先の話だ。目を伏せ彼女の笑い声を蘇らせる中、急激に大きくなっていく雫が顔を叩いて服を濡らす。秋の雨はひどく冷たくて、途端に体温を奪っていく。早く雨宿りしなくては。ああ、煙草も湿ってしまった。隙間で作った時間だというのに、天も僕にそっぽ向く。くそ、感傷に浸ってないで安室透に戻れということか。
『君はAだ。少年A』
『透明の透で透』
 彼女の言葉から生まれた安室透。長く使うことになるなら、と選んだ。彼女を、見失ってはいけない人を消して忘れるなと戒めにつけたこの名前。安室と呼ばれることはあっても、透と呼ばれることはほとんどないがな。彼女以外から透と呼ばれることに想像以上の嫌悪感が募ったので、良かったと言うべきか迷うところだ。目を伏せていると見えない彼女の顔が掴めた気がしたが、意識をすると雲のように消えてしまう。きっと見えているのに、脳が認識できないシステムがあるのだろう。彼女の本当の名前を知ったら、顔が見れるかもしれないのに。無理矢理、あるいは言いくるめて説き伏せて聞き出すことも可能だろうが、そんなことをして嫌われる方が困る。こんな時にハギならうまくやったんだろうか。松田には無理だな。ヒロなら……最初から、名乗られてそうだ。
 瞼の裏に浮かび上がる面々は腹立たしいまでにどいつもこいつも笑顔で、雨に濡れて立ち止まっている自分とは随分かけ離れている。
「会いたいよ」
 ころんと落ちた言葉は雨の中に溶けた。

***

菊────あなたはとても素晴らしい友達

prev / next

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -