4論
暖炉に火が点ったお陰で凍える事も無く、無事一夜明け、本日。
さんさんのお日様の下に背を伸ばし、沢山歩く予定なので軽く屈伸もしておく。
うん、良い朝だねえ。希望の朝だねえ。なんてねえ。
諸々の問題は昨日の内にクリアしたので、今日はいよいよ本格的な散策と行こう。
と言っても、それにはあの子の協力が必要不可欠なのだが。
俺と一緒に外に出て、大きな欠伸を零した足元のポケモンを見下ろした。
「…ねえ、君。良ければ俺の護衛なんてしてくれないかなあ」
「なくら?」
「俺、今から森の中がどうなってるのか見に行きたいんだけど、森のポケモン達を変に刺激したりでもしたら一溜まりもないからねえ。もし君がバトルが好きなら、あるいは強くなりたいのなら、俺が危険な目にあった時に守ってほしいなあって」
ポケモン達の縄張り等も当然あるのだろうが、俺には判断のしようが無い。
うっかりそんな所に入り込むなんて事があれば…まあ、まずデッドエンドだろう。
昨日森の中へ入った時も、広い道だからこそ後を追えたのが大きい。
「お願い出来るかなあ」
ナックラーの目線に合うようしゃがみ込んで、首を傾げた。
きょとんと此方を見上げるナックラーは、暫し視線を交わすと快く頷いてくれた。
バトル好き?と訊いたらはしゃいでいたので、無理をしている訳でも無さそうだ。
俺の為に頑張ってくれるんだし、どうせならうんと強くしてあげたいよねえ。
「…あ、ちなみに、進化願望ってある?フライゴンになりたいなあーって」
ナックラーは、進化すれば空を飛べるようになる。
もしその背に乗せてもらえたなら、この辺りの全景が確認出来るのだが――
「?」
こてん、と。
当の本人は、大きな頭を傾げるばかりだった。
んんー、微妙な反応。したくない以前に、それ程興味が無いって感じだねえ。
ほわんとした様子のナックラーに笑みを零しつつ、その頭を軽く撫でた。
「まあ、君の自由だからねえ。進化したくなったなら、俺も協力するからねえ」
この子がどんな未来を歩むのかは、この子が決める事だ。
だから、俺は無理強いするつもりは無い。
「さ、それじゃ行こうかあ」
森を抜けた先に、町でも無いかなあ。
家の裏出にある広い道をずっと進んでいった先は、大きな崖だった。
さすがに登るのは難しいので、引き返しながら小道を選んで進んでいく。
ナックラーが何かに興味を示して道を逸れるので、それを追い掛ける事も何度か。
「っわ、」
「なぅらっっ!!」
突然白い線が襲ってきたかと思うと、寸での所でそれが防がれた。
ナックラーが虫ポケモンの糸を噛み千切ってくれたらしい。
そのまま糸を吐き出した元凶――イトマルに向かって噛み付くを一発。
攻撃を受けたイトマルは、目を回してぼとりと落ちた。
「まだ居る、かなあ。もう一度噛み付く」
「なぅぅっらっ」
計四回程それを繰り返すと、辺りは一気にしんと静まり返る。
よく見ると、周囲の木々には彼等の巣と思われる物が無数に張ってあった。
この辺はこの子達の縄張りだったみたいだねえ。覚えておこう。
荒らしてしまったお詫びにオレンの実を置いて、そっとその場を立ち去った。
「いやあ、本当頼もしいねえ」
「なっくら!」
任せろ!と言わんばかりに前足を上げてアピールするナックラー。
先程からこんな風に小さな騒ぎを起こしては、広い道に戻って探索を続けている。
この子もナックラーなだけあり、やたら攻撃力が高く大体の戦闘を噛み付く一発で終わらせていた。俺の初心者バリバリな指示でも安心だ。
ゲームのようにターン制度もコマンドも無いので、バトルになると結構目が回る。
しかも俺、どっちかと言うと対戦下手くそなんだよねえ。
試しに一度、生徒と俺の手持ちを入れ替えて対戦してみた事がある。
結果、見事に負けた。もう間違いなく俺が下手なんだろうと確信した。泣いた。
という訳で、ぶっちゃけバトルはほとんどナックラーにお任せ状態だ。
むしろ俺、噛み付くしか言ってないよねえ。トレーナーとは名ばかりだよねえ。
「んん、俺も頑張らないとねえ」
「なくら?なっくなくらー!」
「えーっと。とりあえずありがとう?」
励ましのお言葉を貰った…と思うので、首を傾げつつお礼を返した。
まあ、俺達も出会ってまだ二日目。まだまだこれからだ。
この子の息を観察していけば、俺もまともな指示くらいは出来るようになる、筈。
向上心を持って生きようと思うんだ。ほら俺、先生だしねえ。元が付くけど。
そろそろ休憩を挟もうか、と持っていた木の実をナックラーに差し出した。
ついでに顔を洗うのも済ませようと、朝一で訪れた小川で貰った物だ。
朝の川には先客が居て、ニョロモとニョロトノの家族が水浴びをしていた。
ある意味ご近所さんになるので、宜しくねと挨拶すると、快く迎え入れてくれた。
そうして受け取ったのがこの木の実である。相変わらず警戒心が薄い子達だ。
「こうも人懐っこいと、何かを疑うよねえ…」
俺が得た特典、スローライフはかなり破格の内容だった。
まさか、協力してくれるポケモンに関してもオマケを頂いてたりするのか。
あるいは三つの特典が相互作用を起こして、こんな事になっているのか。
俺の最後の特典は、この二つの特典の強化に当てている。
今後、絶対に揺らぐ事の無い地盤。何があっても身の保証を得られる特典だ。
簡潔に述べると、それは『愛され補正』というものらしい。
自称アルセウスによって、適当に付けてもらった特典だ。
ぶっちゃけスローライフが強すぎて、枠がひとつ余っちゃったんだよねえ。
人間に対して融通が利きやすくなると言うので、じゃあそれで、と返したのだが。
それがポケモン達にまで作用しているとは…あまり、思いたくない。
「――なんて、贅沢な話かな」
「なくら?」
モモンの実を齧る手を休め、見上げてくる丸い瞳に、うっすら微笑んだ。
君は自分の意志で此処に居てくれたら、良いんだけどねえ。
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