3論
さて、現状ぶち当たっている問題について。
ひとつは火。ひとつは水。これこそ無ければ死活問題だ。
すぐ解決出来そうなのは水か。
早速家を出て前方、海の見える方に足を向ける。
出来れば近場に水辺があると有難いんだけどねえ。
「ナックラーは、この辺の地理に詳しい?」
「なくら?」
「んんー…近くに水のある場所とか、食べ物がある場所知らないかなあ」
「なーくらっ!」
隣人、ならぬ隣ポケに訊いてみると、ぴょんっと跳ねるように駆け出した。
中々に素早い小さなオレンジは、迷わず森の中へと突き進んでいく。
…森か。いよいよ森かあ…野生のポケモンが怖いけど、道は広いし、大丈夫か?
少し逡巡するも、その背が見えなくなる前にと後を追った。
小道に曲がって少し進むと、其処には美しい川が流れていた。
底の方まで透き通った川には、ポケモンじゃない普通の魚が泳ぐのも見える。
息を整えて辺りを見渡すと、今まで気付かなかった木の実が目に入った。
川から水を得ているのか豊富に実っているようだ。状態も良さそうに見える。
せめて水辺だけでも探すつもりが、食料まで見付けてしまった。
魚の方は、残念ながら火が無ければ食用には至らないだろうが…充分充分。
「わぁお…有難うナックラー。これは凄いよ」
「なっくらっ♪」
「後は、そうだねえ…ナックラーは水浴びとかする?」
「なくらぁ…」
「だよねえ」
ナックラーは地面タイプだし、乾いた土地に生息しているイメージが強い。
俺は此処の水を汲めば問題無いけど、俺よりもこの子を清潔にしてやりたい。
定期的に砂で洗ってあげるとして…綺麗な砂がある場所か。
…浜辺とか?どの道海を目指すべきか。
「砂風呂とか都合良くあったりしないかなあ…」
「なっくなくらー♪」
「え、あんの?まじで?」
意気揚々と歩き出したナックラーに面食らいつつ、その後を着いていく。
暫くすると、行こうと思っていた浜辺まで到達した。
ナックラーは海から充分に離れた辺りの白砂に、体を埋めてほっこりしていた。
…おお。まじか。いや、都合良すぎだろ何なんだ此処。
まさか特典のスローライフには、都合の良い環境も含まれていたのか。
――いや、正確には、ポケモンにとって過ごしやすい環境なのか。
俺以外の人間は見掛ける事も無く、だからこそこうして自然に溢れている。
うん、家周りに関しては若干愚痴りたくなったが、なかなかどうして快適そうだ。
「後は、火だけかあ…」
別に急いで必要という訳では無いけど、やはりあった方が良い。
しかし、自分で起こすには道具が無さ過ぎた。物が散乱した例の倉庫もどきを全て整理するにはまだ時間が必要だし、めぼしい物はあの竈以外見つかっていない。
せめて虫眼鏡があったらなあ。…もう原始人になるしかないよなあ。
ロープでもあれば、弓切り式の火起こしが作れるかもしれないんだけどねえ。
ナックラーが砂風呂を満喫している間、手持ち無沙汰なので浜辺をうろつく。
何か使える物が流れ着いているかもしれない。虫眼鏡とか虫眼鏡とか虫眼鏡とか。
砂風呂が見えなくなる頃、岩に何かが引っかかっているのが見えた。
きらきらと光っているのが気になり、近付いてみれば――ビニールらしき物が。
「うっわ…」
思わずぼそっと零しながら、海月のように漂う透明なそれを回収する。
海に落ちて時間は経っていないのか、穴は空いていないが、如何せん大きい。
全く、ポケモンや他の生物が誤って食べたりしたらどうするのか。
この世界にもこんな事する奴が居るのか。それとも誤って落としたか。
…ううん、どちらにしろ、ちょっとショックかなあ。
その後も一通り見て回るも、結局見付かったのは大きなビニールだけ。
んんー…使おうにもなあ、使い道がなあ…
きらり、きらり。日差しを受けて、手元のビニールが虚しくはためく。
あぁ、海が眩しいなあ…
「あ」
――やっぱ使えるかも。
ナックラーの元へ戻ると、満足したのかオレンジの体は砂の中から上がっていた。
道中実っていた木の実をいくつか頂いて帰路に着く。
そしてその間、持ち帰ったビニールをナックラーが不思議そうに見つめていた。
なので。
「――よし。おいでナックラー。授業の時間だよー」
森に寄って乾いた木屑や枯れ草を集めると、ナックラーを手招いた。
俺の手にはビニール袋。事前に中央に海水を溜め、中が溢れないよう握っている。
今からするのは理科の実験だ。俺、理科の先生じゃないんだけどねえ。
薄く広めな木の皮の上で、その辺の石を使って木屑を粉々に砕く。
しっかりと張られて丸まったビニールを、太陽がよく当たるよう真上に翳した。
そうすれば、ビニールがレンズのように光を収束させ――
――プス、プス、
「なくらっ!?なくらなくら!!」
「見事発火、だねえ」
サバイバルでもよく使われる手法だ。他にもペットボトルなんかが有名だよねえ.
キャンプで実際に試した事ある人も居るんじゃないかなあ。
ナックラーは突然起こった火に驚いてはしゃいでいる。
いやあ、俺も呆れが出てすっかり忘れてたよ。天気が良くて良かった良かった。
…っとと、火が消えない内に暖炉に持ってかないとねえ。
小さな木の革でも充分なところを、わざわざ大きな皮にしたのは火種を運ぶ為だ。
なるべく端を持って慎重に暖炉まで運ぶと、持ってきた枯れ草で火を強める。
火が強まったら今度は枯れ枝を追加して、安定してきたら薪をくべた。
「これでひとまず、目下の問題は解消されたかなあ。滑り出し好調だねえ」
お疲れ様、と木の実をナックラーに差し出せば、嬉しそうにかぶりついた。
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