自由主義者の欄外余白 | ナノ

2論


「さあて、どうするかなあ」

ねえ、と足元に寄り添うオレンジ色のポケモンに微笑むと、こてりと首を傾げた。
そうだよねえ、解んないよねえ。ううん。

周囲に居たポケモン達は既に自分の住処へと戻っていった。
これ以上此処に居る理由も無いし、とりあえず散策してみるか、と立ち上がる。
森は一人で入るには危険すぎるだろうから、まずは周囲を探ってみよう。
もしかしたら、自称アルセウスに頼んだ物も見つかるかもしれないしねえ。

と、歩き出して数分後。

「…おお」

これまた都合良く、目の前には立派なログハウスが建っていた。
煉瓦の部分もあるし、明らかに人が作った物だ。不自然すぎてかなり目立つ。

家の中はそこそこ広かった。一通りの家具もある。
煉瓦が使われている場所には暖炉があったので、夜に冷える事も無さそうだ。

テーブルの上には、一枚のカードがぽつんと置かれていた。
其処には生まれた時から付き合っている俺の名前がしっかりと刻まれている。
少なくとも日本では使われない文字だが、スラスラ読めるのも特典のお陰か。
あからさまに置いてある感じ、此処は俺の家って事で良いのかなあ。良いよねえ。

「なくらっ」
「ん?…ああ、君か。ずっと着いてきてたんだねえ」

視線を降ろすと、目覚めた時からずっと隣に居たポケモンが其処に居た。
つるつるとしたオレンジの体躯。大きな顎につぶらな瞳。
岩程の硬さの頭を撫でれば、太陽をいっぱいに浴びた温かさを感じた。

戯れるのもそこそこに、家探しを再開。
もしかしたらこの子にあげられる食べ物もあるかもしれない。

皿やコップが僅かに入った食器棚、空の本棚に、簡素なベッド。
ロフトにはまだ何も無いが結構な広さがあり、秘密基地っぽさが少年心を擽った。
乱雑に物を突っ込んだような倉庫替わりと思われる部屋では、持ち運べるタイプの小さな竈も発見した。ちなみにキッチンは一応別に存在する。
離れの小屋には五右衛門風呂…おお、トトロで見たやつだ。凄え。

…肝心の火の元や井戸は何処にも見当たらないのだが。
暖炉あってもどうするんだよこれ。薪は少しあるけど。自分で起こせってか。
キッチンがあるのに竈使うしかないとかは、まあ、キャンプ気分でも味わうよ。
でもトイレは水洗って、いや有難いけど、でも彼処だけは水流れるとか。

微妙に優しくない対応に溜め息を零しつつ、最初の部屋にあった棚を開ける。
早々に見付けていたお菓子を幾らか皿に移して床に置いた。
後からてこてこと着いてくるお客様は、それを目に留めると一目散にがっついた。
ううん、良い食べっぷりだねえ。

俺もまだ出していない方からひとつ摘んで食べてみた。
形がそれっぽいし、食感もマフィンっぽいので、恐らくポフィンだと思う。
口の中に苦味が広がる。適当に選んだそれは、確か緑色だった。

足元の様子を伺うと、赤系統のポフィンだけが明らかに数を減らしていた。
同じ色のポフィンを摘む。赤は辛くてピンクは甘い。まあ、予想通りだよねえ。

皿から赤とピンクが無くなると、偏食家は満足そうに一声鳴いた。
他のは…まあ、俺が他の食料を見つけるまでの凌ぎに食べるから良いか。
ピンクに至っては俺は食べられないので、むしろ消費してもらえて有難い。甘味は昔から得意じゃないんだよねえ。食べろと言われたら食べるけど。

「君、野生?」
「?」
「だとしても砂漠が無いよねえ」
「なくらー」
「これって特典の『ポケモン』…なのかな」

さっきまで傍に居たポケモン以上に人懐っこい。というか、俺に懐いてる?
嬉しそうに擦り寄ってくるナックラーに、ぽつりと呟きながら首を傾げた。

俺があの自称アルセウスに言われて願った『特典』。
ひとつはスローライフ…基本的にのんびり、自由に、楽しく暮らせる環境だ。
それには今手にしているトレーナーカード――つまり、身分証明も含む。
身分証明が出来なかったらスローどころか、まともなライフも送れないからねえ。

勿論『ライフ』なので、身分証明の他に家やお金、識字等の諸々も込みだ。
こういうのありかなあと尋ねたら、満漢全席入りましたー、と軽くOKされた。
なので、この家も同じく特典で手に入れた家で間違いないだろう。
ちなみに自称アルセウスは最初こそ大変愉快そうだったが、平静を取り戻したのか段々面倒臭そうな顔つきになっていったのが面白かった。

ところで、単刀直入に言おう。俺はこの世界では働きたくない。
自称アルセウスにも話したが、完全に駄目人間宣言である。

一応現在の職業はトレーナーということになっているらしいが、働いているという感覚は大して無いので問題は無い。やりたくてやっているようなものだ。
要は、強制労働がしんどいという話だ。

現実でそんな我侭は到底通用し得ない。
でも、折角ポケモンという未知で魅力的な生物が居て、ポケモンと共生する為に、職業の選択肢が大幅に増えているこの世界に来れたんだ。
そんな夢の無い生き方をするなんて、真っ平御免だよねえ?

そんな訳で必要になってくる、もうひとつの特典。
それは、俺に協力してくれるポケモンをせめて一匹でも傍に置く事だった。
俺が楽しめる職業と言ったら、トレーナーくらいしか浮かばなかったのだ。

ニートにはなりたい。だが現実問題、此方の世界でもそれは難しいだろう。
ならば、ニートもどきになってみせよう。そのぐらいの心意気で臨んでみた。
それにほら、家事とか全部ポケモンに任せちゃえば楽に過ごせそうだしねえ。
動物の世話は苦ではないし、むしろ好きな部類だ。無理強いする気も無いし。
つまり、皆の世話をする代わりに、俺を世話してっ。というノリだ。

そんな淡い希望を打ち明けると、自称アルセウスには歪み無いなと笑われた。
ポケモンを所望する人は、大抵伝説とか最強のポケモンとかを欲しがるらしい。
面倒事が降ってきそうだし、俺としてはいきなり伝説はご遠慮願いたいけどねえ。
まあ、一度くらいはお目に掛かってみたいかなあ。御利益ありそうだし。

数あるポケモンの内、何故この子が選ばれたのかは解らないけど。
そもそも、本当にこの子がそうなのかも解らないけど。

「俺の名前解るかな。俺、一緑ね。字は…まあ、良いか」
「なくらー」
「うん、宜しくねえ」

長い付き合いになるだろうナックラーに、俺はゆるりと微笑んだ。



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