26論
「あかん、思っとった以上に白熱してすっかり忘れとった!わいとしてはこっちが本題なんよー!この為に着いてきた言うても過言ではあらへん!」
議論がひと段落した頃、マサキがケースに収められた複数のボールを持ってきた。
ボールから出てきたのは、兎のような見た目をした茶色い毛並みを持つポケモン…マサキが現在連れているのと同じ、イーブイだった。
「ぶいっきゅ!」
「ほう、進化ポケモンのイーブイか」
「ナナカマド博士は進化関係の研究しとるんでしょ。せやったらこいつは絶対役に立つ思て連れてきたんや!」
成程。リーフィアとグレイシアは図鑑にも載っていなかったし、こういった経緯でシンオウでイーブイを育てる事になって、その発見に繋がっていくのだろう。
歴史の瞬間に立ち会った気分というか…そこまで壮大な話でもないけどねえ。
「現在確認されている進化は三種類だったな」
「石は一通り試しましてん。せやから今度は色んな環境で育ててみよ思いまして。進化の研究に新たな切り口が見つかるかもしれまへんし…シンオウはカントーより自然も多くてうってつけやから、是非協力して貰えへんかと」
「それなら…イノリ。君が育ててやってはくれないだろうか」
「えっ」
まさかの指名である。驚いて隣に居るイナバさんと顔を見合わせた。
博士が言うには、俺は今後シンオウ中を回る形で研究に協力することになるので、その先でイーブイを育てれば新たな進化が見付かるのでは…という話だった。
「でも…俺で良いんですか」
「ええやん!どうせなら強いトレーナーと一緒におった方が嬉しいやろ」
そんな単純な話であれば良かったのだが、俺は少々事情が違う。
そういった意味を込めて博士を見上げると、博士はうむ、と頷いた。
「君が以前話してくれた事情は勿論覚えているとも。それならばせめて、繋がりを残しておくことも重要だと私は考える」
「繋がり、」
「なに、言い換えれば、君が故郷に帰ったとしても、たまには会いに来てくれると嬉しいという年寄りの我侭だ。付き合ってはくれないかね」
「…そう言われると弱いです。というより、理由なんて作らなくても、俺にとって此処はもう大好きな第二の故郷ですよ。俺が理由作ってでも会いに来ますから」
「う、ううっ、イノリくぅん!!!!」
感極まったらしいイナバさんが俺に飛び付いてきた。
近くで話を聞いていたらしいハマナさんも飛び付いてきた。
二人に挟まれてもみくちゃになっている俺を、博士は微笑ましそうに眺めていた。
「ずびっ、なんやよう解らんけどええ話やなあ!!」
「あはは…ええと、そういう訳で、イーブイと話をしても?」
「あっ、ごめんよイノリくん、遮っちゃって」
「いえ、皆さんのお気持ちはとても嬉しいので」
「イノリくぅん!!!!」
ループしそうになったハマナさんを宥め、改めてイーブイと向き合う。
話の流れを悟ったのか、机の上に居たイーブイが降り立って足元までやってきた。
その大きな瞳がきらきらと期待に満ちた色をしていて…どうにも最近、俺の生徒に似た目をよく見掛けるのが少し面白くて笑みが溢れた。
イーブイに目線を合わせるようしゃがみこんで語りかける。
「君を引き取るに当たり、ひとつ言っておきたい事があるんだ。実は、俺は故郷を探しているんだけど…故郷に帰れた後どうするかはまだ決めてないんだ。その時の俺の選択に寄って、君の将来が大きく左右されると思う」
もしこの子が自由な未来を望むのであれば、俺はその邪魔になる可能性が高い。
あやふやな未来に着いていって後悔するというような事態にはさせたくなかった。
――だから、それを踏まえて。
「――君は、俺に着いてきてくれる?」
「ぶぅいっ!」
「っわ、即答」
ぴょんっと足の上に飛び乗ってきたイーブイに頬を舐められる。
一瞬の迷いも無く来られると、どうにも照れ臭いなあ。絶対に後悔はさせまい。
あと、もふもふ要員がゲット出来て実は内心結構テンション上がってる俺が居る。現金だよねえ。ああでも癒されるこの抱き心地。
エルディが新たな仲間を歓迎するように研究所内を飛び回る。資料が風に煽られて散らばってしまったのは…まあ、ご愛嬌だ。
「ほおー、よう懐かれとるやんけ!大事にしたってや!」
「うん、ありがとうマサキ。あ、この子ちゃんと進化したがってるよね?」
「勿論その辺は全部確認済みやで!どう成長するのか楽しみそうにしとったよ」
「ぶいっ!」
「そっか。それなら研究にも問題ないねえ」
「当ったり前や!せやないと元も子もあらへんからなあ。それよか、イーブイにはニックネーム付けへんのか?あんさんの手持ちどっちも名前付いとるやろ」
「名前かあ」
勘違いで付けた名前だったけど、エルディもカフカも嬉しそうだった。
折角俺の手持ちになってくれたんだし、この子も他の子と区別を付けようか。
「どうする?君は名前欲しい?」
「ぶいぶぅいっ!」
「うん、解った。考えるからちょっと待っててねえ」
イーブイは思考が表に出やすいタイプらしい。解りやすい反応で助かった。
そうだなあ、どうせなら同じ数学者から名前を貰おうか。
明るくて無邪気なこの子に似合うような数学者…んんー、
「フィト。うん、フィトが良いかな。どう?」
「ぶい!ぶいぶ〜♪」
「そっか。良かった」
「おお、自然〜!って感じでええ名前やん」
某スイッチ番組の名前にも使われているピタゴラスから頂いた。例によって名前を少々もじらせてもらったけど。
フィトも無事気に入ってくれたようで、皆にも褒めてもらいご満悦のようだ。
ただ、俺の手持ちという扱いになった以上、この子の名前を堂々と呼べるのはこの研究所内くらいだというのが非常にもどかしい。
フィトは早速エルディと打ち解けていた。カフカは大人しい性格だけど、フィトの勢いに引っ張られるようにして仲良くしている様子だった。
研究所ならポケモンを出したままでも良いので親交を深めやすい。有難い事だ。
オーキド博士とマサキはこのまま研究所に滞在する。
来客用の二人部屋に寝泊りすることになっていたのだが、夜になってマサキが突然俺が借りている部屋までやってきた。
曰く、あのじーさんと24時間一緒におりたいと思わへんし、どうせやったらもっとあんさんとお話させてえな!とのこと。
意外と仲が悪いのか…とも思ったけど、話を聞くにマサキが一方的に博士と距離を取っているだけのようだ。こういった誘いに乗る程度には交流があるらしいけど。
図鑑の開発とは関係の無い、他愛無い話も多く交えながら夜を更かした。
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