ふたりぼっちのワンダーランド | ナノ

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あ。


思わずそんな声が飛び出た。

目の前には何か、動物っぽいけど、普通の動物ではない何か。
ゲームで出てくるモンスターみたいなやつ。

の、前足が、現在進行形で迫ってきている。


うわ、死――――



「っっ…ぬのは、まだごめんだっ!!!!」

すんでのところで横方向にスライディング。膝小僧思いっきり擦り剥けた。
地面を転がってちかちかする視界の中、無理矢理に立ち上がって地面を蹴る。
開幕100文字でご臨終とか、SSとしてもブーイングの嵐だもんね、なんて。

ところで何で私ってばこんな所で謎の巨大生物と鬼ごっこなんかしてんだろ。
此処森だよ。ハロウィンのセットでありそうな真っ暗闇な森の中。いっそ真っ黒と言っても良いと思う程に、目の前から足元に至るまでが塗り潰されている。
空は燃えるような夕焼けだった。遠くの方からじわりと紫に侵食されている。

木の陰に隠れながら何とか逃げた結果、あの生物はこちらの姿を見失ったらしい。
でもまだ油断は出来ない。謎の奇声が発される度に心臓が飛び出そうだった。

元々そんなに運動も得意じゃなければ、体力だって勿論無かった。
地面を転がってすぐさま全力疾走なんてしたもんだから、既に息も絶え絶えで。
このまま逃げ続けたところで、すぐに捕まってゲームオーバーだ。
何か対処する方法は無いもんかな。

きょろ、と視線を動かすと、何故か私の鞄が少し離れたところに落ちていた。
元の場所に戻ってきた?あの時は鞄があるかなんて確認する余裕も無かったな。
…うん。今なら取りに行けそう。

震える足を叱咤してさっと鞄を回収すると、バレない内に素早く別の木に隠れる。
地面が枯葉で埋め尽くされていた所為で足音はどうしたって消せなかったけど。
代わりに咄嗟に引っ掴んだ教科書やら何やらを無差別に投げまくって誤魔化した。

さて。今の所持品は。
残った教科書にノートが数冊、筆記用具に携帯に音楽プレーヤーとヘッドフォン。
後は友達に押し込まれた漫画…ああ、良かった、これ投げてなくて。
そしてこれまた押し込まれたお菓子。この盛大な迷子の中では有難い。
ついでに試供品の化粧セットやらティッシュやら、使わないけど受け取ったやつ。
あとはハンカチとか、そんなもんか。

よしよし、都合良く利用出来る物が結構あるし、利用しない手は無いでしょう。
早速化粧セットの内、香水を取り出して教科書にガンガン振りかける。
鼻がねじ曲がりそうなそれを、勢い付けて力いっぱい放り投げた。

案の定例の巨大…えー、ヤツは真っ先に反応した。こっちに向かって足音が響く。
足音は教科書の臭いを追って、その場を通り過ぎていった。
けどまだ近い。

ヤツに気付かれる前に大急ぎで場所を移し、同じ事を繰り返す。
臭いが酷すぎて頭痛がしてきた。元々香水は嫌いだし、何この地獄。

やがて鼻がもげそうな程に臭いが辺り一帯に立ち込める。
自分の気配も大分薄れただろうし、残ったノートを投げながら逃げよう。

…と思ったけど、そうなる前にヤツは耐え切れなくなったみたいだ。
充満しきった臭いに混乱したのか、その場でグルグル回って暴れ出す。
一頻り木に突進すると最後には力尽きて倒れ伏し、そのまま動かなくなった。
いや、よく見るとピクピクと痙攣している。…なむなむ。

…私も早くこの場から離れないと同じ目に合いそうだ。
若干吐きそうな気分になりながら、急いでその場を抜け出した。



その後、何とか別の動物に会う事も無く、その日の内に森を抜け出す事が出来た。
そのまま目の前に広がる広い荒野のような場所を歩き続ける。
そうして月が真上まで昇る頃、寂れた雰囲気の、村、のようなものを発見した。
ようなもの、というのは村としては余りにも荒れすぎているというのが一点。
そして、生活感どころか人の気配が一切しないのがもう一点。
ゴーストが出そうなゴーストタウンとはこのような場所なのだと思う。

何はともあれ、今日は此処にお邪魔させてもらおう。
これ以上歩くにはいい加減体力の限界だ。ふらふらのくたくたなのだ。
雨風もちゃんと凌げそうで一安心。良かった良かった。
この際辺りにがっつりこびり付いている赤黒い絵の具は気にしない事にする。

宿になりそうな場所を探して空き巣のごとくうろうろがさごそ。
壁に穴も無くてしっかりした、他よりちょっとだけ立派な建物の扉に手を掛ける。
ぎぎ、と軋んだ音を立てて色の無い扉はゆっくりと開いた。
建物の中もホラーチックだったのはご愛嬌。

探しておいた綺麗なシーツをかき集めて、隅っこで丸くなって眠りについた。


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