ふたりぼっちのワンダーランド | ナノ

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広い草原を街とは逆方向へひたすら走る。
後ろから追い掛けるのは、槍を手にした見張りの兵士。

少し時は遡る。
門前に居る兵士を見て、ヒメちゃんが慌ててストップをかけた。
ヒメちゃんは今鎧を着ていないから、お城の派遣兵だと正体がバレてしまうのだ。
そこでアレスさんはフォイくんを刺し、そのナイフをユーシャさんに投げ渡した。
ちょっと吃驚したけど、所謂陽動作戦というやつで、私達は囮になったらしい。

「なんかちょっと懐かしいね」
「こんな場面で懐かしさを感じたくない!!」

ぽろっと零れた独り言に、ユーシャさんは涙目で叫んだ。
多分、ユーシャさんの言う懐かしさと、私のそれは別物だけど。
――一瞬、ヘッドフォンを耳に掛けそうになって、やめた。

「よし、もうこの辺でいいか」
「そうだね」

街が大分小さく見える場所で私達は足を止めた。
追い掛けてくる兵士はもう居ない。

刺した時に吹き出たフォイくんの血は、血糊袋を使った演技だったらしい。
フォイくんとしてはちょっと怒られる程度の陽動をするつもりが、ユーシャさんが本物の指名手配犯だったから本気で逃げる事になってしまった。
本当はユーシャさんは何も悪くないんだけどね。無念。

「そうか、だったらオレは逃げなくても良かったのか別に。あー逃げて損した…」
「あれ?そういえばそうだね。指名手配されてるのユーシャさんだけだし」
「じゃあオレもタートルに入っとくか。エノも来たらどうだ今の内に」
「えっ!!ボクはどうすんのさ!?一人!?」
「お前は良いんじゃね?捕まれば。好きなんだろ、牢屋」
「好きじゃないよ!!よく居るけど!!全然好きじゃないよ!!」
「嫌よ嫌よも?」
「入る隙間無く外だから!!」

冗談、冗談。へへへ。
じゃれあっている内にフォイくんは行ってしまったようだ。その背は小さかった。

「あ…えっと、エノも行くんだよね…はあ…」
「え?行かないよ」
「えっ?」

ユーシャさんと鏡合わせになるように首を傾げた。
今更だけど、私の方が背が高いんだなあ。

「私、ロスと約束したから、ユーシャさんが此処に居るなら私も此処に居るよ」

レイシーが居ない今、私はユーシャさんの傍に居るべきだ。
ユーシャさんは途端に目を潤ませて破顔した。
ふかふかな緑の絨毯に並んで座り、皆を待つ事にした。

「皆が戻ってくるまでどうしようかなあ」
「あ、私、ユーシャさんの話聞きたいな」
「ボクの話?」
「うん、ロスってユーシャさんの事凄く気に入ってるみたいだし」
「えっ!?あいつが!?」
「うん」

ユーシャさんは大きい目を更に大きくさせた。
レイシーが彼処まで気を許す相手というのは、本当に本当に珍しいのだ。
という私だって、数年程度しか一緒に居なかった訳だけど、そう思う。

「でも、それがなくても、私もユーシャさんの事知りたいな」
「そ、そう?何か照れるけど…あ、じゃあエノの事も教えてよ」
「私の事?つまんないよ」
「ボクの話だってそれこそつまんないかもよ。旅に出るまで本当何も無かったし…それに、戦士との旅の話とか、ずっと興味あったしさ!」

ユーシャさんはきらきらと目を輝かせている。
うーん、そっか。ユーシャさんにとっては、レイシーを知る機会でもあるのか。
うん、私もユーシャさんには、レイシーの事、知ってほしいな。

「うんとねえ。私とロスはね、命辛々逃げ延びた先の廃屋で出会って」
「行き成り凄まじい出だし!!」
「私戦えないから、無理矢理着いてったのが始まりなんだけど」
「安定のマイペース!!いやでも、危険だししょうがないかあ…」

なるべく明るいエピソードを引き出すように意識しながら口を開いた。
するとレイシー以外にも、ルディの話も沢山出てくる。
三人で作った思い出は、あの世界でも暖かくてキラキラしていた。

ロスと出会う前の話もする。
普段は学校に行っていたとか、家族の話とか。

友達は…えっと、うん、実は居なかったんだよね。
あ、でも友達になりたい子は居たよ。二人。違うクラスだったけど。
まだ友達じゃないけど、勝手に友達って呼んじゃったりしてさ。
漫画を貸してくれてね、それっきりだけど、私それが凄く嬉しかったなあ。
多分、もう会えないんだろうけど。…ちょっと、残念、なのかな。

ユーシャさんも、ユーシャさんの話を沢山してくれた。
なんとユーシャさんも友達は一人も居なかったらしい。意外だ。
そのままユーシャさんの話にふんふんと相槌を打っていく。

ボクの故郷はさっきも言った通り、何も無かったよ。あるとすれば広い自然かな。
そんな辺境にある田舎だったからか、ボク以外の子供なんて一人も居なくてさ。
だから近くの森に毎日通ってたよ。其処で森の仲間達と遊んでたんだ。
え、プリンセスアバラマンって何の話!?歌いも踊りもしないけど!?

それ以外だとエノと同じで勉強してたかな…学校は無かったから自学だけど。
いや?母さんには何も言われてなかったよ。ただボクがやりたかっただけ。
森の仲間達と仲良くなりたくて、色々調べてさ。そしたら自然とそうなったかな。
うん、勉強は結構好きなんだよ。学者とか、研究職とかに憧れてた。
ええっ、いやそんな、凄くないよ。実際今は勇者を志して此処に居る訳だし。

エノは何か夢は無かったの?
へえ。夢を見付ける為に勉強してたんだ。いや、凄いと思う。
だってそれって、何でも目指せるって事じゃないか。

でもやっぱり学校って良いよなあ。ボクも学校に行ってみたかったよ。
友達も沢山作って、それで皆で教え合ったり、競争とかしたりしてさ。

「楽しそうだよな、」

ぽつり、寂しそうにユーシャさんがそう零した。
その横顔が、とても、

「寂しくないよ」
「え?」
「ユーシャさんはもう寂しくないよ」

だだっ広い空の下、緑の海の真ん中に座り込む私達は余りにもちっぽけな存在だ。
静寂の中では耳にうるさい程に、ごうごうと風が吹く、ふたりぼっちの世界。
かつてレイシーと私が見た世界。


「そっか」

ユーシャさんの夜色の目から、ころりとひとつ、小さな星が落ちた。

「ボク、寂しかったんだなあ」


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