ふたりぼっちのワンダーランド | ナノ

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ヒメちゃんさんはお姉さんの事を勇者様と呼んだ。
強くて重そうな鎧を着てるし、ヒメちゃんさんはお姉さんと組んだ戦士だろうか。
何番なんだろうと思ったら、本当はお姉さんは勇者じゃないらしい。
ルドルフさんが、お姉さんの正体はお城のメイド長だと教えてくれた。

詳しい話はやっくん達を魔界に帰してからというところで笑い声が響いた。
それはすぐ近く、ルドルフさんの隣に居る、縄で縛られた魔女さんから。

「失敗したな」
「え?」
「私の触手を切ったのは失敗だったな…」

ぎらりと射抜く視線の先は、ドッジボールを再開していたやっくん。
嫌な予感がする。

「そいつの体内に、触手を残す結果になったんだからね!!」
『そうさ…』

突然、ぐちゅりと魔女さんの肩にくっついていた球体が蠢き出した。
やっくんを貫いた触手が生えていたやつだ。え、あれ動くのちょっと気持ち悪い。
球体にぐぱりとギザギザの刃が生えた口が開き、二つの目も現れた。

『オレの体の一部をな!!』

その時、やっくんに異変が起きた。
いきなり意識を失って、どさりとその場に倒れ込む。
力を無くした手からボールが離れ、てんてんと軽く弾んでいった。

「なん、だと…!?あっちが本体だったのか!?」
「それは微妙に違うほが」
『オレ達は二人で一人なんだ。人間界で言うとおすぴーとピーコみたいなもんだ』
「それは違う!!!!」
「勇者さん、ちょっとこれはツッコミ入れてる場合じゃないかもしれませんよ」

レイシーの視線の先は、さっきまで倒れていた筈のやっくんだ。
やっくんは、不気味な笑みを浮かべて其処に立っていた。
普段は綺麗な黒髪に隠れている青い右目が怪しく光る。

「おい!!ヤヌアさんに何をしたぶぉおお…ッ!?」

ルドルフさんが魔女さんの縄を引いた瞬間、顔面に膝蹴りが入る。
やっくんが一瞬で跳んできて、その一撃を食らわせたのだ。
ルドルフさんは勢い良く吹っ飛んで、遠くの壁にぶち当たった。

「何をした?そうだな、解りやすく言えば洗脳だな。」

操ったやっくんを従えた魔女さんは、愉快そうに笑った。
私は咄嗟にやっくんから距離を取った。レイシーが私を守るように間に入る。

「そんな…やっくん…?」
「っふふ…」

ゆらり、やっくんが振り返った。
すると、がくがくと絡繰人形のように首を振り回し始めた。えっ何あれ怖い。

「ふははーごーざるざるざるざるごーざるざるざるー!!!!」
「笑い声キモッ!!!!」
「やっくんは『ござる』をちょい悪ワードだと思ってるんだ…」
「何で…?何処がちょい悪…?」
「全く、のんびりドッジボールなんてやってるから」
「え!?ボクが悪いみたいな言い草!?」

皆が騒いでいる中、気怠げな溜め息が耳に届いて振り返る。
メイドさんが何時の間にか手にしていたハンマーを軽く肩に乗せた。

「まあ手間が増えたが結局六対二だ。お前等が不利なのは変わってないだろ?」
「待てよ!やっくんは操られてるだけなんだ!」
「そうか、そりゃ運が悪かったな」
「やる気満々!!?」

メイドさんが臨戦態勢を解く様子は無い。ヒメちゃんさんもそれに倣う。
魔女さんはそれでも変わらず不敵な笑みを浮かべていた。

『クキャ!ヤヌアさえ居れば何人相手でも関係無いさ』
「ヤヌアの魔法さえあればね」
「! 駄目だよ、その魔法をこの世界で使っちゃ!!」

ルキちゃんは何の魔法かすぐに解ったようだ。
ルキちゃんが魔法を阻止しようと慌てて飛び出した。

「え、あ、忍術じゃなくて、?」

ミーちゃんがやっくんを助ける為にルキちゃんに続いた。
それを皮切りに、次々と一斉に走り出す。

「はぁ…今日無理したから腰が痛いほが。帰りおんぶしてくれよ」
『歩きたくねえな』

やっくんがこっくりと頷いた。

――――逃げる気だ。

「おんぶよりもっと楽にしてやるよ」
「今此処でな!」

レイシーが魔法で手に光球を生み出した。
メイドさんとヒメちゃんさんも武器を構えて迫っていく。
私も行かなきゃ、ああ、でも駄目だ、間に合わない。

あと少しでレイシーの攻撃が届くという瞬間――


やっくんを中心に、ごっそりと全てが消えた。

「――――っれ、」
「ルキたあああああああん!!!!」

ルドルフさんの絶叫にはっとして口を噤んだ。
危ない。この名前は出しちゃいけない。
ルドルフさんが激しく動揺するのを見て何とか思考を落ち着かせる。

やっくんの使った魔法は転送魔法らしい。
メイドさんは皆が城に行ったとアタリを付けて追う準備をし始めた。
そういえばさっきも王様が黒幕とか言ってたな。

14番さんが事の顛末を教えてくれた。
王様は、千年前の王様に憧れてしまったらしい。
『魔王を封印した、伝説の勇者クレアシオンを生み出した王様』に。
だから王様は魔族と手を組んで、魔王を復活させようとしている。
自分で魔王を封印する為に。

ルキちゃんは自分が魔族を召喚したと思っていたけど、それは違っていたらしい。
ルキちゃんが間違えて使ったという召喚用の鍋は、使用された後だったのだ。
千年間使われていなかった鍋が間違って使われる所にあったのは、そういう事。

「そんな突拍子も無い話、証拠も無いのに信じられるかよ!?」
「はぁ?証拠?そりゃヒメ様さ」
「ヒメ様?」
「其処に居るだろ」

14番さんの視線の先には、巨大な鎧――ヒメちゃんさん。
ガシャン、と首が傾いて肩口から蒸気が出る。
正面部分が独特な機械音を立てながら、ハッチのように開いていく。

「あの王の娘――お姫様が」

鎧の機械を動かしていたその搭乗者は、可愛らしい女の子だった。


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