第18話 04 
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 陣が、浮かび上がった。
『外すぞ』
『あれ、合図は一応してくれるんだ?』
『気ぃ引き締めろタコ』
 口の端を持ち上げて笑う二人に、千理が遠い顔。響基も未來も苦笑していて、結李羽が不思議そうに見やった。
「お二人とも、幽霊として戻ってこられてからも、コンビネーションが凄いんです」
「むしろ幽霊になってから強いんだよなぁ……体ないし、滅そうにも滅せないぐらい強いから」
 バチンッ
 張り詰めすぎた弦が勢いよく千切れるような音と共に、いつきの周りに黒い靄が縄のように絡まっている光景が現れて全員がぞっとした。いつきまで顔を真っ青にしている。
『落ち着け。可視できるぐらい、現実に呪いを落とし込んだだけだ』
『――なんだ、思ってたよりひどくないや』
 さっくりとした一言に、いつきの頬が引き攣った。青慈が笑っている。
『かなりいつきが解いてくれてる。これなら悪魔の力借りなくてもいけるね』
「え――」
『全員耳塞げよ。いつきは塞ぐな』
 瞬時にいつき以外全員が耳栓装着。一番早かったのは隼だった。以前響基の呪言で相当懲(こ)りているだけに。
 何事か唱え始める海理に合わせるように、青慈も。いや千理と万理まで口を揃えて何かを呟いている。なのに一番驚いているのは千理と万理のようで。しばらくして納得の表情になった二人は、恐らくだが海理達から何か伝えられたのだろう。召喚したものと召喚主は、そもそも言葉を交わさなくとも精神的な繋がりで会話ができるのだから。
 いつきに絡んでいる縄が、緩んだ。
 ほどけて、ほどけて――緩みきったそれがどこから伸びているのかと、無意識に辿った隻はぞっとする。
 心臓へと収束する縄は、一本に大きく絡まっているのだ。
 そして四肢へと、頭へと。あちこちに絡みつくしていた縄は解けて、完全に解かれた縄はついに、くたびれた糸が切れるように千切れていく。
 音のない世界の中、確かに見えた。海理の口に加えられた紙が、じりじりと焦げていく。
 その焦げた臭いが鼻を突いて、咄嗟(とっさ)に隻は手で覆い隠した。
 結李羽がはっとしたように、急に手に数珠を出して中空に投げた。何をしたのかと思いきや、庭に巨大な数珠が家を囲うように現れたのを見てはっとする。
 結李羽が顔を青ざめさせて頷いてきた。
 おにがちかい
 口の動きで、見ていたのだろう響基が表情を変える。翅を突き、咄嗟にメモ紙を取り出して知らせて――あからさまに舌打ちをしたではないか。
 ぶつんっ
 最後の縄が切れ、心臓に達している根本だけが残される。途端に千理と万理の唇が動きを止め、海理と青慈へと頷いた。
 耳栓を外した兄弟は、結李羽へとオーケーサインを出して庭に飛び出す。
 突風が薙(な)いだ。同時に、いつきに絡まっていた縄がぼろぼろと崩れ去っていく。
 唇付近まで焦げつつある紙をものともせず、海理は手を組み換えた。青慈が鋭い目で見やるは、いつきの心臓。
 もう一度突風が薙いできて、結李羽が崩れかけ、響基に支えられている。大丈夫だと頷く女性に、未來も肩を貸して支えている。結李羽の力強い目に、隻ははっとした。
 はっとして、拳を握り締める。
 いつきが苦しげな表情を浮かべないよう、真っ青どころか白くなった顔できつく目を閉じている。こめかみを流れる汗が、ぽたりと縄を濡らした気がした。
 ざあっ
 黒い縄が、風に煽(あお)られて流れていった。いつきの胸には何も残らず、がくりと膝を突きかけた彼はなんとか踏みとどまる。
 海理が素早く紙を口から放し、手で掴むと札を重ね、縄へと投げつけた。
 縄が、弾け飛ぶ。
 苦しげな表情を浮かべていたいつきが目を丸くしたその時、陣が消えて――
 突き上げるような衝撃が走った。
《てめーら耳栓取れ!!》
 海理の声が直接頭に響き、ぎょっとした隻はすぐに耳栓を取る。けれど結李羽だけ、耳栓を取るどころか完全に気絶しきってしまい、未來が悲鳴を上げて支えている。
「結李羽さん!」
「隻、隼さん、こっちに来て固まれ! 青慈、海理、いつき頼んだ!」
『了解――あ゛!?』
『守りなんざしゃらくせえ!!』
 未來と響基が耳栓を取った。結李羽を抱きかかえて、隻は庭のほうへと目を向けて顔が青ざめる。隼と一緒にいつきの傍へ行き、青慈が前を固めてくれる。
『海理から聞いてたけど、早速お出ましか。――いつき、平気?』
「……ああ」
 笑っている。笑っているのに、泣いていて。
 結李羽を安静にさせた隻は、青慈と並んで立った。青慈が意外そうな顔をした後笑ってくる。
『君も狙われているんだろ? いいの?』
「ああ」
 海理が万理の負担も考えずに幻生を呼び出そうとして叱られている(「僕は兄さん達ほど馬鹿な体力じゃないんですよ!!」、『あーそうだったな』、「兄!?」)。
 見えなかった相手は、やはりまだ見えてこない。
 それはきっと――
『手も震えてるのに?』
「……なんで細かい所気づくんだよ……」
 げんなり顔にだって、全くできない。
『さあ。観察力は母さん譲りだからなんとも?』
「……あ、そ」
 そう返すのだって、喉が震えてしまう。
 けれど。
 目を閉じて一度深呼吸して。拳もきつく固めて、目を開く。
 朽ちつつある着物が確かに見えた。長い髪も見えた。
 響基が琴を出して素早く弦の調節を果たし、翅がその前で響基を守り、さらにその後ろで悟子が鳥を出して加勢している。未來が呼び出した女豹(めひょう)は、素早く着物姿の鬼の真後ろを取った。
「――千理に言われたよ。いる意味も分からずに加勢に来るなって」
 それはきっと、大切な家族を亡くしたからこそ、言える言葉。
「んでもって、海理がさっき、隼にも同じような事で怒鳴ってたりもしてたよ」
 それはきっと、大切な家族を遺して、望みもしなかった結果を招いてしまったからこそ、出る言葉。
「翅もいつきも響基もさ。この間教えてくれた。あいつらの境遇とかも」
 そして、結李羽も。
 抱えてきたものは全部、自分が一般人だったなら一切知る事がなかっただろうものばかりで。大きすぎて。
 絶対に自分では助けられない。支えることすらできないし、道を示してやるなんて以ての外だ。
 そんなの、できっこない。
『……そっか』
「ああ。――あいつら、信じてくれてるんだ」
 問題児だと、一人だけ生まれてくれればよかったのにと、言われ続けた自分を。
 どれだけ希望のない世界でも、いてくれてよかったと、自分が自分でよかったと笑ってくれる、仲間を。
「いる意味含めて、護られてるばかりじゃ成長しないだろ」
 怪談の謎が分かってしまった自分を叱ってくれた士だって。隼の苦しみを理解しようとしなかった事を嫌悪してきた萌だって、逆にそれに怒ってくれた伊原も翅も、千理も響基もいつきも。
 衣を羽織って、鬼を睨みつけた。鬼の顔が――頭蓋骨の窪んだ穴が二つ、隻を射抜いてくる。

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