第12話 02 
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 万理も感嘆の声を上げている。目を見開いて食い入るように視界を回す少年は、年相応に戻ったかのようで微笑ましくすら映った。悟子がうずうずとしているのを見て、万理が笑って悟子に回している。途端に目を輝かせてビー玉の向こうの視界を堪能している彼らに、隻はぽかんとした。
 貯金箱は見えていなくても、ビー玉は見えているというのが、なんだか不思議だ。これはどちらにも見えるものという事なのだろうか。貯金箱が隠していたから、ビー玉も見えなかったのだろうと納得し、さらにノートを読み進める。
「刀ってこれですね? ――『景霞ノ太刀(かげかすみのたち)』……未來さん、聞いた事ありますか?」
「いえ、初めて聞きます!」
 振り向かなくても分かるほどに、目が輝いているんだろうな。
 苦笑し、結李羽が不安そうに近づいてきた。
「『影霞の太刀』……?」
「そこの刀かける場所にある刀なんだけど、やっぱり見えてないか」
「うん。刀、それだけじゃないよね?」
 頷いた。記述の中には別の刀もあると書いてある。机の後ろ、壁との隙間にひっそりと置いてあるらしい。取りに向かおうとした時、ふと足が止まった。
 ――それだけじゃないよね=H
「隻君……?」
 ……気のせいだ。きっと結李羽は、他に刀があったらいけないからと、聞いてきただけのはずだから。
 一瞬早まった動悸をごまかすように、ノートへと目を落とした。
「――面倒な所に入ってるな。後で出すか。あと……」
 ページを捲り、目を見張った。
 行く事が叶わない神社≠フ記述――
「……その社(やしろ)、望んでも行く事叶わず」
「え?」
 悟子が耳を疑うように聞き返してきた。隻は続ける。
「想い馳せつつ、探せど探せどいずこか彼方に消えうせる。狭間でその鍵、開けられる日を待ちいたり。――待ち人を探し、待ち人に会おうってする男女が、待ち合わせ場所に向かう途中に、神社が見える……?」
 ――どういう事だろう。
 さっき書いてあった、行く事が叶わない神社の記述にしては、なんだか妙だ。
 神社の守り主の名は――
「留華蘇陽(とめはなのそよう)……!」

 久しいね。また私に力を使わせるとは。ここの守護だけではいけないという事か

 私、留華蘇陽はかつて精霊、そしてまた神と崇められ、人と共にありました。最愛の人と出会い、贄(にえ)に捧げられかけた者の手を借りて、人として降り立った。精霊神を体に取り込み巫女となった者と、末長らく共に暮らしておりました。引き伸ばされた寿命を迎え、ここに祀られた私達は、あの子と出会ったのです

 その後だったわね、あなたと出会ったのも

 やっと納得できた。
 あれは、隻ではなく祖父へと当てた言葉だったのか。
 祖父、相次郎は幻生を見る事ができる。神隠しのような空間も当然行った事があるのだろう。そういう記述がちらほら見え隠れしている。
 浄香に案内されて着いた神社には確かに、桜の花が咲き誇っていた。五月だったのに。
 間違いない。この神社の記述は、数ヶ月前翅や浄香と訪れたあの神社のことだ。

 やはり、あなたは彼と同じ世界にいるのね。そして彼よりも先へと進んで、未来を変えた。迫られた時、我が名をその口に含みなさい。その桜がそこにある限り、私は木の精として、この地とあなたの役に立ちましょう

 留華蘇陽が言った、桜の事。もしかしてと印籠をポケットから出し、紋様を見やる。
 桜。
 棚に飾られた、枯れてもいない枝付きの花も、桜。
「そういう事かよ……!」
 だからあの女性は、役に立つと進言してくれたのか。
 隻が相次郎の孫だから。それに気づいたから。浄香を守る印籠を、自分が持っていたから。
 浄香と留華蘇陽は知り合いだった。そして間違いなく相次郎も。でなければ印籠もこの桜の枝も、ご丁寧に用意されるはずがない。
 けれどどうやって行ったのだろう。恋仲の男女が待ち合わせない限り行けないと、書いてある神社なのに。祖父と祖母は見合い結婚だったはずじゃ――
 言葉が途切れた。もう、随分と発していなかったような気もするけれど。
 納得してしまう以上に、何かが胸を抉ったような気がする。
「――隻さん」
 悟子が不安そうに、言いづらそうに、隻の足元を見て声をかけてきた。
「浄香さんの言葉、伝言します。――『もう終わった話だ。あれは奥方の事を、確かに信じていた』」
 何を見ていたか、何に気づいたのか。ばれてしまったのだろう。
 隻は悟子が向けていたその場所に目を落とし、力なく笑った。
 別に、祖父が昔誰に恋をしていたとか、そんな事にショックがあったわけではない。
 ただ――そう。どれほど時間が経っていても、ずっと祖父の事を、印籠の件があろうとなかろうと見守ってくれていたのは、間違いなく彼女だった。祖母は先に亡くなってしまっていたのだから。
 ノートの先頭、祖父の手紙を読んでも、晩年の彼は幻生生物を見る事ができなくなっていたはず。それでもなお慕い続けてくれていたのは、浄香と――
「……馬鹿だろじじい……礼、まともに言ってるのかよ」
 自分を庇ってくれた地獄の鬼に。白尾ノ鴉に、留華蘇陽に。
 そして何より――
 悟子がぽつりと、教えてくれた。
「言うどころか、近くにいたのを知っていて、笑いながら最後に『ネズミならそこにいるぞ』って言ったらしいですよ。……浄香さん、ネズミ嫌いなんですね」
 ぶはっ。
 数人分の吹き出す音が響き、隻も肩が笑ってしまった。
 だからか、猫に化けてるの!
「――ありがとな、バカ猫」
「あっ!? ……あ、あれ? 隻さん痛くないんですか?」
「は?」
 悟子と万理が、そろそろと視線を逸らした。
 ……引っ掻いたか噛み付かれたか、したのだろうか。


「おーう、じゃあよろしくな、親父」
 合計九人。天文台に行くにしても人数が多いと頭を悩ませていた隻に、何故か父と隼が運転手を買って出てくれた。父が動くと聞いて思わず自分が運転するから休んでろと、電話中だった隼に代弁してもらうべく言ったはずなのに、隼は真顔で一言。
「お前免許取った後から一切乗ってないだろ?」
 ペーパー、ばれてた。
 挫折気味にいじけた隻に、隼が運転できるのかどうか尋ねてきた翅はというと、運転免許から取っていないという話。隻は疲れた顔で言うしかなかった。
「あいつ、大学までバイク通学したり、場合によっては車動かしてたから……」
「あー、納得……あれ? 隻さん同じ時期に免許とったんじゃないのか?」
「取りはしたし、俺のほうが早く免許受かってたんだけど……ガソリン代高騰してるだろ。あと隼と肩並べて大学行きたくなかったから、俺だけ電車通学」
 大学まで一緒だったのかと遠い顔をされ、結李羽が苦笑して隣に座ってきた。千理も意外そうな顔で同じく縁側にやってくる。
「隻さんの運転姿めっちゃ想像できるんすけどね。隼さんのほうができるって意外というかなんというか」
「隻君の車、あたしも乗った事ないんだぁ」
「乗せられるかよ取って一年目で!」
 事故でも起こしたら洒落にならないし、何かあったら遅いのに。顔を真っ青にして叫ぶ隻に、携帯で天文台の時間を確認していた隼がにやにやと笑っている。
「おれ、無事故無違反だぜ?」
「スピードは」
「……この間高速で百キロ出しかけた。スピード落とした辺りで警察が別の車両追っていってたからセーフなっ」
 やっぱり。悟子が顔を真っ青にして「スピード違反は危険ですよ!!」と叫んでいる。万理がそわそわとしていて、いつきが意外そうな顔で彼を見やった。
「どうした?」
「……そ、その……この近く、コンビニありましたっけ?」
「え? ああ、出て左に真っ直ぐ行けば――あ」
「ありがとうございますちょっと行ってきます!!」
 言うが早いか、飛び出していく万理。千理がぽかんとし、気づいた隻といつきと悟子、遠い顔。
 乗り物酔い、しやすいのか。
 悟子と万理は父の車のほうがいいだろうか。でもあの車、確か……タバコ臭いから、乗り物酔いしやすいなら余計吐きそうだけれど。
 車を取りに行った隼は、レンタカーで戻ってきた。その間に万理はこそこそと隠れて宵止めの薬を飲もうとし、響基が心配そうに見ていた事で一番ばれたくなかった千理に知られてしまい、落ち込んで。
 その千理は乗り物酔いが一切なく。ふと思い出した隻は、いつきへと振り返った。
「いつきは平気か?」
「酔い止めの薬が普段の薬と飲み合わせが悪かったら洒落にならないだろうが」
「……そうだった」
 父の車のクラクションが聞こえ、一同揃って外に出る。戸締りは予(あらかじ)めしているものの、なんとなく振り返った。
 浄香、海理、白尾ノ鴉は既に外に出たと、皆から教えられ。振り返った玄関は、奇妙なものの姿など一切ない、幼い頃見ていたそのままにすら映った。
 ――確かに、自分はこの視界で、これだけしかない世界で過ごしていたのに。
「隻さーん行くってさー」
「ああ――だからさん付けなくていいって言っただろ!」
 翅に返しつつ、急いで向かう。
 玄関の鍵を閉めた時、ふと声が聞こえた気がして振り返り――すぐに車へと急いだ。

 気をつけろよ

 ――昔聞いたような、誰かの声を。



「暑い暑くないやっぱ暑い!」
「翅煩い!!」
「響基うるせえ」
「え!?」
「――って海理が」
「聞こえてたよ!!」
 腹を抱えて「二重音声ー!」と笑い飛ばす千理と隼。悟子が微妙そうな顔で、万理はいたって涼しい顔で、隻の父へと礼を言っている。年齢も立場も上なはずの連中はこの有様なのに、恥ずかしいという思いはないのだろうか。……隻も礼を言うより手を上げただけで終わらせたから、人の事は言えないだろうが。
 結李羽と未來が礼を言っているのを聞きつつ、天文台へと全力で走っていく千理と翅の、兄弟さながらな競争を見つつ。一緒に歩こうと決めたのか、単純に競争に加われない事に諦めがついたのか。いつきが隣に来て、冷めた目で二人を見送っているではないか。
「馬鹿か」
「馬鹿だろ。他に何かあったか? あれ」
「ないな。まだ海理達は見えてないのか?」
 隻は頷き、辺りを見回す。いつきが肩を指し、「そこに浄香がいる」と教えてくれたも、なんだか奇妙だ。重さもあの毛並みもまったく感じない。
「……えっと、じゃあ白尾ノ鴉は?」
「お前の頭の上」
「海理は」
「千理追い越して真顔で入って行った」
「……秋穗は?」

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