第2話 02
[ 4/39 ]

「彩!?」
「ごめんすぐ戻る!」
 自転車の鍵を素早く開けると飛び乗り、急発進する。
 角を曲がっていったワンピースを見失わないよう必死でペダルを扱ぎ、見た先はやはり昨日と同じ川。
 橋の向こうにワンピースの女性を見かけ、彩歌は自転車を走らせる。
「待ってー!」
 女性は振り返らない。自転車で追いかけているというのに、距離が縮まっている気がしない。
 角を曲がったのが見えた。スピードを上げ、勢いを殺さないよう気をつけながら通り過ぎた男性とぶつからないよう避けて角を曲がった先、彩歌は茫然とする。
「あ、あれ……?」
 いない。シルバーブロンドの髪どころか、ワンピースを着た女性の姿も、ましてや人通りすら少ない田舎の道が、わき道を遠くに作りながらまっすぐ山へと延びている。
 何となくペダルを扱ぎ出し、路地を進んでいくも、山に近付くにつれ不安が増した。
 増すけれど、足を留める気にはなれない。
 大体目障りと言われたのに、なんで自分はあの人を追いかけているのだろう。あの女性が水の花と関係している自信は、これっぽっちもないというのに。
 扱いで、扱いで。ふと遠くの路地を左に曲がる、銀に近い金髪を見た気がしてはっとした。慌ててスピードを上げ、角を曲がって見やった先に、茫然とする。
 穣縁(みのより)山道入り口。もう家の近くを通り過ぎ、山道の入り口まで来ていたのか。
 一応県道が走ってはいるし、国が保有する山ではある。あるけれど、基本近所の老人や登山好きなおじさん達が山菜を取りに行く程度しか使わない山だ。陽岡町(ひのおかまち)の向こうの町とは交流があってもそんなに盛んなほうではないから、彩歌も小学校の遠足以来行っていない。
 ほんの少しだけ、ぺタルに体重を乗せようとして、躊躇った。
 本当にあの人なのか、自信はない。
 ないけれど――普通なら知らなくてもいいやと、思うけれど……
 彩歌はペダルを再び扱ぎだした。

 扱いだまではいいものの。
 とっぷりと日が暮れた道。山の上のほうにまでやってきたが、全然見当たらない。落ち込んだまま上を見上げると、ほんのり明るい焚き火の気配と、小さな煙。
 登山の関係で山小屋もあるこの山では、別に煙は珍しくない。登山客と鉢合わせして話しかけられるくらいなら、もう下りたほうがいいのだろうか。
「どーしよ……荷物もおじちゃんの所に置いたままだし……」
 溜息しか出ない。収穫がなくてここまで遅くなりましたなんて言えるはずもない。自転車のライトだけで薄ぼんやりと照らされた山道で、落ち込んだまま自転車を下り方面に傾けた。もう情けないの言葉しか出ない。
「何しとるん、こんなとこで」
「ひぁっ!? あっ、あれ? 昨日の!?」
 驚いて振り返ったその側、獣道からひょっこり顔を出した人影に彩歌は驚いた。つり目に茶髪の男性が、やはり驚いた様子でこちらを見てくる。
「あ、自転車ほかしとった……今度は山にほかしにきたんか?」
「ほ、ほかす?」
「あ、すまん。捨てるって意味」
「あ、そうなんだ……って捨ててない捨ててない! 高かったんだよ、ギアチェン付きだし自腹切ったんだから!」
 涙目で訴えれば、男性は驚いた様子。慌てて「分かった分かった」と宥めてくるも、子ども扱いされている気しかしない。彩歌の顔はむすくれる。
「それにそっちだってなんで山に――昨日は川にいたのに。川登りでもしてたの?」
「魚か俺は。どっちかっつーと……旅? 日本一周しよるっちゃけど」
 どこの方言かは分からないが、随分と訛った男性だ。やや語気が強いのは怖く感じるも、いぶかしみながらもふうんと流す彩歌。
「陽岡ってなんにもないのに、二日もいるなんて暇人だね」
「馬鹿にしとるんか、きっさん。水を補給さしてもらっとるだけで深い意味はなかよ。あとは山菜もらっとる程度やけん。んで、お前は?」
「……どーせ信じてくれないもん」
 ぷいと顔を背ける。すると何がおかしかったのか、男性は吹き出して笑う始末。むかっ腹が立って睨みつけようとすると、途端に腹の音が二つ響いた。
「なんね、お前も腹減っとうとか」
「……ずっと自転車扱いでればお腹も空くよぉ。おじちゃんのところでケーキもらっておけばよかったぁ……」
 うなだれる彩歌に、男性は一言「いいなぁ」とこぼしている始末。顔を上げると、やはり腹が空いて気の抜けた顔。
「お兄さんもご飯まだなんだね」
「そりゃ、日本一周しとったら飯のなか日もあるやろ。昨日は山菜のいい場所見っけれたけん凌げたばってん、今日も山菜じゃ腹膨れんし」
「……おにーさん、どこの人?」
「どこでっちゃよかろうが。いい加減ガキは家帰りい、この辺の夜道はほんに暗か。変な奴に襲われたっちゃ知らんぞ」
 言葉のほとんどが方言のおかげで分からない。ちんぷんかんぷんな台詞をもらった上に十分すぎるほど口が悪いが、心配されている事は頭の隅でやっと納得できたので、一応山を下りようとは思えた。思えたけれど――
「おにーさんも最近物騒だから気をつけてねー。昨日は自転車注意ありがと。あと方言全然分かんないよ」
「……しゃーしいなあ。早く下りんとこっちからせっつくぞ。あとチャリに乗るな、下りは道が見えんで踏み外してもおかしゅうなかろうが」
 せっつく? しゃーしい? 何その言葉?
 本当に方言だらけな男性に見送られつつ、麓について理真里に電話した彩歌はこっぴどく怒られたのだった。

[*prev] [next#]
[表紙目次]
back to top
しおりを挟む
しおりを見る
Copyright (c) 2020 *そらふで書店。* all right reserved.

  
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -