第3話「暴露」01 
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「なるほどね。痣にしては確かに形状が一致しすぎてる。これは呪いの類を形作る過程で施されたと考えるのが筋かな」
 携帯の画像として見るのは平気なのか、確認をとったヨシ子は見事なクールビューティーだ。天理を前にしたあの慌てんぼうはどこ吹く風、携帯を見て考え込む姿に天理も頷いている。
「確認した限り、おれも賛成意見かな」
「でも、どうして天理さんと隻君に?」
『理由は色々考えられるだろ』
 海理が一つと、ピンと人差し指を立てた。
『まずは天理を閉じ込めてた奴が、隻にこいつの魂の片割れを流し込んだ結果、その跡が残ったって奴だ。正直天理の魂がまだ隻の中に残ってても不思議じゃねーんだよ。天理の感情の戻りが遅いのも気になってる』
「十分戻ってないか……?」
 嫌味の度合いが。千理といつきが首を振っていなければ、ヨシ子もただ言葉に詰まるだけで終わっていたかもしれないけれど。
「こいつが戻ってるのは口車とその他諸々だが、元々天理のあだ名は貴公子だぞ」
「うんうん、あったわそれ。何度被害に遭ったことか」
「何か言った?」
「ううん言ってない」
「二つ目は、隻さんと天兄に何か仕掛けをしたかったか、なんすけど。結局考え方としては一つ目に戻る形になるんすよね」
 千理が苦い顔で話を遮り、ヨシ子がほっとしたように頷いた。天理がじっとヨシ子を見ている姿に、万理が溜息をついたけれど。
「天兄と隻さんの繋がりって元々、良くも悪くもそれ以外ないんすよ。二人同時に狙って得する事もあんまり考えられませんし」
「――隻を狙ったメリットは考えられる事は考えられる。幻生の血だ」
 途端にそっぽを向きたくなった隻だが、なんとか堪えた。現実を受け止めると言ったのは、自分自身だ。
 いつきが考えながら言葉を選んでいる。
「天理自身も術者として実力が高い。というかレーデンそのものが存在は灰色だと聞いたが……」
「灰色?」
「幻術使いの家系でありながら、幻生の血を引いている家柄の事ですよ」
 万理が苦笑して教えてくれ、目を丸くする隻。千理は真顔で「今時珍しくないって、いつき兄言ってたじゃないすか」と返してくる。
「幻術使いにもそういう家系はあるんすよ。一般の人間と妖怪が恋に落ちる話があるみたいに、妖怪と巫女、妖怪と陰陽師だってありえるんすから。オレらのほうも随分古い血縁で交わってるらしいし、直系かどうかは知らないんでなんともなんすけど。あれでしょ? いつき兄、去年の総長の台詞気になってたんじゃないんすか?」
 幻生に対抗するための組織の中で、対アンデッドを専門とする部隊、ディモナモルスの総括長である叶浪透鳴。彼が調べたからこそ、隻と隼が、人と幻生生物の間に生まれた子の子孫だと分かったのは、今でも鮮明に覚えている。
 覚えているけれど、何か言われただろうか。いつきが頷いている事に、煉がぽつぽつと零し始める。
「最近、行方不明者、多いから……」
「けど、ニュースじゃ聞かないぞ」
「ごまかすしかないんすよ。毎日のように行方不明や失踪事件の事、報道してもらうわけにもいかないでしょ。警察の信用にも関わっちまいますよ」
 んでもってこれ、日本だけとは限らないもんですしね。
 付け足された言葉に耳を疑ってしまう。響基がなんとも言えない様子で視線を逸らしている。
「俺の親戚、音楽家って話はしたよな? ――それもあって海外での公演の時、外国での情報も集めてもらってるんだけど、やっぱり最近は多いみたいだ」
「麗憧(レイショウ)も中国で増えたって言ってたな」
 いつきの頬が苛立たしげに引くついた。隻は怪訝な顔になったけれど。
「……外人に知り合いいたのか?」
「は? ……あ、そうか。隻会ってなかったっけ。知り合いっていうかまあ、色々と世話になった悪友みたいなもんかな。今モデルやってる超有名人だよ、現在ラスベガス滞在中」
 ラスベガス滞在? モデルの超有名人? 名前の響き的に……中国人で……あ。
 気がついた途端、ぎょっとして目を丸くしてしまう。結李羽まで目を輝かせているではないか。
「ええっ!? あの伯・麗憧(ハク・レイショウ)!? うそっ、あの子大企業のご令嬢だよね!? なんで知り合いなの!?」
「……雑誌引っ張りだこのあのモデルだよな……?」
 呆然と呟いた隻に、翅は「そうそう」と頷いている。結李羽の目の輝きように圧され気味になりながら。
「あいつのところも幻術使いの一族らしいんだよ。んでもって更紗のオリジナルだから、いざこざあった時に会って……エキドナ戦で助けてもらったんだっけ」
 オリジナルというニュアンスがいまいち掴めなかったものの、それでもなんとか頭半分理解はできた気がする。いつきの不機嫌さが増している理由がその麗憧である事も分かったから、その機嫌の悪さをどうにかしてほしいとすら思うのに。
「幻術使いの家系って成金族か?」
「ってか、裏で目立ちやすいから、いっそ表でも目立って、日の本に晒せるぐらいには健全ですよアピールしてれば気が楽なだけだよ」
 よーく分かった。確かに楽そう。
 むしろ普通の家を装って、こんな豪邸住まいや親戚の多さ、今時珍しい付き合いの密さをごまかすならそのほうが丁度いいのかもしれない。現にそのおかげで、レーデン家と阿苑家という、表向き弁当屋と呉服屋の人間が会っても違和感なく話せるわけで。
 端から見れば、呉服屋の阿苑が、昼食やイベント事の弁当をレーデンに頼む傍ら、仲良くなったように思えるかもしれない。
「奏明院の伝でも、麗憧の伝でも最近行方不明者が増えた、か」
『透鳴殿のあの台詞を考えても、狙われてるのは明らかに幻生の血の出だな』

 最近、どうにも幻生の子孫である事を隠され続けてきた者の様子が掴めなくなりつつある。今のうちに君達だけでも防護策を知っていて損はないだろう

「私の家の人達を、生贄、しようとした陣も……関係ある、かも……」
 煉のぽつりとした呟きに、結李羽が不安そうに除きこんでいる。いつきも表情を暗くし、隻も目を逸らした。
 スヴェーン一族を狙った清水寺の事件から、もう一年が経った。
 一周忌は、再来週だったはず。
「――なあ、煉。一周忌、少しだけ顔出させてもらってもいいか?」
 志乃はそれこそ噛みついてきそうだけれど。千理もほんの少し頷き、「オレも行きます」と珍しく真面目な返答で。
「師匠の件、謝るのはオレじゃないって分かってるんすけど……やっぱけじめ付けとかないと。真美(まなみ)さんに手合わせれてないっしょ」
「――ありがとう、ございます」
 おずおずとした小さな声。いつきが心配そうに煉を見やっているも、どう声をかけていいのか分からない様子だった。海理も天理も渋面を作り、しばらくして海理が溜息をついている。
『ひとまずは痣の件だな。プリンタに接続してさっさと印刷かけろ、見比べるのに一々画面スライドさせるなんざやりにくいだろ』
「うぃーっす」
 気の抜けた千理の了解。それなのに立ち上がった本人は全力で走っていくのだから、何かが違う。全員なんとも言えない顔になりつつ、天理が「みんなに言っておかないとね」と暗い顔だ。
 海理に至っては、札を貼り付けて結界まで完成させている始末。防音と扉を開けられないようにするそれに、いつきが目を据わらせ、響基が困惑した。
「千理に聞かれたくない事でもあるのか?」
『――まあ、な』
 珍しく、それだけしか言わない海理に、響基もヨシ子もいつきまで当惑している。天理は最初から何を言うつもりなのか知っているのだろう。翅の真顔には、言葉をなくしそうだ。
「で?」
「おい」
『十一年前の事件の話だ。完結に言うとな、オレを殺したのは確かに師匠だ。けど親父を殺したのは師匠じゃねーんだよ』
 絶句する一同に、天理も頷いている。
「ついでに言えば、おれを隔離したのも永咲師匠だけど、千理の腕を切り飛ばしたのは、師匠じゃない。かな」
「え……ちょ、待った、どういう事!?」
 海理も天理も、それっきり黙りこんでしまっていて。いつきが目を見開き、海理へと目を向ける。
 海理はただ頷いて、阿苑当主の拳がきつく固められた。
「……嘘だろ……」
『けど現実だ』
 息を吐き出しても、もう彼は呼吸をする必要はない幽霊なのに。
 海理はいつきを見据えて、苦い顔で零した。
『親父を殺して、千理の腕を斬り飛ばしたのはオレなんだよ』
 腹を括ったような声が、外に漏れる前に襖に沈められた。
 言い訳などする気はないと言うように、それっきり黙った姿に、天理が呆れた顔で長男を睨み上げている。
「正確に言えば操られてた。それが真実だよ」
「操られて、って……そりゃ、海理がそんなのできるような奴じゃないのは知ってるけど、誰に!?」
『……てめー、言い訳する気はねーっつっただろ』
「言い訳? それこそ言い訳だね」
 小さな釘が刺さっても気にせず抜き払った天理に、海理は天理へと睨む事もできないまま。
「確かに人間の言葉は九割言い訳だ。本音なんて一割覗けばいいかもしれないよ」

 そもそもね、隻君。理由など九割は言い訳だ。自分に都合のいい言葉を並べ、擁護するためのもの。本音など一割覗けばいいほうなんだよ

 その言葉は、永咲と――
「けど海理の今の言い訳って言葉は逃げてるだけにしか見えないな。なんでだろうね。本音でぶつかってきてないようにしか聞こえないけど? 怒涛の大波が随分と静まって凪の海じゃ進みようもないんじゃないの? 腑抜けたね」
 海理は沈黙したまま顔を背けている。
『……けど殺したのはオレに代わりはねえだろ。あれだけ実力を磨いてたくせに操られて結果があれじゃ』
「千理二号なんて、鬱陶しいにもほどがあるよ。それ以上言うんなら万理に謝れ」
 言われた万理本人がぎょっとしている。やっと黙った海理に、万理は何度も上の兄弟達を見るばかりで。
 天理が溜息をついた。
「――少なくとも千理にこうやって聞かせてない時点で、おれもある意味、過保護かもしれないけどさ。あいつが忘れる選択肢を望んでる今は、現実に集中させてやりたいんだ。ただここから先は、あいつが知らなくてもみんなは知らないと危険だと思うから、勝手だけど喋らせてもらうよ」

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