第1話 03 
[ 3/83 ]

 困り顔になった千理は暫くじっと左腕を見て、不意に自分で保っている幻術を解いたではないか。瞬時に左腕だけ肘から少しした先がなくなり、傷口を確認してすぐに左手の幻術を戻している。
「とっくに師匠の幻術消えてますよ。確認するの面倒だったからしなかったけど、半年経った段階で想像ついてましたし。成長痛が何よりの証拠っすよ!」
「大して伸びてないくせに成長期を語るんじゃねえよ」
 苛立った声音が誰のものだったのか、あえて言及されなかったのは、一家に一人は必要な技術の持ち主、符師の将太だからだろう。そっと視線を逸らした隻の斜め向かいで千理が「えー」と文句を口に出しているも、すぐに話を戻す。
「ってわけで、こっちの件は問題なし。まあちょっと肉見えてたりしてるのは自分でもグロいかなーとは思いますけど、すぐにかさぶた――っていうか皮膚が覆うでしょ。生態的にもそういう感じになるっていうのは、天兄達が教えてくれてますし」
「確かに教えはしたけど、そこを集中攻撃されたら埒が――ほらね」
 翅が千理の頭を勢いよく殴りつけた。そのまま一回転して衝撃を逃がした千理は、襖に足のやり場を封じられ、呻いてすぐ驚いた顔で。
「ちょっ……! 翅まっ」
「たない!!」
 ズガン。
 胸倉を勢いよく掴みあげられ、体が見事ひっくり返ったままの千理はそのまま畳に叩きつけられた。後頭部を強打した姿に、万理が箸と手に持っていた茶碗を台に置く。
「兄さん、馬鹿すぎますよ」
「ぃぃぃ……!」
 聞こえていない。隻は溜息をつく。
「こいつの手綱持つ気ないぞ。っていうか、これじゃ持てない」
『だな。てめーの怒鳴り程度で身を弁えてたらオレ達の苦労はどうなるんだって話だ』
「まったくだよ」
 声が据わっている。声から据わっている。
 翅はそのまますとんと自分の席に着地し、卵焼きを口に放り込む。万理がもの凄く苦い顔になった。
「……いっそ僕が、隻さんと結李羽さんのパーティに入りましょうか……?」
「どこにも所属してなかったのか!?」
「正確に言うと、元々グループを組む必要がない部隊に所属しているので」
 苦笑いする万理に、天理は意外そうな顔で。
「そういえば万理の所属、聞いてなかったっけ」
「工作班ですよ。タイ姐とはよくメールさせていただいています。ただ……兄さんが帰ってきている事、既に皆さんが知らせてたんだろうとばかり……」
 肝心の情報を提供しそこなっていたようだ。
 隻の固まった顔に、響基が苦笑する。
「隻さん、工作班は何も、記憶操作がメインってわけじゃないよ」
「え、は? そうなの?」
「はい。僕も記憶操作はできますが、どちらかというと止術に必要なので覚えたに近いんです。止術は傷口を塞いだり、義肢を幻術で作り出すものですからね。患者の元の体を知るために、あえて記憶操作を用いて再現する必要性があります。工作班には僕のように、止術専門の幻術使いも多く所属しているんですよ」
 翅と響基が料理を租借しながら転がっている千理を見やっていた。
 沈黙した千理は決まりが悪そうに転がっているままで。
「……一応止術の基礎は知ってるもんねーオレも」
「言っておきますが、死んでも兄さんの止術だけは一切関わりたくありませんのでご安心を」
「ひどっ、死刑宣告!?」
「――結局、隻どこ入りたい?」
 そうだった。パーティ云々より部隊だった。
 頭を抱え、苦い顔になっていれば。千理が「え」と間の抜けた声を上げる。
「隻さんの気質考えたら、普通に対幻獣・聖獣(イリュジオン)でしょ? 出会う幻生の九割五分に気に入られてるんすから。レーデンのモンスターテイマー」
「いらないだろその称号。誰がブリーダーだ」
「いやでも、そこしかないとは思う……」
 響基に、翅も頷いて遠い顔。
「宵も暁もきついだろうし、悪魔系でもないもんな……選択肢せま」
「勤務時間と隊はだぶっても問題ないって……暁は早朝だろ? そのぐらい起きれるし、暁が相手にするモンスターはほとんど厄介なのいないって聞いたけど」
「縁道と一緒に働きたいの?」
「ごめん聞かなかった事にしていいか?」
「うんどうぞ。時間で言ったら一番宵がいいんだけどな。そうなると俺のパーティに入る形になりそうだし」
「あのぉ……」
 結李羽がそろりと手を上げている。どーぞと、翅が手で示し、彼女もありがとうと手を合わせている。
「えっとね、その場合あたしはどうなっちゃうのかな? 別の人と組んだほうがいい?」
「そんな事できません!!」
 スパアンッ!!
 勢いよく縁側から襖を開いた未來の必死の言葉に、翅と隻が視線をそっと逸らした。
 言うと思ったけど、聞いてたのか。
「……じゃあどうするんだよ。俺も確かに結李羽と一緒のほうが……何かと、都合はいい……けど……」
 未來の目の輝きようが、怖い。
 手を組んでまで何度も頷かなくてもいいのに、未来の目は光で満たされすぎていて怖すぎる。
 そして気になるのは、その肩でぐったりする浄香なのだけれど。
『はら……へった……とり……くそう、白尾をおろしておくべきだったか……』
「ちょっ、怖いよ!?」
 白尾ノ鴉が東京に残ってくれて本当によかったと、東京に遊びに行った一同は切に感じた。感じたから、未來の少女マンガを発見した目の輝きをどうにかしてもらえないだろうかとげんなりもしてしまう。
「……うー……海兄は?」
『あ? オレはずっと政と組んでるぞ。今も昔もな。――言うなよ。死んで三日目でバレた以上不可抗力だ』
 何も、誰もそこまで言及していないのに。
「いいなー政和さん。響基と交換したい」
「翅!?」
「響基、もうこっちこい。そいつ薄情すぎ」
 隻の頭痛を催した顔を見ても、響基は救いの手と言わんばかりに目が輝いている。
 ああもう、増えた……。
「天兄は?」
「おれは……そうだなぁ、海理のストッパーいるだろうし」
『おい』
「千理のストッパーまでやる前に、おれむしろ煽るよ? 煽って笑うほうが性に合ってるしさ」
 未来の犯行を自供した天理に、千理は平然と「ですよねー」。響基がはたと気づいたようで、海理へと目を向けている。
「青慈は?」
『あのマザコンに何期待してやがるんだ? てめー』
「……否定できないけど、華淋さんは一応俺達のパーティだから召喚する時以外ならいいんじゃないかなって」
『それ以外はオレと駄弁ってる以外やってねーしな。ってのは冗談で、あいつにはオレの後釜頼む気だったんだけどよ……』
 盆の暮れに成仏し損ねた海理は、まだその事を根に持っているようで。未練と生きている人への不安と心配が多すぎるだけだと未だ気づかないレーデン長男は、苦い顔で考えた後割り切ったように頷いた。
『じゃあこうするぞ。天理、お前はオレと政のほう。千理は隻と結李羽と万理』
「うっげえっ!!」
「えっ、ちょ万理まで!?」
「かーいほーさーれた。わーい」
「まだそれ言う!? ひっでー翅マジで嫌い!!」
「おーおー嫌えば? 嫌っちゃえばー?」
 えぐえぐと泣く千理の傍に移動した海理、弟を慰めるかと思った次の瞬間背中を蹴り飛ばした。
『一々男が泣いてんじゃねーよ、マジうぜえ。当面はこの形でやるぞ。仕事内容に合わせてパーティの人員は適宜入れ替えろ。人手が足りなかったら青慈パシれ』
「青慈に謝れ!!」
『あ? 知らねー。ひとまずそっちのパーティ代表、後で決めて多生の親父に伝えておけよ。事務手続き云々は後々だ。隻の部隊教育は……対幻獣・聖獣ならうちでやれるな。オレと天理と千理で暇見て叩き込むから覚悟してろ』
 天理がふっと笑んだ。一年間の付き合いで見抜いた隻は、その笑みが隻に対してにやりと笑んだ事ぐらい簡単に気づける。
 気づきたくなかったのに。
「どういうメニューで教えようかなぁ……」
「苛めるの間違いだよな。そうだよなその響き。一般人出身なの忘れるなよ!!」
「幻生の血も入ってるなら目覚めさせるのに丁度いい機会かなぁって」
 顔を引き攣らせる隻。半年ほど前見事に自分で、夕食時に多生に言うつもりが全員に暴露した形になってしまった事を今さら怨んだ。
 隼の血を採決して鑑定した結果も、幻生の血が混じっているとぐうの音も出ない結果だったというのまで、全部暴露していなければ――!
「まあ元々身体能力がかなりあるから、ちょっとした£eみで先祖返りしそうだよね」
「殺す気か!!」
「さあー未來ー響基ー。仕事の話に戻ろっかー」
「そのまま逃げるなよ? 翅」
「っち」
「あれ本気で!?」
「あ、翅も一緒に鍛えてあげようか? アヤカリなしでかなり遊べるようになるよ」
「遊ぶのは響基で十分だから結構です」
「もう俺隻のパーティに行く!!」
「いいよ、来い?」
 あまりにも不遇すぎる扱いに、ついに自棄を起こした響基。
 かわいそうに思えてきて、つい擁護してしまう隻であった。
 海理が時計を見上げ、舌打ちをする。
『食後に試すには時間かかりすぎたな……明日また来るからその時にするぞ。どっちも予定は入ってないな?』
 こっくりと頷く天理。隻も一応開いていると伝えれば、海理は『じゃ』と手を上げるとすぐに姿が消えた。
 ……。
 ひと時だけ、食事の間に静けさが戻った。
「……相変わらず自分の用だけで……」
「っていうか、端的過ぎるから優しい所ほとんど隠れちゃってるんすけどね、海兄」
 それは兄弟だから分かる話であって、初対面の人間であれば一切気づけないだろう一面ではないだろうかと、隻と響基は遠い顔になっていたという。

[*prev] [next#]
[表紙目次]
back to top
back to main
しおりを挟む
しおりを見る
Copyright (c) 2020 *そらふで書店。* all right reserved.

  
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -