第1話 02 
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 天理は千理から携帯を借りて、「スマートフォン打ち辛いなぁ」と文句を言いつつも打ち込み終わったのか、満足げに千理に返している。なんと書いたのか覗いていいかと訪ねた弟に頷く天理は、立ち上がっている。
 千理が送信メールを開いて固まったその時には、既に襖に手をかけて振り返ってきていて。
「ってわけでみんな、まだヨシ子には言うなよ」
「……ちょ、兄……これ」
「じゃ」
「オレ殺されるからああああああああああああああああああっ!!」
 絶叫を上げてスマートフォンと読みかけの小説を落とす千理の画面を覗き込んで、隻も翅も、響基まで視線を逸らした。
『sub:天兄の行方
 京都で情報が入ったので大至急レーデン家に来てください。急いだらまだ間に合いそう!』
「……ヨシ子さん、すっ飛ばしてくるだろ……屋台放り出してまで」
「ううん、タイ姐のあの屋台、収納してくれる幻生いるから……うわあああオレ会ったらタイ焼きマジでもらえないじゃん……!」
「そっちかよお前」
 しかも読んでいた小説のタイトルが見えた。隻は苦い顔で視線を逸らした。
 なんでわざわざ、アンデッドと戦うことを専門にした人間が、大ヒットしているとはいえ死者が蘇る作品なんて読んでいるのだか。
 それこそ海理や天理が見て、千理をどやしても仕方がないだろう。今去っていったからセーフだったとはいえ、この三男はやはり馬鹿だ。縁道は何を思ったのか、神妙な顔で頷いた。
「よし、会ったらおれも役者頑張ってみるか」
 頑張るなむしろ。天理のためなんかで頑張るな。
 「じゃっ」と手を上げ、開け放たれたままの障子から縁側へ出て――
「その役者をどこで頑張るつもりだ?」
「あ」
 父多生に肩をがっしりと掴まれていた。気のせいか、障子越しでも腕が太く見えるような。
 っていうか体毛そんな長かったっけ、多生さん。獣化で腕強化してるのか……
 むしろ、それ以外ない。
 縁道が項垂れた。青年になって随分立つはずなのに、その顔は少年の心を忘れないままで。
 その切なそうな顔のまま、父を見上げて――父の肩に手を置いた。
「見つかったから次、おれが鬼ね?」
「ふざけるな書類を纏めろ!!」
 連行された。「あー」という切なそうな声どころかゾンビの棒読みレベルで、笑顔で翅達に手を振る余裕まで見せながら。
 隻、目が据わる。
「……縁道ってなんなんだ」
「俗に言うモブキャラなんだけど村では目立ってるんだっていう、犯人候補に上げられやすいキャラ?」
 翅の的確な例えに、隻も千理も、はたまた万理や響基まで静かに拍手していた。


 夕食の際には縁道の姿はなかった。
 余りにも早い脱走に、多生は既に諦めたのだろう。子供世代が多く集う広間に向かっていった姿は、言葉に出さずとも疲れきっていた。
 千理がスマートフォンを見やり、「あ、すいませんちょっと抜けるー」と言って出て行ってしまい、隻はやや感心した顔でその姿を見送った。
「あいつでもちゃんと食事の時は席立つんだな」
「礼儀は一通り、おれと海理で叩き込んだから。……主に海理だけど。千理でホームラン打ったり屋根から吊るしたりして。おかげで千理、泣き叫びながら覚えたよ」
 鬼だ。
 「普段はちゃんと勉強とかも見るし、子供の体力に合わせて遊んだりもしてたんだけどね」という、今さら過ぎるフォローを聞いても耳が受け付けない。海理=ドメスティックバイオレンスの先駆者というイメージしか出てこない。卵焼きに素早く手を伸ばして手に取りつつ、響基がこんにゃくをほしそうにしていたので皿に箸を伸ばしつつ、げんなりする。
「虐待だろ……」
『耳にタコ作っても覚えなかったあいつがわりー』
「うおあっ!?」
 ぎょっとする隻の手からこんにゃくと箸が落ちた。そのままテーブルをすり抜けて現れた海理の霊体に隠れて見えなくなった食材に、響基が悲鳴を上げた。
「ああああああああああっ!!」
『うげっ、うるせー場所に来ちまった』
「ちょっ、ひどいよ!? 隻が折角取ってくれてたのに!!」
「あ、海理だ。よっ」
『よー。なんだ、今日は政(まさ)いねーのか』
「政和(まさかず)さんなら柱人で家の結界やってくれてるよ」
 海理が『ふーん』とあっさり返している。こんにゃくを取り直そうとした隻は、彼がどかない事にやや苛立ちが高まった。
「おい、響基のこんにゃく取らせろ」
「隻……!」
『あ? あーわりー。すぐ帰るから食事終わるまで待ってろ響基』
 響基が隣でさめざめと泣き崩れた。目を据わらせる隻は一言。
「塩ぶっかけるぞ」
『はっ、やれるもんならやってみやがれ。料理に大量にぶちまける気か? てめー』
 くそう上手い事利用しやがって。
 『まあ本題な』と、海理はこんにゃくの皿から体をずらして響基に取らせてやっている。優しいのか悪戯が過ぎるのか、相変わらず分からないレーデン家長男だ。
『天理、隻。てめーら最近何か変わった事あったか?』
 名指しを受けた隻と天理、何度か目を瞬かせて互いを見やる。
 見やって、海理へと視線を戻した。
「……なんでおれ達?」
『一年経つだろ、お前が戻ってきてから。あの後変な後遺症があるかどうか、政と、多生の親父達と一緒に経過を見てたんだよ』
 ……。
 そっと上座に目をやる。
 目をやって、今日は多生も正造も子供達と一緒に別の広間で食べている事を思い出して絶句した。
「……おじさんがやたらと声をかけてきてたの、過保護になったわけじゃなかったのか……」
「多生さんに謝れよ」
『あ? 過保護だろ、ありゃ。じゃなくてだ……おい千理、面貸せ!』
「いいよー何?」
 戻ってきた。障子が開いて顔を出した千理は、はっとした顔で兄を見ている。
「海兄いつ来たんすか!? あ、お久ー」
『久ー。つっても三日ぶりだろ』
 それ久し振りって言わない。
 こんにゃくを食べる為に塞がっている口を、切なそうに尖らせる響基である。
『お前今さらな成長痛、まだひどいんだって?』
「あーうん。天兄も結構来てるみたいっすよ」
『はっ、いっそ縮め。そりゃともかくだ。現実的な話、そうなってるって事は霊薬の効果がほぼないに等しくなってるんだろ』
 天理と千理がこくこく頷いている。兄弟らしいそっくりな動きに、海理は暫く考えた後、『分かった』と一言。
『政にもある程度意見煽(あお)りたかったが暇がねえ。食事終わったらてめーら居間に来い。それとだ、隻の部隊所属どうなったんだ?』
 ……。
 全員がびしりと体を硬直させた。
 隻は黙って静かに箸を置く。
「まだ決まってない」
『はあ!? 弱っ』
「うるせえなそれ言いたいだけならどっか行けよ!!」
 拳がテーブルを激しく叩き、皿がいくつも宙に浮いてガタガタと音が立つ。響基が青ざめた顔で硬直したまま。
「か、海理……あ、謝ろうなさすがに……!」
『部隊編成どことも決まってねーんだろ。さすがにそりゃまずいだろって話だよ』
「ならさっきの言葉取り消せ!!」
『取り消せるだけの実力、まだついてねーんだろーが』
 上から目線の言葉に青筋が浮かぶ。翅がカボチャの煮付けを口に入れながら「あーあ」とぼやいているではないか。
「今の台詞いつきに聞かせてやりたい」
『昔散々言った』
 このオート地雷着火装置が!!
『誰かとパーティ組んでんのか?』
「……組んでるって言うほどには、まだ……」
 悔しいが現実を考えれば確かに海理の言う通りで。
 はっきり言える。この部屋で食事するメンバーのうち、同じ養子でも今現在まともに一人で外にも出歩けないのは隻ぐらいなのだ。
 元々この場は、実力がついて外で仕事を任されるようになった幻術使い達――レーデン家の中でも実力派の若者が多く集う食事の間でもあるわけで。
 結李羽が女性陣側で苦笑いしている。
「えっと、去年の春頃は、あたしと隻君と千理君で依頼を消化してたけど……」
「清水と伏見稲荷だけな」
 結李羽がぎこちない笑みを頑張っている。海理は黙考した後、千理に目をやった。
『らしいが?』
 めかぶと、野菜の酢味噌和えとマリネを皿に確保した千理がぽかんとした。
「え、オレ単独許されてるじゃん。ピンに戻るよ?」
「は?」
 据わっているのにはっきりとした翅の声。万理は淡々と食事に没頭。
 結李羽が戸惑うのも承知の上で、隻は面倒くさいと露骨に顔に出した。
「お前暴走するだろ」
「え、かといってオレ隻さん達とまた組むんすか? 隻さんのほうが嫌でしょ」
「すっげー嫌」
「ほらね?」
「ほらね? じゃない。隻がダメでも誰か手綱持つ人間いないと千理死ぬって。腕の件だってあるだろ」

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