中学三年のとき、家に近いからという単純な理由で受験の第一志望にしたのがこの青道高校だった。
部活動が盛んで、特に野球部は名門と言われている。兄が野球部、そして私自身野球が好きだからというこれまた単純な理由で入った野球部は、思った以上に辛かった。 朝から晩まで練習漬けの毎日。起きるのも早ければ寝るのも遅い。
だけど、その辛さ以上に、彼らと過ごした時間は、とても、とても、楽しかった。

あれから三年。高校三年生になったわたしは、今日この青道高校を卒業する。

野球部最後の夏、甲子園予選決勝まで駒を進めたもののその夢は叶わなかった。

でもその夢は、後輩たちがしっかりと繋いでくれた。
秋大を優勝し、センバツ出場を見事勝ち取った。
とてもとても頼りになる後輩たち。
その中でも、わたしにとって特別な人がいた。

「ヒャハッ、なまえさん寝癖ついてますよ」
「なまえさんドリンクまだですか?」
「すんません小さすぎて見えませんでした」
「大学行くんですか?…頭悪いのに」

入部当初、ヤンキーを彷彿させるその見た目に、ビビりまくって話しかけられずにいたわたしだったが、小湊のことを「亮さん」と慕う姿に、案外かわいいところもあるんだ、と思い話しかけたのがきっかけ。
それ以降、何かとわたしに絡んでくるようになり、彼が1軍に昇格した頃には、小湊と一緒になってわたしをいじり始めた。二遊間とわたしの攻防は、ある種野球部の名物になった。

わたしが寝坊して寝癖がついているときも、ドリンクが重くて持っていくのが遅くなったときも、少し平均より小さい身長も、少し成績がよくないことも。

「ヒャハッ、なまえさんバカですか」

その特徴的な笑い方で笑い飛ばされてきた。 基本バカにはされていたけど、彼と話すのはすごく楽しかった。野球についても、ゲームについても、たくさんたくさん話してきた。
野球してる姿も、ベース間を駆け抜ける姿も、たくさん、たくさん見てきた。

その度に感じた暖かな感情は、紛れもなく。

「なまえさん」
『…倉持…』

「ヒャハッ、大学受かってよかったですね」
『聞いたの?』
「亮さんから聞きました」
『何よう。知ってたならもっと早くお祝いしてよね』
「まぁ…すんません」

引退してから学校ですれ違う程度だった彼の姿を、久しぶりに目にうつす。
前見たときよりも、随分身体が引き締まって、顔付きも凛々しくなった。 わたしの知ってる倉持じゃ、なくなったみたいだ。

「…あ。…卒業、おめでとうゴザイマス」
『なんか片言なんだけど。もっと感情こめてよ』
「だってなまえさん卒業できないと思ってましたもん」
『いくらわたしでも卒業くらいはできます!』
「ヒャハッ、そうですか」

「まあ、卒業してほしくないんすけどね」
『…え?』

いつもより随分落ち着いた声色で、そうつぶやく倉持は、いよいよわたしの知っている倉持じゃない。

「…明日から、先輩からかえなくなるんで」

…ああ、そういうことか。倉持にとったらわたしはからかいやすい先輩で、それ以上でもそれ以下でもないんだ。

『わたし先輩なのに…』

わたしばっかり、寂しいなんて思ってる。
少しムッとした顔でそう零した瞬間、倉持がわたしの右腕をつかんだ。 倉持の手のひらの温度が、伝わってくる。

『倉持?』
「…なんでそんな顔するんスか」

『わたしばっかり…』
「え?」

『わたしばっかり、寂しいみたいじゃん…』

もう最後だからと、伝えられるものは伝えてしまおう。そうしないと、わたしはいつまでたってもこの青道野球部から卒業できない。

『寂しいよ…倉持と会えなくなるの』

本音を呟いてしまったところで、倉持に腕をぐっとひかれた。その先にあるのは、倉持の熱だった。

「あー…ずりぃ」
『なっ…え、倉持…」
『言わねえつもりだったのによー』
『な、なに』

「好きだ」

入部したとき一目惚れして、でも話しかけられなくて、先輩が話しかけてくれたから、嬉しくなって、でも照れ臭くて、ずっとからかってばっかでしたけど。

「先輩いなくなるの、寂しい」

ああ、倉持ってこんな顔もできるんだ。
なんだか今日は、わたしが知らなかった倉持がたくさんいる。

『…わたしも好き』

ずっとずっと、好きだった。そんな思いをこめて、腕を広げて勢いよく倉持に抱きつく。
思ったよりもがっちりとした身体つきに、ドキドキする。

「っと…、ヒャハ、…よかった」

しばらくの間そうしていたら、いきなり頭に衝撃が走った。

『っ、いった!!!!』
「ねぇ、いつまでそうしてんの?」
「りょ、亮さん!!」
「集合だよ」
『い、いつからいたの!』
「さぁ、いつだろうね」
「それ絶対最初からいたヤツ!」

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