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「「したあ!!」」
12月30日。グラウンドに整列した選手たちを迎えたのは、眩しいほどの太陽。厳しい、厳しい練習をやってのけた選手たちの目には涙が浮かんでいて、思わずわたしもうるっとしてしまった。みんな本当にお疲れ様。
その後、荷物をまとめて学校の最寄り駅である西国分寺駅までの道のりをみんなで歩く。いつもの道に、寮組がいるのはなかなか珍しい光景。そんなみんなの表情は、とても晴れやかだった。
久しぶりの実家、久しぶりの家族。少しの間の休みだけど、ゆっくりしてきてほしい。
「なまえはお正月でかけるの?」
『うーん、特に。幸子と唯は?』
「わたしも特に」
「わたし初詣行くよ〜」
『…彼氏かな?』
「彼氏だな」
「へへ、彼氏です」
マネで唯一の彼氏持ちの唯。幸子と二人でいいなあなんて言い合ったけど、実際わたしの頭はごちゃごちゃでそれどころではない。
「なまえは彼氏みたいなもんがいるだろ」
「ほら、お迎えきてるし」
『…は?』
幸子、唯が続けて言った先には、御幸がいた。あれ、さっきまで先頭で歩いていたはずなのに。最近のわたしの頭はこの人ともう一人のことばかりでてんてこ舞いなのに、この人たちはそんなの知らんぷりでわたしに接してくるから若干腹が立つ。
「なまえちゃーん」
『…何』
「えっ俺なんかした?」
『…別に何も!』
御幸が足を止めたから、必然とわたしも足を止めた。幸子と唯は手を軽く振って先に行ってしまった。
『なんか忘れ物したの?』
「あーうん」
『取りに行く?』
「違う違う。なまえちゃん」
『…わたし?』
この合宿中、ずっと野球のユニフォーム姿を見てきたからか、制服姿が新鮮に見える。
「しばらく会えないから」
『…たった数日じゃん』
「それでも」
前にはもう誰もいなくて、道にはわたしと御幸だけが取り残されている。
「神宮のとき、俺の帽子被らせたじゃん」
『…うん』
「なんでか分かる?」
神宮大会のとき渡された帽子。理由も何も聞かずに受け取った。その意味は、だんだんと理解せざるを得なくなってきて。
「牽制」
御幸はそう言いながら自分のマフラーをとり、そのままわたしのつけているマフラーもスルスルと解いていく。肌寒くなったわたしの首には、新しく御幸のマフラーが巻かれた。
「これ、預かっとくね」
『…御幸がソレ付けるならいいよ』
「え。まあ、紺だからいけるかな…」
わたしの付けていた紺色のマフラー。御幸の手にあったソレを奪って、つま先で立ちながら御幸の首に巻く。ちょっとだけきつく巻いてしまったのは近くなった距離に耐えられなくなったから。
「なまえちゃん…嬉しいんだけどちょっと苦しいかな」
『気にしない気にしない』
赤みがかったマフラーはもふもふしてあったかくて、時折ふわりと御幸の香りがして、どうしようもなくドキドキした。
「あ、俺の帽子被ってるなまえちゃん超かわいかったからまた被ってよ」
『…御幸がベンチ入りしなかったらね』
「うわ、それ絶対ありえねぇじゃん…」
年明けまでの数日間、きっとわたしはこのマフラーをつけたくて用もないのに外に出る。