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「ったくあのヤロー」
『何朝から怒ってんの?』
「沢村のやつ起きたら床で寝てやがってよ」
「マジ?」
『え』
「顔面踏みつけてやったぜ」
「はっはっは!!やめてやれ」
そんな栄純は理不尽な起こし方もなんのその、朝から元気に階段を駆け上がっていっている。
「それにしても大丈夫かよ降谷の奴」
話題は最近の降谷くんのこと。センバツから調子を崩していて制球が定まらず、本人もいろいろ考えているようだ。
降谷くんが調子を崩したことで生まれたチャンを、確実に手にした栄純。これから夏の背番号争いが始まるけど、夏のトーナメントを勝ち抜くにはどちらも絶対的に必要な戦力。
「俺達にできるのは1点でも多く得点を上げ援護してやること。そうだろ?不動のリードオフマン」
御幸の焚きつけるような言葉に、倉持が目を釣り上げたその瞬間。
「そうやで!!」
『ぎゃあ!!』
「俺らが点取ってチームを引っ張るんや!!」
後ろからいきなり大声で会話に参加したゾノにびっくりして、隣の倉持のTシャツの袖を無意識に掴んでいた。
「朝からうるせーな」
「チッ、どこから出てくんだよ」
『…心臓に悪い』
「おはようさん!!お前らも朝から仲良いな!!」
倉持にしがみついたままのわたしを見てそう言ったゾノの言葉で、ようやく状況を飲み込みそっと手を離した。
『…びっくりした』
「朝っぱらからうるせぇな」
わたしたちの様子をじっと見ていた御幸は何か言いたそうだったような気がしたけど、口を開かなかった。
「さー一緒に朝の素振り100回やろうか!!」
「やだよ一緒は」
「一人でやれ」
「水臭いぞ!!一緒に行くんやろ甲子園!!」
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練習後の自主練で降谷くんが背中に痛みがあると言って病院に行ったことを聞いたのは、もう帰ろうとしていた頃だった。
そこまで深刻な怪我ではないものの、2週間の投球禁止が言い渡されたそうだ。
「あ、なまえちゃん」
『御幸?』
ヘラっと笑って声をかけてきた御幸の表情は、いつものように一瞬見えた。だけど、すぐにいつもと違うことに気付いてしまったのは、やっぱりわたしが御幸のことをよく見てしまっているからだろう。
『…わたしにできることある?』
「…うん」
そっと近づいてきだと思ったら、あっという間に御幸の腕の中にいた。きっと御幸の力の半分以下の力なんだろうけど、きついくらいにぎゅうっと抱きしめられる。
「…ゾノってすげぇよな」
『うん』
なんとなく、言いたいことが分かって。だけど、それに対してうまいこと言えるわたしではない。その代わりに、気持ちが少しでも伝わるように御幸の背中に手を回した。
この前感じた寂しさ。それも一緒に紛らわそうとして。
「…情けねぇな俺」
『どこが?』
「はっはっは、分かってるだろ」
『…黙っててあげようとしたのに』
「かっこわりぃ」
キャプテン、正捕手、四番。御幸が背負っているものはわたしには想像できないくらいに重い。マネージャーのわたしにはそれら全てを一緒に背負うことはできない。だからせめて、こういうときくらいは。
『…かっこ悪いとか、思ったことないよ』
一緒に背負えはしないけど、支えることはできるから。