遊城家ではその日、花村遊菜の誕生日パーティが賑やかに行われていた。
沢山の友人と贈り物に囲まれ、遊菜は楽しげに笑う。その隣で十代も満足げに手の中のカップを揺らした。

友人らと談笑する傍ら、遊菜はちらりとリビングの入り口……玄関の方を振り返る。
リビングの入口の傍に寄りかかり苦笑するジムと目があった。ジムは肩をくすめ、やれやれと首を振るばかり。

「……まだのようだな」

「……うん」

このやりとり、パーティが始まってからもう3度目のことだった。
遊菜はこっそり肩を落とし、ごくごく小さなため息をついた。

「……はあ。砂夜子ちゃん、どうしたんだろ」

「砂夜子?」

小さな声をヨハンの耳が拾い上げたらしく、遊菜の顔を覗き込んできた。
視界に入ってきたエメラルド色に、遊菜は「ううん」と返しへらりと笑う。

「砂夜子ちゃん、来ないなーって」

「あー……まだ来ないな。何があっても来そうなやつなのに」

まあ砂夜子が居ないぶん遊菜と話せるんだけど。ヨハンがそう思ったことは内緒だ。
遊菜は「そうだね」と力なく笑い、俯いた。
パーティが始まってから大分時間が過ぎており、あと少しもすればお開きだ。

「……もしかして、来たくないのかな? 私たちが気が付かないだけで、実はあんまりこういうイベント好きじゃなかったり……。もしかして、このまま来ないのかな」

ああ、行くよ。そう言って微笑んだ砂夜子を思い出し、遊菜の気分は更に落ちていく。

「それは、無いと思うけど……」

「……」

ほんの少しの沈黙。
それを破り、遊菜が大きめの声を上げた。

「あーあ! 砂夜子ちゃん後悔するんだから。せっかくクッキーとかお菓子いっぱい用意してあるのに! もうしーらない」

ぐーっと腕を突き出し伸びをして、近くにあった菓子に手を伸ばした。

「……なあ十代、砂夜子どうしたの?」

「さあな。昨日まで別にいつも通りだったし、今日のパーティも参加するって言ってたけど」

「ふーん……」

遊菜が菓子に気を取られている間にヨハンと十代がこっそりと小声で話す。
気丈に振舞っているもののやはり気にしてしまうらしく、どことなく遊菜の背中はさみしげで。

「なんていうか」

「見てらんないよなあ」

うんうんと頷き合う十代とヨハン。
どうする? と十代を見るヨハンに、十代は少しだけ考える素振りを見せるとこう言った。

「仕方ない。一肌脱いでやっか」

「え?」

「砂夜子探しに行ってくる」

「ええッ、家主がいなくなるのはまずくない?」

「じゃあお前が行くか?」

じっと見てくる十代に、ヨハンがう、と言葉を詰まらせた。
確かに、遊菜のためを思うなら砂夜子を探しに行くべきだ。だが、自分のためを思うとなるとそうはいかない。
どうするヨハン・アンデルセン。ここで大人になれるかヨハンよ!
自分に問いかけて、しばし考える。

「……砂夜子がいると、遊菜に張り付いて離れない。俺が遊菜と話せない」

「そうだな」

「……砂夜子がいないと、遊菜が寂しそうな顔をする」

「そうだな」

「遊菜と話せないのは嫌だけど、遊菜が寂しそうにしているのは……もっと嫌だ」

よし! よく言ったヨハン! 十代がにっと笑いヨハンの背中を叩いた。
叩かれた背中をさすりながら苦笑し、ヨハンが遊菜に気が付かれないようそっとリビングを出るべくその場を離れる。

入口の傍にいるジムに「ちょっと出てくる」と軽く手を上げて、ドアを開けようとした。
その時。

「……ぶ!!」

がん! ……どさ。という鈍い音が鳴り響く。
何事だと驚いたジムが見たものは、開かれたドアと、顔を抑えて倒れこむヨハン。
向こう側から突然扉が開き、そのドアが顔にぶつかったことによりヨハンは倒れたのだ。

涙目で悶絶するヨハンに駆け寄り助け起こそうとしていたとき、横を人影が急ぎ足で通り過ぎた。

「……まったく、遅いよ」

「……ああ」

その後ろ姿を見て、ヨハンとジムがほっとしたように言った。
 

 「遊菜!」

「!」

息の上がった声が遊菜の耳に届いた。
思わず振り返れば、そこには肩を弾ませ息を整える砂夜子が立っていた。
少しだけ表情を歪め、遊菜のすぐ前に立つと砂夜子は頭を下げる。

「すまない、遅れた」

「砂夜子ちゃん……」

頭を上げると、驚いたような顔の遊菜と目があう。
丸くなっていたその目は徐々に涙の膜が貼り始め、砂夜子は取り乱す。

「あ、えっと……。贈り物が、やっぱり決まらなくて。色々考えて探し回って、けれど決められなくて……。そうしたら、その、間に合わなくてだな……ッ」

「…………」

「その、すまなかった」

もう一度頭を下げる砂夜子。
その頭上のリボンに遊菜は手を伸ばすと。

「……いだだだ!?」

ぐい! っと引っ張った。
ぐいぐいと引っ張り続け、たまらず砂夜子は顔を上げて遊菜を見る。

「遊菜?」

そこにはほんの少しだけ涙目な遊菜がいた。にっと口角を上げ、言う。

「遅い! 遅いよ砂夜子ちゃん。もう来ないのかと思った」

「すまない、遅刻するつもりなんてなかったんだ」

「……仕方ない、許してあげましょう!」

ぱっとリボンから手を離し、遊菜はへらっと笑った。
その笑に、砂夜子も肩の力をかくんと抜いた。それから思い出したようにずっと手に持っていたものを差し出す。

「遊菜! 誕生日おめでとう」

「……あれ、この花」

砂夜子が差し出したもの、それは一本のガーベラだった。茎にはリボンが巻かれている。
遊菜はちょうど一年前の記憶を呼び起こした。去年の誕生日も、砂夜子はガーベラを一本、遊菜に贈った。

「ガーベラ……去年もくれたね?」

「色々悩んだのだが……やっぱりこれがいいと思った」

そっとガーベラを受け取り、遊菜はまじまじとガーベラを見つめる。
ガーベラ越しに不安そうな砂夜子の顔が見えた。

「嫌、だったかな」

「……ううん」

遊菜は首を横に振る。砂夜子とガーベラ、両方を見て微笑んだ。
砂夜子の脳裏にも、一年前の光景が浮かび上がる。あの花が綻ぶような笑顔。

「ありがとう」

真っ直ぐに届いた言葉に、砂夜子が頷いた。それから遊菜手を取ってずいっと赤い顔を寄せた。

「ま、毎年!」

「毎年?」

「毎年、ガーベラを一本贈る! 遊菜が大人になっても、十代と……誰かと一緒になっても、二人の間に子供が出来ても、孫もできてお婆さんになっても。ずっと、ずっと贈るから……」

だから、私といつまでも友達でいてくれ。
尻すぼみする声で言うと、砂夜子はぱたりと遊菜に凭れるように抱きついた。
真っ黒な後頭部を軽く撫でながら、遊菜はまた花のように微笑んだ。


 「……ま、よかったよかった」

「……おう」

ずっと黙って傍で見守っていた十代が言う。
その隣で赤くなった額を摩りながらヨハンが静かに頷いた。


★ ★ ★

(……ちょっと臭かったかな、さっきの言葉)

(砂夜子ちゃんって結構大胆だよね。今更だけど意外)

happybirthday遊菜ちゃん!

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