冬月を背負い、授業時間中で静まり返った誰も居ない廊下を歩く。

『エドくん』

「なんだ?」

『重くない?』

「重い」

『え゛』

「嘘だ。背負えないほどじゃない」

『……』

「とりあえず、このまま寮まで送るよ。そのまま解散にしよう」

『え〜…』

「え〜、じゃない。その足で一体何をする気だ。デュエルだって出来ないだろう」

『お、おんぶデュエルとか!』

「ダメージ受けたらお前は吹き飛び僕はその下敷きになるだろうが。というか背負っていたら手が塞がってカードを引けないだろ。」

『ぷ、プレイマットで卓上デュエル!』
「相手が応じるかわからないだろ。DPも獲得出来ない」

『ぐぬぬ…!』

「…それに、何ともなさそうだが一応頭に強い衝撃を受けているんだ。安静にしていた方がいい。」
『むー…、わかった…。』

「なんだ、やけに素直だな」

『だって、エドくんが普通に心配してくれるから。滅多に無さそうだしここは素直に従っておこうかなって』

「…ああそう」

『…エドくんてさ』
「…なに」

『見た目より背中広いね。それに、あったかい』

「…当たり前だろ」
『…エドくんさ、』

「今度は何だ」

『…いや、何でもない!ねえ、寮に帰る前に行きたいところあるんだ。いい?』
「…はあ。わかった、何処に行きたいんだ?」

ーーーーーーーーーーーーーー

『ん〜、やっぱり海は気持ち良いね!生臭いけど』

「…潮風を何だと思ってるんだお前は」
僕達は冬月の希望で再び浜辺へと来ていた。
砂浜に今朝と同じように冬月が座っている。
潮風が冬月の長い藍色の髪を揺らした。深いその色は青い空と海によく映えた。
また風が吹く。今度は僕の髪を小さく揺らした。
「…良い風だ、気持ち良い」

『エドくんも、そんな風に思うんだ?』
「何だそれは。僕だって風が気持ち良いと思うことくらいある」

『へー?』
クスクスと冬月が笑った。
ふ、と思い立って彼女の目を見詰めてみる。
青い目をしていた。今までよく見たことが無かったから知らなかった。
空とも海とも言える、綺麗な青だ。
…僕の目とは違う青なんだな。

『あの、さ、エドくん…そんなに見詰められると照れちゃうかな〜…なんて』

「ん、あ、ああ…すまない」

しまった。ついじっと観察してしまった。僕としたことが。

「何でもない」
平然を装い、少しだけ距離を空けて冬月の隣に腰を下ろした。
『まあ良いけど!』
それからしばらく、僕達は他愛もない事を話して過ごした。学園のこと、僕が学園に来る前に起きた出来事、デュエルのこと…。

……何だ、冬月って思っていたよりちゃんとしているじゃないか。
変人だと思っていたが、少しだけ僕の中で彼女が普通の人間に近付いた。

『ぎゃあ!!』

「どうした!」

『貝殻弄ってたら中から何かデロデロしたヤドカリみたいなの出てきた!うわっ何これキモッ』

「何だ、驚かせるなよ…。」

……やっぱり変人かもしれない。

そうこうしているうちに、西日がさしてきた。
辺りがオレンジ色に染まる。
空も、海も、僕達も。

『あ、もう夕暮れか〜…ちらっ』

「なんだ?」

『ちらっちらちら!』

「何なんだうっとおしい!」

冬月がにやにやしながらこちらをチラチラと伺う。

『夕暮れですね!』
「そうだな」

『夕陽が綺麗ですね!』

「ああ」

『浜辺!夕陽!二人きり!』

「…何が言いたい?」

『もう!言わなくてもわかるでしょ!そうです、まさにロマンチック!きゃー!』

大丈夫かこいつ、主に頭が。
一人で何やら騒いでいる。
…って、いつものことか。
普段なら冷たくあしらうところだが、毎回それだと詰まらないな。
たまには僕も仕掛けてみるか。

「…そうだな。確かにロマンチック、最高のシチュエーションだ」
そう言って、冬月の頭にポンと手を置き、顔を近づけていく。

『え…、ちょ、そんな、待って…!』


「…なんてな」
そのまま額を小突いた。
“デコぴん”というやつだ。
『いた!…えええ、ひどいよエドくん!』

「何が酷いんだか。なに、キスしたかったのか?」

『ま、まさか!』

「僕だってそんなつもり無いよ」

『したいとかしたくないとかそういうんじゃなくて!ああもう!』


いい気味だ。気分がいい。
少々やり過ぎたかもしれないが、たまにはこういうのも良いかもしれないな。

「さあ、もう気が済んだだろ。帰るぞ」
『…はーい…。』

まだ不満げな冬月の前に膝を付くと、冬月が少しだけ乱暴に背中に乗り掛かる。
「ぐ…、潰れる」

『潰れないよ失礼な!』
ブーブー、と文句を垂れながらもしっかり僕の首に腕を回す冬月に苦笑しながら、立ち上がって歩き出す。

「まだ怒ってるのか、意外と根に持つんだな」

『うるさい!エドくんがあんなことする人だとは思いませんでしたー』

「はいはい、パートナーの新しい一面が見れて良かったな」
『よくないー…もー…。』

夕闇に染まる道を背中の温もりを感じながら僕は女子寮に向かって歩いた。


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