▼ 天然娘と団長
「あのさ…好きなんだ」
おっと…これはお邪魔しちゃ悪いな、
と思いながらもちゃっかり聞き耳をたてる。彼女の執務室の扉に手を掛けたところで、中から聞こえてきた男性兵士の声に気配を消して耳をすませた。
「なにが?ああ、さっきの巨人のこと?やぁねー貴方も巨人が好きなの、ハンジさんに言いなよ喜ぶわよ」
「いや、ああうん、そうしようかな…って、そうじゃなくて!」
ぷ、と思わず噴き出しそうになる。なんだこのやりとりは。彼女は天然というか、鈍感というか。
作戦や仕事のこととなれば気のきく部下なのに、オフのこととなれば性格が変わったようにいろんなものに疎い ただの天然娘に変身してしまう。
「えっと…、きみが好きなんだ」
「ありがとう、嬉しいわ」
ふふ…と微笑んでいるのが部屋の外にまで伝わってくるほどに嬉しそうに彼女は言う。
「え…(あれ…?もっとこう、照れたりとか、ないの)」
と同時に相手方の男の心情も手に取るようにわかる。
「あなたには何でも話せるし、とてもだいじな仲間だと思ってるから…そういってもらえて嬉しいよ」
「そうじゃなくて!(やっぱり ちゃんと受け止めてくれてないこの子)」
「…え、ちがうの?」
「う…」
途端に悲しげに声音が変化するからほんとうに解りやすい。きっといま眉根を下げしょんぼり肩を落として男を見つめているのだろう。表情豊かな彼女の顔がありありと思い浮かぶ。
「いや…あの…恋人に、なってくれないか」
なかなか根性のあるやつだな、と男に半ば感心しつつ彼女の返答が気になる。もうここまでくると、ちょっとだけ男が不憫に感じた。面白半分で聞き始めた会話も状況の佳境に差し掛かり、少し雰囲気が変わった気がする。
「……あの、それは、ごめんなさい」
充分な間をおいて(きっと言葉の咀嚼に時間がかかったのだろう)彼女はきっぱりと言った。
そっか…はは、ごめんな急に、と男が乾いた笑いをしながら謝り、ううん気持ちは嬉しいから…!と彼女が言ったところで部屋の扉が開かれる。
ちょうど今来たふうを装って出てきた男と入れ違いに入室した。
「今いいか?」
「あ、団長!はい。」
急にかしこまる彼女はもうすでに仕事のときの顔。
彼女にやってもらいたい仕事を指示してから敬礼をほどくように言った。
「ここからは…雑談なんだが」
「はい」
「きみは恋人がほしいとか思わないのか?」
「…団長さっきのきこえてたんですね 」
「すまないね、つい聞こえて」
しれっと嘘をついてから、真顔の彼女に向き合う。
「ほしくないとかじゃないですけど好きな人がいるわけでもないですし…」
「ほう、きみに告白する兵士は多いんじゃないのか」
欲目で見なくても、容姿は恵まれているほうだと思うし、男が多い兵団では彼女に思いを寄せる男なんてたくさんいるんじゃないだろうか。
「ほんとおかしな話ですよね」
「……?」
「好きだなんていってくれる人たまに居ますしありがたいですけど、こんなのを恋人にしたいだなんて人は奇行種ですよね、巨人で言ったら。」
「奇行種か…」
彼女自身を卑下している発言なのか?…これは。
もはや奇行種が巨人の中で良いものなのか悪いものなのかすら俺にはわからない。何しでかすかわからないから厄介者ではあるけれど。そういうことが言いたいんだろうか…まぁどちらにせよ、“自分を恋人になんて考える男の気が知れない”と言いたいのだろう。
好かれていることの方が多いだろう彼女は、その自覚もないらしい。
発想は面白いし相変わらずおかしな子なのだけれど、
「そうか、なら私も奇行種ということか…」
そんな彼女が好きな俺もまた、変なやつなんだろう。
「変人同士お似合いでしょう」episode01 天然娘と団長
「え?団長って巨人化できるんですか!?」
……だからそうじゃなくて。
20140605
prev
next
back