月が綺麗ですね。 | ナノ

袖振り合うも・・・




「これ、食えるかな?」

 血塗ちまみれでぐったりと横たわる獣を見て、開口一番うら若き少女には似つかわしくないことを口にする。





 ‡ 壱 ‡





 先ほどまで狩りをしていたため、発想が狩猟モードのままなのだ。しかし、今しがた猪をとったばかりなので、すぐに必要ないと判断する。普段から修行旅のなか野宿で狩猟をすることが多い。だからこそ、生態系を壊さぬよう必要以上の殺生はしないことにしている。

「うわーでっけー犬。」

 自分の身長よりも何倍も大きな獣を見上げる。血にまみれてはいるが、それは白く美しい大狗だった。

「袖振り合うも・・・とは言うけどねぇ・・・」

 とりあえず、さっきとった猪を置いて怪我の具合を見る。胸の辺りに大きく切り裂かれた跡があるが、一番悪いのは切り落とされた左前足だろう。ボタボタと血を流したままだ。
 蓮子は荷物の中から獲物を包むためにもってきてた薄手のシーツを取り出し、引き裂いて大きな止血帯を作る。犬の身体の構造は詳しくはないが、傷口を覆い、患部より上あたりを強く縛る。まぁないよりはマシだろう。

「左前足はこんなもんかなー・・・」

 というか、手持ちの布が足りないため、それくらいのことしか出来ないのだ。

「あとは〜・・・さっきとった薬草効くかなー?」

 狩りの合間に楓から教わった木の実や薬草をとっていた蓮子は使えそうなものを物色する。

 人間の薬草が妖怪、しかも狗に効くのかは不明だったが、何もしないよかマシでしょ。という適当さで蓮子は胸の傷にペタペタと薬草を貼った。

 グルルル・・・

 ふと、治療中ピクリとも動かなかった大狗が、唸り声を出した。

 そぉっと顔を覗きこむと、うっすらと目を開けている。

「あ、目が覚めたんだ。よかっ・・・はっ!」

 嬉しさで声をあげた蓮子に気付いた大狗が、なんと食らいついてきた。ギリギリでその牙を避ける。
 ガチン、と大狗の牙が空を食んだ。

「恩知らずなわんちゃんだなぁ。」

 うろんげな声で、安全な場所まで下がる。
 まあ野生の犬ですら、手懐けるのは難しいと聞く。手負いの獣なら尚更だろう。想定はしていた。
 すると、大狗が鼻を引くつかせると、側にある猪の骸に気付き、なんとそれに食い付いた。

「あー! あたしの獲物!」

 バリバリとあっという間に食べられた収穫に、蓮子はガクッと膝をついた。うるうると砕かれていく猪を見つめる。平らげたあと猪の血を牙に纏わせたまま大狗がこちらに向いて唸った。全て狗の腹に収まったのを見て、蓮子は項垂れる。

「あーいいよいいよ。これも何かの縁だし、近くに置いてたあたしが悪いし・・・」

 地面に膝をついて項垂れたまま、蓮子は手をひらひらと振った。

 言葉とは裏腹に涙は勝手に流れ落ち、地面に吸い込まれていく。

「食欲あるならひとまず大丈夫そうだね。」

 よっと、蓮子は果物などを詰めたカバンを背負い直す。一番の獲物は無くなったが、土産としては十分な量だ。

「またなんかとれたらくるねー。」

 蓮子は手をひらひらと振って村へと帰路につく。つこうとした。

「・・・・・・・・・」

 ざくざくざく。

 しかし、すぐにUターンして、狗の近く、牙が届かないところで座り込む。

 カバンからさっきとったばかりの果物を取り出して齧る。

「やっぱり気になるから治るまで一緒にいるね。」

 言葉が通じるのかはわからないが、戻ってきた蓮子を見つめる大狗の目が不思議そうだったので、そう言った。このまま置いていって他の獣や妖にでも襲われたらひとたまりもないだろう。たぶん村に戻ってからも、気になって仕方がなくなる。ならば、初めからそばにいればいい。

 蓮子は一度拾った命には責任をもたねばならないと思っている。だから肚をくくった。





 こうして、少女は獣と出逢った―――。







やっちまいました、新連載。新ヒロインも、どうぞよろしくお願いいたします。
原作で殺生丸様が何かを食べるシーンはないのですが、犬夜叉のお父さんの解説で牛を咥えてるコマがあったので、生肉なら食うのかなという捏造です。
(20/07/07)


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