月が綺麗ですね。 | ナノ

君にしか・・・




 蓮子は目をぱかっと開くと、起き上がり辺りを見渡す。

「・・・あれ?」

 そこはどこかの和室で、蓮子はその内装に見覚えがあった。

「蓮子さまー!」

「蓮子さまー!」

「蓮子さまー!」

「のわー!」

 どーん。と、三重奏で体当たりをされて、蓮子は軽く吹き飛ばされる。

「あれ? 三つ子ちゃん? てことは、ここ殺生丸のおうち?」

「蓮子さまー。」

「またあえたのー。」

「うれしいのー。」

「あたしも嬉しいよこんちくしょうめ!」

 かわいいなオイ!


 蓮子の問いには全く答えてないが、可愛いは正義という言葉はこんなときにこそ使うべきだと思うのだ。
 蓮子は腰にぴっとりとくっいていた三つ子をまとめてぎゅっと抱き寄せる。





 ‡ 肆拾伍 ‡





「・・・なにをしている。」

「あ、殺生丸。」

 ぎゅーっと三つ子を抱き締めていたら、殺生丸がいつの間にか背後に立っていた。相変わらず気配を殺すのが上手い。というか、自分の家でまで気配を殺すなといいたい。

「殺生丸も混ざる?」

 じっと見つめてくるので、『新参者に飼い主をとられた古参』の気持ちなのだろうか、と本人に言えばぶっとばされることうけあいな心遣いから右手を差し出す。

「おいでー。」

 にっこり笑いながら「さぁ来い!」と、右手を差し出すと、意外にも殺生丸は蓮子の手を素直に取った。
 しかし、もちろん三つ子のように、甘えるのではなく、右手を己の右手で掬うようにとり、ゆっくり視線を合わせるように跪く。

 まるで、姫に求婚する王子のような体勢に、少しぎょっとする。

「・・・右手は問題なく動くようだな。」

「あ。」

 三つ子の可愛さにうっかり忘れていたが、言われて、気絶する直前のことを思い出す。

「そういえば、刺されたんだっけ。」

 そうだった。そうだった。と、頷けば、目の前の殺生丸が呆れた表情をする。

「あり?」

 いつの間に着替えさせられたのか、いつもの胴着ではなく、長襦袢を身に付けていた。三つ子を膝に乗せたまま、その着物の合わせをはだけ刺された右肩を見ると、貫かれた筈のところが綺麗さっぱり治っていた。指で傷の箇所を撫でるが、毒で焼いた痕すらない。

「治ってる。なんで?」

「お前が寝ている間に治した。」

「え? どうやって?」

「薬老毒仙に薬を作らせた。」

「えーそうなの? お礼いいたかったな〜」

「そんなものいらぬ。」

「お礼にいる、いらないとか、きいたことないけど・・・」

「あやつは隙あらばお前の体に触れようとする。むやみに近付く必要はない。」

「あーはいはい。セクハラね。」

 薬師としての腕は確かなのだろうが、すぐにセクハラを働こうとするのが玉に瑕だ。ていうか、最近は殺生丸も負けず劣らず隙あらば触ってくるので、お前がいうな。と少し思ったのはご愛嬌である。

「それは気を付けるけど、お礼はちゃんと言いたいな・・・」

 蓮子はまっすぐ殺生丸の顔を見て言った。

「ありがとう。殺生丸。」

「なんだ急に・・・」

「急にじゃないよ。ケガ、治してくれてありがとう。」

「治したのは薬老毒仙だ・・・」

「わざわざ薬老毒仙のおじいちゃんのとこ連れてってくれたんでしょ?十分ありがとうだよ。」

 蓮子は繋いだままの手を引っ張り、殺生丸を引き寄せると、膝立ちになりながらその頭を胸に抱えるように抱き締めた。

 膝の三つ子がコロンと転がり落ちた。

 三つ子は起き上がると、そのままチョロチョロと可愛い動きで部屋を出ていった。

 二人っきりになって殺生丸が口を開く。

「・・・なんだ。」

「んー? なんとなく。」

 抱き締めたい衝動に駆られたのだ。

 たくさんの感謝の気持ちだとか、申し訳なさとか、不遜だが、褒めたいような、可愛がりたいような感情が溢れんばかりに沸いてくる。

 振り払われたら、やめるつもりだったが、殺生丸も抱き締められたままされるがままだったので、蓮子は調子にのってスリスリと米神を擦り付ける。

 傷の確認で着物が少しはだけていたため、裸の胸元に殺生丸の熱い吐息がかかって少し擽ったかった。

「犬夜叉を止めてくれてありがとう。あたしじゃ出来なかったからさ。」

「それはもうきいた。」

「村の人たちや野盗・・・人間・・を助けてくれてありがとう。」

「・・・見返りがあるからな。」

「あ、そうだ。『お願い』なにする?」

 ぱっと蓮子が体を離し、殺生丸の首に手をかけたまま訊ねる。

「あたしの左腕あげようか?」

 左腕を右手で指しながら掲げる。殺生丸は不愉快そうに顔を歪めた。

「そんなものいらん。」

「あー。サイズが合わないもんねー。」

「・・・お前は隻腕になっても構わぬのか?」

「えー? 隻腕の武道家ってのもかっこよくない?」

 あっけらかんとそう言うと、殺生丸が蓮子の左手首を掴み、ぐいっと引かれる。本当に左腕を取られるのかと思って、蓮子は少しビクッとする。

「お前はいつもそうなのか?」

「うん? そうって?」

「義理もなにもない赤の他人のために己を犠牲にする真似をするのかと訊いている・・・」

「!」

 殺生丸は優勢な立場の筈なのに、酷く不愉快そうな顔をしていた。怒っているのかもしれないと思って、蓮子は少し慌てる。

 後ろめたい想いがあったからだ。

「『なんでも』などと、軽々しく口にするな。」

「あ・・・」

 彼の怒りが自分の為だとわかって、蓮子は降参する。

「〜〜〜ごめんっ!」

「?」

 突然、蓮子が謝って、殺生丸は首を傾げる。

「白状してもいい?」

「なにをだ・・・」

「お、怒らないでね? いや、怒られても仕方がないんだけど。できるだけ、怒りをおさめてほしいというか。なるたけ怒らないよう心の準備をしてほしいというか・・・」

「だからなんだ。」

「あのね・・・殺生丸だから、『なんでもする』って言ったんだよ・・・」

 ボソッと、ばつの悪い顔で蓮子が懺悔する。

「殺生丸なら、あんまり酷い『お願い』はしないかな〜ってたかをくくってました! ごめんなさいっ!」

「・・・・・・」

 ガバッと頭を下げる。しーん、と沈黙が降りて、蓮子は恐る恐る顔を上げる。

 殺生丸はいつもの無表情だった。

「・・・そうか。」

「へ? って、それだけ?」

 ビクビクしながらも、殺生丸の態度が変わらないことに、きょとん、とする。

 殺生丸が少し、楽しげに笑った。それは犬夜叉に一撃くらったときのような笑みで、蓮子は少しヒヤリとする。

「この殺生丸も、ずいぶん舐められたものだな・・・」

「いやっ、舐めてるわけじゃなくて! 殺生丸は優しいから!」

「・・・・・・」

 すっごい嫌そうな顔をされた。

 犬夜叉もそうだが、何故この兄弟は『優しい』と言われると嫌がるのか。

「そ、それに、殺生丸は強いから、あたしにできることなんてたかが知れてるだろうなって・・・」

「・・・・・・」

 これは満更でもない顔をしている。チョロいな犬一族。

「殺生丸の『お願い』だったら、なんでも叶えてあげたいなって気持ちはあるよ・・・。あっ。『犬夜叉を殺せ』とか、ひとの生き死にに関することはなしだよ! あくまであたしにできる範囲のことだからね?」

「犬夜叉を殺すか・・・それはありだな。」

「なしだっつってんだろ!」

 先に言っててよかった。

 そうか、その手があったな。みたいな顔をしている。

「私にはできず、おまえにできることがあるぞ・・・」

 すぅ、とにじり寄られ、蓮子は少し仰け反る。

「え? そんなことある?」

 犬夜叉に対してもそうだが、コイツ距離感おかしいよな。と呑気なことを思いながら、きょとんと至近距離の美顔を見上げる。

 殺生丸は蓮子の問いには答えず、捕まれたままの左手首が解放されたかと思うと、そのまま彼の右手のひらが手首を撫でるように伝い、蓮子の左手と手のひらを合わせるように皮膚の上を滑りだす。

「え?」

 皮膚をなぞられる感触に、ビクリと体を震わせる。その隙をついて殺生丸は蓮子の左手と自分の右手の指と指を交差するように絡ませる。そのまま、くっと手のひらを押され、蓮子の軽い体は後ろに、ぽすん、と音を立てて褥に沈んだ。

「えっ?」

 目の前で、溶けかけのべっこう飴のような甘い金色の瞳が行灯の光をてらてらと返して妖艶に揺れていた。

「私の仔を産んでくれるか?」

「え゛?」




 ・ ・ ・ 。




「え゛?」




 う そ 。








急 展 開 。
(20/11/28)


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