疾風に勁草を知る。蓮子はふっと意識が浮上する感覚を覚える。ゆっくりと目を開ける。まず、身体中の痛みに顔をしかめた。 「・・・うっ。」 「あ!」 知らぬ声に顔を横に向けると、女の子が覗きこんでいた。 (・・・だれ?) 「殺生丸さま!邪見さま!お姉さん目を覚ましたよ!」 蓮子は御簾を持ち上げて入ってきた彼の姿を見て涙を流した。 それを見て、入ってきた殺生丸は顔をしかめる。 「何を泣く。傷が痛むのか?」 「ううん・・・」 相変わらず感傷に疎い殺生丸に、蓮子は涙を滲ませたまま苦笑する。 「うれしくて。」 「何を・・・」 「殺生丸が元気そうで、うれしいの。」 「・・・・・・」 涙目のまま力無く、それでも嬉しそうに微笑む蓮子に殺生丸は言葉を詰まらせた。まだ、傷は痛むはずだ。それなのに己よりも他人の心配する彼女に、焦燥にも苛立ちにも似た感情が募る。 「・・・バカかきさま。」 やっと絞り出せた言葉は、悪態だった。優しい言葉など、殺生丸は知らない。 代わりに殺生丸は蓮子の頬に触れた。流れた涙の跡をなぞり、目尻に溜まった水滴を拭う。すり、と蓮子が猫のように頬を掌に寄せた。いつもなら、そこで手を離すのだが、殺生丸は触れ続けた。唯一残されたこの手は敵を引き裂くためのものだ。しかし、この瞬間だけは彼女に触れたかった。その涙を払ってやりたかった。 ―――お前に守るものはあるか? ふと、父の死に際の言葉が過った。 強さを求める殺生丸に父が唯一与えた言葉だ。 (そんなもの、この殺生丸には必要ない・・・) 改めて思う。実際に自分を庇おうとした蓮子も、蓮子を庇った殺生丸も、お互い死にかけた。誰かを守るということは己の身を滅ぼすということ。 「かばわずともよかったのだ・・・」 殺生丸の独白に勘違いをしたらしく、蓮子が眉尻を下げた。 「うん、ごめんね。よけいなことして・・・」 違う。彼女に謝らせたいわけでなかった。彼女に怪我を負わせてしまったのは、彼女のせいではない。少なくとも自身が怪我を負ったのは、殺生丸自身の落ち度だ。しかし、無駄に怪我を負った彼女に憤りを感じたのは確かだった。 「きさま。死にたいのか。」 感謝や労りの言葉は出ないのに、責めるような言葉は簡単に出てくる。しかし、蓮子はいつもの気の抜けたような笑みをへらりと浮かべ、 「いきたいのー。」 と、ゆるく返した。思わず殺生丸は「バカか・・・」ともう一度呟いた。 それは、今にも死にそうな人間の言葉とは思えなかったが、不思議と殺生丸には計り知れないものを感じ、目を眇た。 傷だらけで笑う彼女から感じたのは、死地に向かう父に似た、果てしない“つよさ”だった。 (儚くも生きようとする命はこんなにも眩い。) 「疾風」とは、速く激しく吹く風。 「勁草」とは、風雪に耐える強い草。 強い風が吹いたときに初めて、それに負けない強い草を見分けることができることから。 (20/08/04) 前へ* 目次 #次へ ∴栞∴拍手 |