月が綺麗ですね。 | ナノ

さらわれた蓮子




(殺生丸の馬鹿馬鹿、バーカっ。)

 蓮子は近くの森の中で座り込み、涙をぬぐっていた。しかし、手の中にあるおさげの先を見ては、じわ〜と涙が浮かんできて、すぐに振り出しに戻る。

(でも、いい加減に戻らないと・・・)

 戦闘中に戦場から離脱するなんて、格闘家の名折れであるし、犬夜叉たちが心配だ。
 殺生丸が犬夜叉を殺すとはやはり思えなかったが、かごめや弥勒には容赦がなかったように思う。

(殺生丸は・・・人間が嫌いなのかな・・・)

 髪を切られたことはショックだったが、今はそれ以上に、殺生丸の想いのほうが気掛かりだった。

 殺生丸が人間にあまりいい感情を持っていないことは、初めて会ったときからわかっていたことだ。自分も散々威嚇されまくった。
 でもそれは殺生丸が怪我をしていたこともあり、極端に警戒心が強いだけなのだと思っていた。実際途中から、蓮子が殺生丸に近付いても、殺気を向けられることはなくなったというのに。

 しかし、先ほどのやりとりで、殺生丸は人間を虫けらのように思っているのだと理解した。

「はあ〜・・・」

 髪を切られたショックと、友達だと思った人の冷酷無比さに打ちのめされたのと、いろいろな感情が複雑に絡み、蓮子は深くため息を吐いた。





 ‡ 拾参 ‡





 蓮子は殺生丸を友人だと思っていた。短い間とはいえ、寝食をともにし、軽く手合わせもした。
 友人というよりはライバルのような心持ちではあったが、少なくとも再会して思わず抱きつきたくなるくらいには蓮子は殺生丸に愛着があった。

 しかしそれも、蓮子の一方通行かもしれないと思う。愛着は死にかけのところを拾ったというところが大きいだろう。それは殺生丸にとって不要なことで、蓮子の自己満足からの行動だった。
 愛着を持たれることそのものが、彼にとって迷惑だったかもしれない。と思って、蓮子は落ち込む。

「何様のつもりなんだろうね・・・」

 自分が勝手にしたことなのに、勝手に愛着なぞ持たれて、殺生丸はいい迷惑だったかもしれない。見るからにプライドが高そうなのに、抱きついたときも、色々と我慢をさせてしまったのかもしれない。

「はあ〜・・・」

 心が弱っているので、自己嫌悪の思考の波が止まらない。
 何度目かのため息を吐いたとき、草を食む音に気付いた。

「殺生丸・・・」

 そこには殺生丸が立っていた。

 一瞬、自分を探しにきてくれたのかと期待しそうになってしまって、かぶりを振る。
 何しにきたのかと怒鳴ってやろうと、顔を上げ、殺生丸の生えたと思っていた左腕が手首の先から千切れていたのを見つけて、蓮子は自己嫌悪も涙もぶっ飛ぶほど、ぎょっとした。

「ちょぉ・・・!う、う、うでっ!ちぎれてるけど、大丈夫?」

 思わずワタワタと訊ねると、殺生丸は「あぁそれが?」みたいな、すん、として口を開いた。

「所詮、借りものの腕だ。痛みもない。」

「え?痛く、ないの?」

「ああ。」

「そっか・・・」

 思わず、ほっと安堵して「よかった。」と口にしそうになり、はっとする。あわてて殺生丸から視線を反らした。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 沈黙が降りる。―――気まずい。

「・・・な、何しにきたの?戦いは?」

「おわった。」

 沈黙に耐えきれずに訊ねると、犬夜叉たちとの戦闘は終わったと言われ、蓮子はまた殺生丸を勢いよく見上げる。

「い、犬夜叉たちは・・・?」

 殺したのか?とは、口にできなかった。

「・・・怪我はさせたが、あの程度では死にはせん。」

「そう・・・」

 あの程度がどの程度かは知らないが、やはり殺す気はなかったんじゃないか、と、蓮子は思う。
 怪我をさせている時点で、ドメスティックバイオレンスが過ぎるとは思うが。

「で?こんどはあたしを殺しにきたの?」

 言ってしまってから、我ながら嫌みっぽいなぁ、と反省する。八つ当たりだ。殺生丸は悪くない。

 髪を切ったことは許さん。とは少し思うが。

 殺生丸が座り込む蓮子の側に膝をつく。なんとなく、目を反らせなくて、じっと見つめあった。

 殺生丸が右手を蓮子の顔に伸ばす。人間とは違う青白く細長い指に、紫の鋭い爪が見える。一瞬で人間を溶かすことができるだろうそれを差し向けられても、蓮子は何故か怖くなかった。
 そっと、頬を指の背でなぞられる。涙は既に止まっていたが、まるで涙の跡を拭うようなそれに、蓮子は思わず、じわり、と涙を浮かべた。

「そんなに・・・大事だったのか?」

「え?」

 主語の抜けた問いかけに思わず聞き返すが、頬を撫でるその指に、蓮子の短くなった横髪を摘まんでいるのが見えるので、髪のことを言っているのだとわかる。

 蓮子は俯いて、癖でつい手の中のおさげの先を弄る。
 髪はどちらかと言えば大事だった。でもそれを正直に言えば、殺生丸が気にしてしまうかもしれない。

「えっと・・・びっくりはしたけど、大丈夫だよ。髪はまた伸びるし・・・」

 そう言って、へらり、と笑みを浮かべた。嘘ではなかった。蓮子が勝手に髪に願掛けのようなことをしていただけで、それはさほど重要ではない。

「・・・殺生丸は、人間が嫌いなの?」

「・・・・・・」

 一人になってからずっと考えていたのはそれだ。結局は、殺生丸に嫌われているかもしれないということが一番こたえた。
 殺生丸はその問いに答えなかった。蓮子はそれを肯定ととった。

「そっか〜。嫌いなんだぁ〜・・・」

 また、「はあ〜・・・」と、また大きくため息を吐いて、蓮子は下を向いて弱々しく笑う。

「無理に笑うな。」

「え?」

 また、唐突にポツリと殺生丸が溢した言葉は相変わらず主語が抜けていて、顔を上げた真正面に、殺生丸がいたものだから、蓮子はどきりとする。

「せ・・・しょうまる?」

 吐息がかかるほど顔が近付いても、やはり逃げる気にはならなかった。不思議に見つめていると、頬に当てられていた手が、座り込んでいる蓮子の膝の下に回され、引き寄せられると殺生丸がそのまま立ち上がる。

「え゛。・・・え?」

 所謂、肩に担がれている状態なのだが、殺生丸の銀色の旋毛を見下ろして、蓮子は少しパニックになる。

「なになになになに?!わぁ!」

 そのまま、ゴォ、という耳鳴りと強い風に吹き付けられて、蓮子は思わず目を閉じる。
 ふわり、と体が浮く感覚に、そぉっと目を開けると。

 ―――空をとんでた。

「うわっ、こわっ・・・」

 文字通り、雲に届くほどの高さまで浮いており、どんな原理か知らないが、殺生丸が空を飛んでいた。
 思わず、手近な殺生丸の首に腕を回し、しがみつく。

「・・・・・・あたしたち、風になってるー!」

「黙ってないと舌を噛むぞ。」

「あい。」


 目が眩むような高さと壮大な景色に、思わず人生で一度は言ってみたいセリフを言ってみた。

 犬夜叉といい、殺生丸といい、元ネタを知らないくせに毎回怒られる。解せぬ。







殺生丸様に一番似合うと思う。お米さま抱っこ。
タイトルに夢主の名前をいれるのってありなのかなって思いましたが、『らんま』も『犬夜叉』もタイトルにキャラの名前が入ることが多いので、これからも入れていこうと思います。
『らんま』では「さらわれたあかね」という回があります。拐われたのは豚のぬいぐるみですが。
ちなみに仮タイトルは『となりの殺生丸』でした。
(20/07/19)


前へ* 目次 #次へ
拍手
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -