夕飯


どうしてこんな状況になっちゃったのかなぁ。

「小平太、なんだか怒ってない…?」
「なんでだ!? 怒ってないぞ!」
私の隣、というよりやたら近距離、いやもう密着ぐらいの勢いで席に座ってくる七松先輩。近い、近すぎる。

それは食堂の入り口で私が善法寺先輩を待っていたことから始まった。
昨日、善法寺先輩が夕飯を奢ってくれる約束をした時、私は嬉しさのあまり自分の名前どころかクラスすら言い忘れていたことにあとから気が付いた。
だから善法寺先輩が私を迎えに来てくれることは有り得ないので、食堂の入り口で立ったまま彼を待った。
「あっ、いたいた!」
しばらくすると善法寺先輩が手を振りながらやってきた。
「遅くなってごめんね。君の名前聞き忘れちゃってたからどうしようかと思った」
私を探してくれたんだろうか。嬉しい反面、申し訳ないことしたな。奢られる身分だから遠慮しちゃったけど、やっぱり私が六年は組にお邪魔するべきだった。
「私、くのたま四年生のなぞのななしっていいます。私の方こそ名乗り忘れてすみません」
「ううん、僕の方こそ昨日はすまなかったね。じゃあ食堂へ入ろうか」
二人で入り口を通過する。
疲れた顔色ひとつ見せない。やっぱり善法寺先輩は優しいなぁ。
「ななしちゃん、好きな方の定食頼みなよ。今日は僕が出すから」
今、善法寺先輩が私の名前を呼んだ。
夢みたいだ。嬉しくて心臓が鳴りっぱなし。今日はご飯の味がよく分からないかもしれない。
「あっ、ありがとうございま」
「そうか、いさっくん!ゴチになるぞ!」
先輩と私の間に、にゅっと現れたボサボサ頭の影。
七松先輩だった。
「いやぁ腹減ったなー! 私、A定食がいい!」
にこにこ顔で善法寺先輩に注文する。いつ食堂に入ってきたんだろう。
こっそり入り口を振り返ってみると、他の六年生達も食堂へ入ってくるところだった。
そうか、六年生は今日実習だったから、みんなで一緒に食堂へやって来たんだ。
「ななしは何にするんだ?」
「え? いや、あの…」
「小平太、僕、君の分まで出すなんて言ってないんだけど…」
七松先輩を間に挟んだまま二人で戸惑ってしまう。
すると七松先輩は両手で顔を押さえてわざとらしく呻きだした。
「あっ!あちちちち!熱い!急に熱いぞ!まるで頭から豚汁かぶったみたいだ!」
なんて露骨な傷のほじくり方だ。さすがにこれには呆れてしまう。
「…わかったよ。君の分も奢ればいいんでしょ。悪かったよっ」
善法寺先輩ってばどこまでお人好しなんだろう。
「あ、あの、七松先輩、豚汁かけたのは善法寺先輩じゃなくて私なので、そんな…」
「え? 何か言ったか?」
ええええ嘘だよ! 絶対聞こえてるよ今の!
「ななし、メニュー決まらないのか? じゃあB定食頼もっ! 半分こしよう、半分こ!」
七松先輩は強引に私の手を掴んでカウンターの前に来ると、おばちゃんにA定食とB定食をそれぞれ注文した。
もう流されるままだ。もともとB定食を頼むつもりだったからべつに良いけれど。
三人で自分の定食を受け取って席まで歩く。
善法寺先輩が手前の端の席に座ろうとしたから、せっかくの機会だし、私も向かいの席に座らせてもらうことにした。のだけど
「今日の実習はなかなか濃かったなぁいさっくん!」
七松先輩が、そんな私を腰で押し退けて無理矢理善法寺先輩の正面に座った。まるで椅子取りゲームの椅子の奪い合いみたいに。
仕方なく善法寺先輩の正面は諦めて、七松先輩の定食の横に自分の定食を置くことにした。

そして冒頭に至る。
「本当に…?」
「なんだよ、いさっくん。私に怒って欲しいの?」
「いや、そんなんじゃないけど…」
恐る恐る尋ねる善法寺先輩に、七松先輩は始終笑顔。笑顔なんだけど、どこか恐い。
笑ってるのに目が据わってるような…気のせいかな。
「私達も失礼するぞ」
善法寺先輩の隣に他の六年生が並んで腰掛ける。
みんなA定食なんだ。
いや、そんな暢気なこと考えてる場合じゃない。七松先輩から距離をとらなきゃ。こんなに密着したままじゃあご飯が食べられない。
「よいしょっ」
腰を浮かせて一人分の間を空けようとした。
その時
「!?」
ぐいっ、と。七松先輩が今朝のように私の腰を引き寄せた。
慌てて先輩の顔を見上げたが、先輩は右手で箸を持ち、飄々とご飯を食べ進めていた。まるで何事も無いかのように自然に。
それなのに、なんで離れるんだ、とでも言いたげな先輩の左手。あんまり腰を触られるとお腹周りのお肉がバレてしまう。
っていうか
「随分とご執心だなぁ、小平太」
は、恥ずかしい!!!
他の六年生の前で、これじゃ見世物みたいじゃないか!
「は、離してください!!」
先輩の左腕の中でジタバタと暴れる。精一杯抵抗したがビクともしない。先輩、本当に力が強いんだ。
「照れなくていいのに」
しれっと言う七松先輩に、さっきご執心だと声を掛けた六年生―サラサラヘアの六年生―が咽を鳴らして笑い出す。
照れるなっていう方が無理だ。それに
「このままじゃ私、定食が食べられません! ご飯が冷めるっ!」
私の必死の訴えに目を丸くする七松先輩。
その瞬間、サラサラヘアの彼の隣にいた二人が噴き出して大笑いした。
「ぶぁっはっはっは何だそりゃあ!色気ねぇな!」
「小平太よりもB定食かよっ!」
今まで黙っていたのに急に大笑いし出すなんて。私、そんなにおかしいこと言っただろうか。
なんだか違う意味で恥ずかしくなってきた。
「すまん!それは悪かった!」
満面の笑顔でそう言うと、七松先輩はようやく私を解放した。
なんだかもう心が折れそうだ。早く食べて早く部屋に帰りたい。
「いただきます…」
やっと食べられたB定食。
やっぱり、味はよく分からなかった。


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