六年生


先輩方と目を合わせるのが恥ずかしくて、ご飯だけを見つめてもくもくと食べ進める。
早く食べて早く部屋に帰ろう!そうしよう!
「そう恥ずかしがるな」
うぐっ。
ご飯を食べてるだけなのになんで恥ずかしがってるって分かったんだろ。
顔を上げて、声を掛けてきたストレートヘアの先輩を見やる。
「せっかくの夕飯だ。味わって食え」
口いっぱいにご飯を詰め込む私を見ながらくつくつと喉奥で笑う。なんなんだこの先輩。何もかも見透かされている気がしてまともに顔を見られない。本当に恥ずかしい。
「そ、そうです、ね…」
定食に視線を落とし、どもってしまった。そんなこと言ったって、緊張してるから味なんてろくに分からない。こんなに美味しくないご飯は久しぶりだ。
ちらりと善法寺先輩の様子を盗み見ると、我関せず(ていうより話を聞いてないみたい)という様子でご飯を食べ進めていた。
なんだかちょっと傷つくなぁ。善法寺先輩にとっては私なんて赤の他人だから、私に興味が無くて当然なんだけど。少しは話に興味を持ってくれてもいいのに。ちょっぴり寂しい。
あっさり食欲がなくなってしまい、つい箸が止まってしまう。
「どうしたななし。B定食美味しくないのか? 私のと交換するか?」
隣の七松先輩が心配そうに私の顔をのぞき込んできた。
べつに定食が問題なわけじゃないです。そう返答しようとして七松先輩の定食になんとなく視線を向けたら、もうほとんど残ってなかった。
交換って、大半食べちゃってるじゃないか。おかしくってつい笑みがこぼれる。
「あ、やっと笑った!」
私の表情を眺めながら七松先輩は全開の笑顔になった。パァッと、まるでお日様みたいに明るい。
照れ臭くって慌てて顔を背けた。
ああもう今日は恥ずかしいことばっかりだ。
とにかくさっさと食べ終えてしまうに限る。食欲がなくったって、お残しは許されないんだから仕方ない。頑張ろう。
あれっ。そういえば七松先輩、私の定食と半分こしようとか言ってなかったっけ。忘れちゃってるのかなぁ。
「お前ら自己紹介ぐらいしろよ! ななしが緊張してるだろ!」
口の中に入ったお米を飛ばしながら、七松先輩は斜め前の先輩方に怒る。
七松先輩、私が緊張してることに気付いてたんだ。思っていたより優しい人なのかもしれない。
まぁ、緊張した原因はおおかた七松先輩のせいだけど。
「そうだな、すまない。私は六年い組の立花仙蔵。作法委員長だ。以後よろしく」
ストレートヘアの先輩がニッと笑う。なんて綺麗な笑顔なんだろう。まるで役者みたい。
ぽぅっと眺めてたら急に視界が真っ暗になった。
「あ、あれっ?」
瞼の上があったかい。
「次、文次郎。早く喋れ」
七松先輩のムスッとした声が降ってくる。どうやら私は彼の手で目隠しされたみたいだ。
「早く喋れって…お前なぁ、人の自己紹介を」
「喋りたくないならいい。次、留三郎!」
「待て待て!喋るから!そう八つ当たりするなよ!」
先輩の手が離れて視界が明るくなる。
目を慣らそうとパチパチさせていたら、ストレートヘアの…立花先輩の隣の六年生が話し出した。
「六年い組の潮江文次郎。会計委員長だ」
目下の隈が印象的な、独特の威圧感がある先輩。
「俺は正直、お前らの関係はどうかと思う。忍者として好いた惚れたの色恋沙汰は、」
「話が長い! 次、留三郎!」
「待っ、だから喋らせろ!」
「俺は六年は組の食満留三郎。用具委員長だ」
潮江先輩の話を七松先輩が遮ったところへ、その隣の六年生が無理矢理入ってくる。
食満先輩っていうんだ。顔立ちが凛々しくて、美人な立花先輩とはまた違った格好良さがある。
「よろしくな」
食満先輩は気さくに笑って、私に握手を求めてきた。
「あ、こちらこそ」
私も手を差し伸べた。けれど
「おう!よろしく!」
私がその手を握り返すことはなかった。
七松先輩が強引に私達の間に割って入り、食満先輩の手を握り返したから。
「…なんで俺とお前が握手なんだよ」
「え?違うのか?じゃあこの手はなんだ?」
「なんだ?じゃねぇだろ! お前に握手求めるわけねーだろーが!この状況で握手する相手なんて一人だろ!どう考えても!」
「なんだ!? ひょっとして留三郎はななしの手を握ろうとしてたのか!? この私に断りもなく!」
「なんでお前の許可がいるんだよ!」
眼前でぎゃあぎゃあともめ出す。七松先輩、思っていた以上に独占欲が強いんだなぁ。昼間の鉢屋先輩が不破先輩にした警告はあながち間違いじゃないのかもしれない。
「僕は六年は組の善法寺伊作。保健委員長だよ。よろしくね」
どさくさ紛れに一番端の善法寺先輩が自己紹介してくる。もめる七松先輩と食満先輩の向こうで、矢継ぎ早にとってつけたみたいな自己紹介だ。
善法寺先輩、話を聞いてなかったわけじゃないんだ。無関心だったとしてもちょっと嬉しい。
善法寺先輩だけは知ってます、なんて丸分かりなことは言えないな。こういう時はなんて言おうかな。ええと…あっ!忘れてた、私も自己紹介しなきゃ! 先輩方に自己紹介させておいて自分は黙ってるなんて、失礼極まりない。
「紹介遅れてごめんなさい! 私は」
「くのたま四年生のなぞのななしだろ。知ってるよ」
「えっ?」
潮江先輩が溜め息を吐いた横で、立花先輩が呆れ顔を見せる。
「今日一日、小平太が実習中ずっと騒いでいてな。お前のことを可愛い可愛い可愛い可愛いと、まるで呪詛みたいに」
か、
顔から 火が 出る !
「耳にタコだ」
当の七松先輩は全く話を聞いていない。食満先輩と本格的にもめだしたのか、握手した手からボキボキという音が聞こえ、食満先輩が悲鳴をあげる。
というかまだ手を繋いでたのか。
「そういえば長次は?」
「図書室に用があると言ってたから、あとから来るだろう」
潮江先輩と立花先輩が会話する横で、食事を終えたらしい善法寺先輩が、ごちそうさま、と立ち上がった。
そんな…! せっかく善法寺先輩と楽しく夕食を食べられると思ってたのに…二度と無い機会だと思って楽しみにしてたのに…! 少しも話してない!!
「ぜ、善法寺先輩!」
思わず声に出てしまった。立ち止まったまま先輩は振り返る。
「? なんだい?」
あ、ど、どうしよう。呼び止める形になっちゃった。寂しいから居てくださいなんて言えない。何を言おうかな。
「あ、ぅ、あの…」
ここでまたどもり癖が出てしまう。情けないなぁ私。泣きたい。
善法寺先輩は口下手な私を見て、ニコッと微笑んだ。
「ななしちゃんが本当に優しい子で良かったよ」
とても素敵な言葉をくれる。優しいのは善法寺先輩の方だ。嬉しくて、さっきとは違った意味で泣きそうになる。
「これなら小平太ともお似合いだね!安心したよ」
…え゛
「小平太みたいな暴君が女の子と付き合えるのかちょっと心配してたんだ。でもななしちゃんみたいなコが相手なら大丈夫そうだね。小平太は強引だけどいいヤツだから、仲良くしてあげてね」




















「どうしたんだよななし」
悲しくて悔しくてムシャクシャして。
私は食堂を出てから、誰とも目を合わせず、誰とも口をきかなかった。ひたすら廊下を突き進む。
なんでこうなったんだろ。べつに善法寺先輩を陰から眺めてるだけで良かったんだ。私のことなんて知ってもらわなくても良かったんだ。興味を持たれなくても、それで良かったんだ。
でも、まさか勘違いされるなんて。
私が好きなのは善法寺先輩なのに他の男性だと思われるなんて。
当たって砕ける気なんてなかったのに、独りでに砕けてしまった。さようなら私の恋。
早く部屋に戻ろう。そうしよう。戻っていっぱい泣こう。気が済むまで。
「あいつらに何か言われたのか? それともお腹痛いのか?」
さっきから七松先輩は私のあとをついてくる。もうすぐくのたまの領域だというのにお構いなし。
イライラに拍車が掛かる。
「ひょっとして、私、何かしたか…?」
後ろから聞こえてくる不安そうな声。
もう、限界だ。
「…っ!」
立ち止まって先輩を振り返る。
「…らい、です…」
「え?」
感情が、抑えきれない。


「七松先輩なんか、大嫌いです!!」


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