告白


重い足取りで食堂へ向かう。
なるべく忍たまに会いたくないから、できるだけ時間を遅らせた。それでもやっぱりちらほらとすれ違う。
心なしかみんなに見られてる気がする。気のせいかもしれないけど、自意識過剰なだけかもしれないんだけど、いろんなところから視線を感じる。今まで地味に目立たず生きてきたのに、こんなこと初めてだ。食堂にたどり着くまでに目が回りそう。
ああ居心地悪いっ!
早く食べて早く部屋に帰ろう。
誰とも目を合わせたくなくて、俯きながら早足に廊下を進む。と
「ななし!」
なんと廊下の真ん中に
「やっと来たか! 授業始まってしまうかと思った!」
諸悪の根元、七松先輩が立っていた。
「な、七松先輩!」
つい、げげっという顔をしてしまった。いけないいけない。
先輩はどうやら私を待っていたらしい。私を見つけるなり傍まで走り寄ってきて、目の前で止まった。
「おはよう!」
両手で私の頭を頭巾ごとわしゃわしゃと撫でてくる。せっかく寝癖を整えてきたのになんてことするんだ。
「今日も可愛いな!」
「…へぁ!?」
自分でもびっくりするぐらいの間抜けな声が出てしまった。私、男の人に可愛いなんて言われたことないよ。ごくたまにタカ丸くんが気を遣って言ってくれるぐらい。
「あの、先輩…」
「なんだ!?」
やっぱり本当に先輩が噂を流したのだろうか。さすがにこの話題は無視するわけにいかないだろう。私の小さい脳味噌でどこまで処理できるか定かではないけれど、とにかく頑張ってみる。
「私達、噂になってるんですか…?」
「噂って?」
「その…お、お付き合い、してるっていう…」
「噂じゃなくて事実だろう」
しれっとした返答。もう最初から処理のキャパシティを超えそうだ。
頑張れ私!
「じゃあ、噂を流したのは七松先輩というのも本当なんですか?」
「だから事実だって」
いまいち会話が噛み合わない。だけど噂の出所が七松先輩だというのはやっぱり本当かもしれない。
「わ、たし…」
「うん?」
言い辛い。凄く言い辛い。
でもこれはハッキリさせておかねば。あとで七松先輩も傷付くことになる。
「先輩とお付き合いするって、言った覚えないです!」
「うん、言ってない」
あ、あれ? 覚悟を決めて言ったのに、あっさり肯定されてしまったぞ。
「じゃあどうして…」
先輩は私の両手を自分の両手で包み込むと、屈託のない笑顔で言った。

「ななしが好きだ!」

が、
頑張れ、私の脳みそ

「だから付き合おう。まぁ順番がちょっと逆になっただけだろ」
そんな、無茶苦茶だ。
「付き合えません!」
「なんで?」
「私の気持ちは無視じゃないですか!」
いくらなんでもこれには怒りたい。
だって、私が好きなのは善法寺先輩だ。
「ななしは…」
「え?」
「ななしは、私が嫌いなのか?」
まるで捨てられた子犬のような顔をする。さっきの豪快な笑顔とはまるで別人で戸惑った。
「き…嫌いじゃないです」
嫌いか好きかもよく分からない。出会ったばっかりだから、七松先輩のことをあまりよく知らない。だから、嫌いかと訊かれれば嫌いなわけではない。
「じゃあ、好きなんだな! いいじゃないか!」
えっ、なんでそうなる。他の選択肢はどこへ行った。
「そんな…!」
カーン。
ヘムヘムの鐘の音だ。
「あ、もう授業行かなきゃ。じゃあなななし! またあとで!」
笑顔で私に背を向ける先輩。いくらなんでもヒドすぎる。
「待って下さい! まだ話は終わってな…!」
私の抗議を遮るように、七松先輩は立ち止まり背を見せたまま、その片腕で

私の腰を引き寄せた。

「?!」
驚きのあまり、声が喉奥に引っ込んだ。バランスを崩した私は必然、先輩のわき腹にしがみつく形になる。
一瞬、昨日の夜を思い出した。
そのまま先輩は私の耳に口を寄せて、一言

「誰にも渡さんからな」

それまでとまるで違う、低く、痺れるような声。
先輩はそれだけ言うと、一瞬にして姿を消した。
腰砕けになってしまった私は、その場にへなへなと座り込む。
前に視線を向けると、一部始終目撃してしまったんだろう、真っ赤な顔をしたボサボサ頭の五年生が固まってた。彼は我に返ると、赤い顔のまま何も存じませんという素振りで私の横を足早に通り過ぎていく。

なんでこんなことになっちゃったんだろう。
結局、朝ご飯も食べそびれて、お腹を鳴らしながら授業に出るしかなかった。


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