先輩にくっ付いて原っぱの中へ踏み入ってから、それぞれ少し離れたところに籠を置いて作業開始。凄い凄い、至る所に生えてる! このペースならすぐ籠いっぱいになるなあ。今日晴れてて良かった。
「・・・」
もくもくと作業しながら斜め前の善法寺先輩をちらりと盗み見る。不埒な考えだけど、休日に善法寺先輩と二人きり…普段なら絶対に有り得ない状況だ。改めてどきどきしてきた。
もし七松先輩が今日私を誘ってきたらこんな状況、有り得なかった。といっても七松先輩は忍務で誘いようが無かったんだろうけど。…七松先輩、忍務に出向いてるから今日は私のところへ来なかったんだ。なんだ、てっきり私のところへ来るのに飽きたのかと思った。べつに私と会いたくないわけじゃなかったのか。あれ? 私ってばひょっとして今ちょっと安心した? なんで? おかしいな。べつに「会いたくない」って思われても構わないはずなのに。だって私が好きなのはあくまで善法寺先輩だ。ああもう、そもそもどうして私、七松先輩のことばかり考えてんだろ。せっかく善法寺先輩と二人きりなのに。今を満喫するべきなのに。自分の煮え切らなさにヤキモキしてくる。だいたいどうして七松先輩は忍務へ行くことを私に教えてくれなかったんだんろう? 教えてくれたならこんなに考え込んでヤキモキする必要も無かった。エッ? その考え自体おかしいじゃないか。だって七松先輩の行動を私が把握する責任も管理する義務も無い。七松先輩からしたらいちいち私に告げる必要なんて無いもの。それが普通だ。ああ、だんだんこんがらがって来た。きっとあれだ、普段はお喋りな七松先輩が隠し事をしていたからこんなに気になるんだ。ただそれだけ…そう、それだけだ。そうに違いない。だって他に理由が見当たらない。ひょっとしたら私には言いたくなかったのかなあ。でもどうして? 忍務の内容は話せなくても、七松先輩の性格からして忍務へ出向くことぐらいは告げてきそうなものだけど。そういえば善法寺先輩、さっき何か言葉を濁してた。何を言い掛けたんだろう。掘り下げても大丈夫なことかな。
「あの、善法寺先輩」
手は休めないまま少し遠くに声を放つ。
「ん?」
自分から話し掛けといて上手く質問がまとまらない。ううんと、こういうの何て質問したらいいんだろ?
「えと…七松先輩が忍務に行かれる件について、何か私に隠してらっしゃることってありませんか?」
うわああどストレート過ぎた! 他にもっと訊き方あったんじゃないかなと後悔しても遅い! だってもう口から出ちゃったもの! 私ときたら七松先輩に似てきてるのかなどどどどうしようう!
善法寺先輩も目の前で眉間に皺を寄せながら困ったように笑ってる。それはそうですよねゴメンナサイ!
「うーん…残念ながら何もないよ。僕もよく知らないんだ、他の六年生と違って」
「え? 違って?」
「うん。あれ?言ってなかったっけ? 他の五人は同じ城に就職が決まってるんだけど、僕だけフリー志望で進路が違うんだ。だから忍務に呼ばれることも無いし、城の内情もよく知らない。みんなが零す当たり障りのない与太話ぐらいしか情報持ってないよ。だから深い事情は本当に知らなくてさ。役に立たなくてごめんね」
そうだったのか。初めて知った。
「そんな、私の方こそ変なこと訊いてすみません」
「忍務に出向くのもだいたい小平太か文次郎の二人でね。あの二人がポロッと話を溢しでもしない限り、そう噂にもならないし…」
「そうなんですか…」
「まあ、小平太も隊の中では苦労が絶えないみたいだけどねえ」
「へ?」
「あっ」
しまった、という顔をして口を真一文字に引き結ぶ先輩。彼はこういうところでよく忍に向いてないって言われてる。
善法寺先輩、やっぱり知らないわけじゃない。七松先輩について明らかに何か隠してる!
「と、ときにどうしてななしちゃんはそんなこと訊くんだい? 何か気になることでもあるの?」
どもりながら無理矢理に話を逸らされる。まるで七松先輩と居る時の私を見てるみたいだ。
「いえ…。ただ、さっき先輩がおっしゃってた『話してないのか』が妙に気になっちゃって…」
七松先輩が居たら「細かいことは気にするな!」って一笑されそうな点だけど。
善法寺先輩は、ああさっきのか、って呟いて少し考えてから答えてくれた。
「べつに深い意味は無いよ。ただホラ、小平太って…まあ小平太に限らず上級生はみんなそうだろうけど、普段の時と忍者の時とじゃ全然違うじゃない?」
言われてぼんやりと思い返す。以前与四郎さんとの手合わせで七松先輩が見せた、戦忍の顔。いまだに理由は分からないけど、あのとき確かに私は不安になった。
「小平太、ななしちゃんを怖がらせないために戦忍としての自分を見せまいとしてるのかなって…なるべく忍務の話は避けてるのかなって、単にそう思ったんだ。僕の勝手な推測だよ。変な憶測させてごめん」
あははと笑いながら顔の前で片手をひらひらさせる善法寺先輩。けれど視線は私を見てから左についと流れてく。その仕草だけで充分疑わしい。いくら騙されやすい私でも今回ばかりは信じきれない。『話してないのか』の真意が本当にそれなのかどうか怪しいところ。
だけど好きな人をこれ以上困らせても仕方ないし…気になるけどもうやめとこう。今度七松先輩に直接聞いてみようかな。教えてくれるかはまた別として。
ここは話を切り替えよう。
「善法寺先輩、フリーになられるんですね」
「うん。僕みたいな半端者は就活しない方がかえって城にとってもいいだろうしね」
「そ、そんなことないですよ! 善法寺先輩、薬学の知識は確かだし、就活したらきっとどこの城も欲しがったはずです!」
「そうかなあ」
「そうです!」
「はは、ありがとう」
息も荒く言い切ったもんだから、お礼を言われたあとでちょっと照れ臭くなってくる。私ってばこれじゃあ善法寺先輩を好きなこと丸出しじゃないか。今になって恥ずかしい。
少しの間があってから、善法寺先輩はぽつりぽつりと手元の薬草へ言葉を落とす。
「…本当はさ」
「?」
「僕、忍者にならないつもりなんだ」
「え?」
「六年生になって改めて進路を考えた時に、僕はやっぱり戦に仕えるよりも人を助けたいと思って…だから卒業したら戦場医になろうと思ってる。けど『卒業しても忍者になりません』なんて公言しちゃったら今から学園を追い出されそうだから、フリーになるって嘘ついてるんだ。まだここで薬学を学びたいし、みんなと一緒に卒業もしたいし。今ここを追い出されたくなくてさ」
正直、かなり驚いた。
 『僕は、人を助けることに関して誰よりも優秀な忍者になりたい』
善法寺先輩は忍者になることをずっと目指している人だと、私の中で勝手に思い込んでたから――。
「先生方は僕の考えなんてたぶんお見通しだろうけど、気付かないフリをしてくれてる。だから僕も甘えてる。最初はみんなと同じ城を受けようと思ったんだ、就職してから戦場医になればいいかなって。でも一度城勤めしたあと抜け忍になるのは大変だから、少し寂しいけど僕だけ進路を変えることにしたんだ」
ああでも、善法寺先輩はちゃんと前を見据えてる。進路が違えど信念は曲がらない。
確実に私とは違う。半端者は私の方だ。
「…ああ、言っちゃった」
途端、くすくすと笑い出す善法寺先輩。急にどうしたんだろう?
「みんなそれとなく察してくれてた事実だったんだけど…言葉にしたのはこれが初めてだよ」
「え?」
「ななしちゃんてば凄いや。会話してるとなんだか洗いざらい白状したくなっちゃう。今のも気付いたら話してた」
微笑まれて心拍数が上がる。私はもともと口下手だから自分で話すより相手の話を聞く方が楽な性分で、ただそれだけだ。聞き役慣れしてるだけ。べつに意図なんて無いのに。
「一緒に居るとお喋りになっちゃう小平太の気持ち、ちょっと分かるなあ」
「わっ、私は、ただみんなの話を聞いてるのが楽しいだけで、」
うわああしどろもどろ。もう口を開かない方がいいかもしれない私。なんて残念な奴なんだ。
「今の話、二人だけの秘密ね」
どくり。
心臓が跳ね上がる。
善法寺先輩と私だけの秘密――言葉の響きに手のひらが震えた。
こんな…こんなことってあるんだ。善法寺先輩にこんなことを言われる日なんて来るんだ。びっくりした。顔に熱が集まってほんの少し過呼吸になる。目眩がしそう。
善法寺先輩は当然だけど他意の無い言葉だったらしく、平然と自分の籠を見下ろして何か考えてる。
どっ、どうしよう、私いま真っ赤になってる。早く、早くどうにかしないと。善法寺先輩に気付かれたら一発で片想いがバレてしまう。
「だいぶ集まったね。いつの間にかもう籠いっぱいだよ!」
ほら、と満面の笑みで籠を抱えて見せる先輩。そうですね、と俯いたまま小声で返すしか私には出来なかった。
「ななしちゃん? どうしたの、具合悪い?」
「い、いえ違います」
ぶんぶんとかぶりを振って答える。駄目だ、冷静になれ私、さっきの言葉に深い意味は無いんだ。そう、深い意味なんて無かったんだから!
「わ、私の籠もいっぱいです」
よいしょ、と場を繕うように私の方も籠を抱えて見せる。まだ少し顔の熱は引かないけれどさっきよりマシなはずだ。ただ気恥ずかしくてどうにも視線を合わせられない。
「ほんとだ、あっという間に集まったね。じゃあ戻ろっか」
「はい」
善法寺先輩、どうやら気付いてないみたいだ。良かった。ちょっぴり安心して小さく息を吐く。
薬草いっぱいの籠を背負ってから二人同時に立ち上がった。
「たくさん採れて良かったですね」
自分の気持ちを誤魔化すように笑い掛けて足を一歩進めれば、先輩は途端に眉間へ皺を寄せて厳しい表情をしてみせた。何かマズイこと言ったかな?と思考を巡らせたのも束の間、
「危ない!」
善法寺先輩の手が私の方へ伸びて来て、あっという間に手繰り寄せられる。背負っている籠の重みで善法寺先輩の胸へ鼻から突っ込んでしまった。痛い!
「そっちは駄目だ!」
・・・え。
気付いたら善法寺先輩の胸にしがみ付いてる。何もかもを半歩遅れてから理解した。
わっ、わっ、私いま、え、何っ
「蛇だよ!」
頭上で善法寺江先輩が少し慌てながら声を張る。言われて振り返ってみれば、私が足を出そうとしたところに牙を剥いた蛇がいた。もう半歩遅れて、善法寺先輩が私を手繰った理由を呑み込んだ。
私、今あれを踏むところだったんだ…!
「先輩、あの蛇…」
状況も忘れて真っ青になりながら声を絞り出せば、先輩もうろたえながら返事する。
「怒ってるね…」
冷静に会話してる場合じゃない。怒り心頭らしい蛇は音も立てずにこっちへ向かってくる。
「わああ!」
「逃げようななしちゃん!」
先輩は私の手首を掴んで踵を返すと一歩足を踏み出そうとした。けど咄嗟に引っ込めて、
「おわああここにも!!」
絶叫。何故かそこにも仲間の蛇が居た。というか気付いたら三匹に取り囲まれてた。
「なんでこんなに!?」
「蛇が好きな薬草だったんですかね!?」
ていうよりは例の如くいつもの不運だろうけど!
絶体絶命の状況に二人揃っておろおろしながら身を寄せた。
「ど、どうすれば…!」
その時だ。ヤケを起こしたのかそれとも考えあってか、善法寺先輩は懐に手を突っ込んで「こうなれば!」と叫ぶ。
「へ!?」
彼が懐から取り出したのは何を隠そう、煙玉だった。


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