迷子1


「も、もう死にそう…っ」
「滝夜叉丸先輩ー! このへんで一休みしませんか! これじゃなぞの先輩が可哀想です!」
「ああ、そうだな」
坂を上り終えたあたりの開けた場所で、一度みんなで休憩を取ることにした。足手まといになっちゃってなんだか申し訳無いなあ。

その日の体育委員会の活動は定番中の定番、裏々山までいけどんマラソンだった。
たったひとつ、いつもと違ったことと言えば、
「七松先輩ってば、もう見えないや…」
委員長である七松先輩が、いつもよりたいそう不機嫌だったこと。
理由は簡単、また私に対して例のヤキモチを妬いたのである。
私が運動音痴なことを知っているからか、それとも私が正式な体育委員でないと頭のどこかで認識しているからか。私が体育委員会に参加する際、七松先輩はいつも私を背負ってマラソンしていた。
だけど今日、私はそれを拒んだのだ。理由は二つ。一つは、単純に恥ずかしいから。上級生にもなって人前で何度もおんぶされることが実は苦だったりする。二つ目は、いくら正式メンバーでないとはいえ、みんなが必死でマラソンしている中、私だけ楽をするのが心苦しくなってきたから。背負われるのを拒んだ瞬間、彼は言葉にこそしないものの分かりやすいほど不貞腐れた。委員会の後輩に私を取られたとでも思ったんだろう。私からしてみればその考えは見当違いなのだけれど、一度こうなったら七松先輩はおそらく何を言っても右から左だし、意見する勇気も持ち合わせていないので黙っておいた。
一斉スタートで駆け出した瞬間、七松先輩はひとり風のような速さであっという間に姿を消してしまった。普段ならその姿を認識出来る程度にはペースを合わせてくれていたのに。拗ねるっていうのはきっとああいうことを指すんだろうなあ。
「やっぱり、見てるのと実際走ってみるのとじゃ全然違うね…ほんとにツライや」
息も絶え絶え滝夜叉丸くんへそう言えば、まあそうだろう、とあまり乱れてない様子で返された。みんな私のペースに合わせて走ってくれているからだろう、いつもよりだいぶ余裕がみられる。うう、私ってばお荷物で情けない。
「ごめんね…私、もっと体力つけなくちゃ」
ほぼ独り言のつもりで溢したのだけれど、たまたま隣に居たしろちゃんにはそれが気になったようで。
「大丈夫ですよ先輩! 僕らももうヘロヘロですから! 何度やっても慣れません!」
癒しの空間を作り出しながら私を励ましてくれる。私ってば後輩に励まされちゃった。情けないけど不覚にも泣きそうだ。しろちゃん、なんて良い子なんだろう。
「確かこの近くに川があったはずだから水を汲んでくる。これ、持っててくれないか」
滝夜叉丸くんが私に手渡してきたのは、次屋くんの迷子防止縄。次屋くんが無自覚な方向音痴と聞いて、最初は「縄なんてやり過ぎなんじゃないかな」と思っていたけれど、委員会の最中たびたび迷子になるのを目の当たりにしてなるほど妥当な判断だと思った。
そうやって考えたら滝夜叉丸くんは凄いなあ。しっかりみんなをまとめ上げてる。私とおんなじ四年生なのに。
「すぐ戻る」
私に縄を渡してから、滝夜叉丸くんはすぐさま姿を消した。
「…滝夜叉丸くんは凄いね。優秀だし、優しいし」
みんなに同意を求めたら凄く怪訝な顔をされた。え?なんで?
「ソレ、委員長の前で言わないで下さいね。口が裂けても」
「あれ以上すねられたらとんでもないですー。裏々山までマラソンどころか、裏々山まで塹壕掘り!なんて言い出しかねません」
「委員長ってか、本人にもです。自慢話とまんなくなるから」
「…い、言わない、よぅ」
たぶん。
強く否定は出来ない。最近気付いたことだけど、どうやら私は頭で考える前に言葉を溢す癖がある。言うつもりはないけどうっかり口に出ちゃったらどうしよう。
というかしろちゃん「あれ以上拗ねられたら」って、七松先輩が拗ねてること分かってたんだ。実はこの三人の方が彼より大人だったりして。そう思ったらなんだか可笑しくてちょっと笑えてきた。
「みんな本当に大変だねぇ、いろんな意味で」
私の言わんとすることがみんなには分かるらしく、揃って苦笑を返された。
「まあ…確かに、委員長には振り回されっぱなしですけど…でも、」
「?」
「いざって時には、頼りになる人ですから」
金吾くんからニッと屈託の無い笑顔を向けられて、ちょっぴり胸の内が暖かくなった。体育委員会は委員会の花型だ!、と再三彼が言っていたけれど案外そうかもしれない。端から見たら有り得ないほどワンマンな活動内容なのに、先輩も後輩も絶対に揺らぐことの無い信頼関係でうまくバランスを取っている。
凄いなあ。
「あ、たぬき」
ぼやりと呟いたしろちゃんの視線を目で追えば、その先にひょっこりと狸が顔を出していた。あ、本当だ。野生の狸、可愛いな。
「え?どこに?」
驚いたのは次の瞬間。
次屋くんがそう呟いたと同時、私の身体は掴んでいる縄と共に引っ張られた。無自覚方向音痴の彼が狸の居る場所とは反対方面へ走り出したのだ。
「え!?」
私も驚いたが、一部始終見ていた後輩二人は私以上に慌てていた。い、いけない! このパターンはもしや、
「いないじゃん、たぬき」
「ま、待って次屋く…!」
「俺だけ仲間外れとかやめて下さいよーズルイなぁ。俺にもたぬき見せて下さい」
飄々とした口調とは裏腹に、凄い力で引っ張られる。三年生とはいえさすがは体育委員。半ば引きずられるかの如く、私の身体は持って行かれた。だけど私四年生だからこの縄を手放すわけにいかないだろうし!お願い止まって!うわあああ!!
「どこだよー」
「待っ…!」
力も然ることながらスピードだって半端じゃない。縄に引きずられないために必死で付いて行くから、もう言葉にもならない。後輩二人が急いで私にしがみ付こうとしたけれど、それも空しく一歩間に合わなかった。
「待っ、て…!」
「しろってば何?だましたの?」
しろちゃんに話し掛けたところでしろちゃん置いて来てるから次屋くんんん!!!
「ったくもーからかうなよ。人が悪いなぁ」
もうだめだ。腕も足も千切れそう。引きずられる…!
「しろ?返事ぐらいしろよー」
「わぶっ!!」
次屋くんが急に立ち止まって振り返るもんだから、勢いよく彼の背中へ顔面強打した。いだいぃ。
「あれ? 何やってんスかなぞの先輩」
「な、何って…!」
痛めた鼻をさすりながら涙目で言葉を詰まらせる。この子が将来委員長になったらひょっとして七松先輩より大変なんじゃないだろうか。
「ららっ?しろと金吾は?」
促されて振り返れば、二人の姿は無かった。…ていうより、道らしい道が無かった。ちょっと待って次屋くん、ひょっとして君は藪こぎでここまで来ちゃったの? そもそもいつの間にこんなとこまで来ちゃったんだ。付いて来るのに必死で全然見てなかった、どどどどうしよう!!
「…ここ、どこスかね?」
「わ、分かんない…」
ひょっとして俺またやっちゃいました?、という顔をする次屋くんにただただ眉尻を下げるしか出来なかった。
かくして、私達は迷子になりました。

突っ立ってても解決しないんで取り敢えず来た道戻りましょう。
次屋くんがそう言ったあと、二人して途方に暮れる。来た道なんて分からない。方角も分からない。まさか委員会中に迷子当事者になるなんて思ってなかったから、耆著だって持ってない。
だけど立っていたって仕方ないのも事実。とりあえず藪こぎしながら二人で道無き道を進んだ。
「あ…」
しばらく進むと、山中にしてはやたら開けた場所に出た。ここ、なんだろう? 明らかに人の手によって整地されている。こんな場所、学園の領地内にあったっけ? 初めて見た。
「ここって何の場所だろうねぇ?」
「さあ…」
会話しながら歩を進めていたその時、
「!?」
不意に、ずるり、と何かに足を取られた。咄嗟に体勢を立て直そうとしたけれど時既に遅し。下を見れば、ここ数日の雨でぬかるんだまま乾いていなかったらしい地面と、それからその先に、
「わああ!!」
ほぼ崖に近い、急斜面の土手があった。わざわざ用意されたかのような組み合わせだ。
「危ない!」
見事にすっ転んだ私は、反射的に次屋くんが伸ばしてくれたその手を掴んだのだけれど、
「うぇ!?」
あろうことか次屋くんもぬかるみに滑ってしまった。う、うそっ!
「だあああ!!!」
「ひゃああ!!!」
みっともない悲鳴をあげながら二人して土手をごろごろ転がっていく。
どすん!、と派手な音を立てて着地した頃。痛みを堪えながら身体を起こし、恐る恐る目蓋を開ければ、
「あ…れ?」
何やら景色がおかしかった。ここ、何処?
「・・・!!?」
そこが蛸壺だと気付いたのはたっぷり5秒ほど間があってから。上を見れば、遥か高みで空が小さな円を描いていた。ええええいつの間に落ちちゃったんだろう!!
「っててて…」
下から呻き声が聞こえて、うろたえながら視線を落とした。私ってば次屋くんを下敷きにしていたようだ。仰向け状態の彼の上にずっと跨っていたらしく、一気に青ざめた。
「わわわごめん!」
「は? …あ、や、大丈夫です」
ここは一人分の蛸壺らしい。急いで彼から退けようとしたものの、退けるほどのスペースが無かった。なんとかしようと懸命に身を捩ってみたけれど、彼が私の身体の下から抜け出るのが精一杯で、最終的に二人で向き合って座るにおさまった。…彼の両足はいまだに私の身体の下だけれど。せ、狭い上に近い…。
次屋くんは周りをぐるっと見回してから、ううん、と考えて呟いた。
「ここ、見覚えあります…」
「え!?」
「五年生の実習コースの落とし穴です」
「なんで知ってるの?」
「これ…」
次屋くんが指差したのは、蛸壺の壁に掘ってあった「#壱○」の記号と文字。
「五年生実習コースの罠に振り分けられた番号です。前回の委員会の時…あ、なぞの先輩は確かいなかったんスもんね。みんなでコースの点検に来ましたから」
そうだったのか。五年生のコースに足を踏み入れる機会なんて無いから、通りで見たことの無い整地だったわけだ。
場所を把握出来たところで、とにかく外へ出なきゃ。
「次屋くん、何か登器持ってる?」
「無いっす。先輩は?」
「…持って無い」
「・・・」
「・・・」
かくして、私達は罠に掛かりました。


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