七松先輩について2


午後の授業も実習だから、集合場所までの道をトボトボと歩く。
うまい具合に丸め込まれた気はするけれど、よくよく考えればシナ先生の意見はくノ一としてもっともだ。七松先輩一人に頭を悩ませているようでは、この先くノ一としてやっていかれない。
自分の中の良心が、それはあんまりじゃないかと叫んでる。けれど同時にくのたまとしての自分が、先生の言う通りだろうとも叫んでる。
逃げに走るような気がしてならないけれど、私自身としては後者の意見を取った方が断然楽なわけで、でも…
「あ、ななしちゃーん!」
遠くから名前を呼ばれて肩が跳ねる。その声に心臓が高鳴った。
辺りを見回せば、遠くでこちらに手を振っている深緑の制服。
「久しぶりだねぇ!」
善法寺先輩だった。
目を凝らせば、先輩は膝をついて土だらけ。いったい何をしてるんだろう?
「お久しぶりです!」
言いながら傍へと走り寄る。
先輩のかたわらへ来ると、彼が何をしているのかは一目瞭然だった。
そこは薬草園だったから。
「新しい薬草を植えてるんですか?」
「うん」
お昼休みを潰して薬草の栽培をするなんて、なんて真面目なんだろう。さすが保健委員長だ。
「本当は栽培途中の薬草がたくさん植わってたんだけど、ある日何者かに全部抜き取られちゃってさー」
んっ?
「たった一日で、広範囲に渡ってごっそりとだよ。曲者の集団でも来たのかなぁ」
言えない。
犯人知ってますよ、なんて。とても言えない。
「酷いことする奴がいるよねぇ」
「そ、そうですね…」
言えない。
私の部屋で花瓶に刺さってますよ、なんて。口が裂けても言えない!
「私、手伝います!」
「え?」
私がやらかしたわけでは無いけれど罪悪感が否めない。せめてもの罪滅ぼし。
「もうすぐ授業が始まるので、少ししか手伝えませんけど…」
「そうかい? 助かるよ! ありがとう」
ニコッと微笑まれて顔から火が出そうになる。私今日ツイてるかも。
苗を手に取り、先輩に倣って土に植えていく。単純作業で良かった、私は覚えが悪いから。
「最近、小平太どう?」
作業しながら会話を切り出す善法寺先輩。
「ワガママばっかり言ってななしちゃんを困らせたりはしてない?」
「え? いえ、とんでもないです。むしろ私がワガママで…」
「そう。うまくいってるなら良かった」
先輩の笑顔に胸がズキズキする。私、七松先輩が好きだと勘違いされたままなんだ。
「小平太、この前みんなに自慢してたよ。ななしちゃんとデートしたんだぞって、凄く嬉しそうだった」
もう駄目かもしれない。我慢出来そうにない。たとえ誰かに聞かれてるかもしれなくても、もう無理だ。
他の誰に勘違いされても、善法寺先輩に勘違いされるのだけは耐えられない!
「善法寺先輩…」
「うん?」
「私、最低です」
「え?」
「私、本当は…」
頑張れ、私。

「本当は、七松先輩のことよく知らなくて…流されてお付き合いしちゃったんです…」

言った。
ついに言ってしまった。
口下手の私にしてはよくやったと思う。
「・・・」
ちらりと先輩の様子を盗み見れば笑顔は無く、作業に没頭していた。
嫌われたかもしれない。
「あ、の…せんぱ…」
沈黙が苦しい。次の言葉が怖い。見損なったよ、って言われるかな。
「知ってたよ」
「…え?」
「小平太の一方的な求愛だってこと、初めから知ってた」
驚いた。善法寺先輩、分かってたのか。
「ななしちゃん、小平太をどう思う?」
「えっ?」
「気持ちが有るか無いかは別としてさ。ここ数日、たとえ流されただけだとしても、小平太と一緒に居てどうだった?」
「一緒に、居て…」
「小平太ってけっこう損な奴でさ。根は良い奴なのに暴君の印象が強いから、どうしても女の子から敬遠されちゃうんだ。女より男にモテるタイプなんだよ」
「・・・」
七松先輩が暴君かと訊かれたら、私の中の答えは、
「…七松先輩は、素敵な人です」
「・・・」
「優しくて頼もしくて、私にはもったいないと思うぐらい…」
「…そっか」
会話に夢中でいつの間にか手が休憩していることに気付いた。慌てて作業を再開する。
「だったら流されたままでも良いから、小平太の傍に居てやってくれないかなぁ」
「えっ、でっ、でも、」
私が好きなのは善法寺先輩なのに。
「…あんまりたくさん喋っちゃうと、あとで小平太に怒られるかもしれないんだけど」
「?」
「小平太は優秀な忍者だけど、決定的な弱点があってさ」
「弱点?」
「うん。…言い方は悪いんだけどね、」
「はい」
「あいつは"死にたがり"だよ」
死にたがり?
「自己犠牲心が人一倍強いんだ」
「自己犠牲、ですか…」
「忍者は歩兵と違って鍛錬を積んだ者にしか出来ない。たった一人の忍者がもたらした情報が、数千の兵の命を左右することだってある。僕ら忍者に武士のような切腹の概念があまり無いのはその為だよ。そりゃあ影武者になって犠牲にならなきゃいけない時もあるけど、生き恥をかいても泥水を啜ってでも主のところへ戻らなければならないことの方が大半だ」
「・・・」
「だけど小平太はそれが出来ないんだ。忍者としての冷徹さがどうにも身に付かなくてね。仲間が窮地に陥った時、自分を犠牲に仲間を助けようとする」

―絶対生き延びるってがむしゃらに自分へ言い聞かせてないと、たぶん、戻って来られないから―

先日の七松先輩の言葉が不意に頭をよぎる。
知らなかった…。やっぱり七松先輩は、私の知らない面をたくさん持ってるみたいだ。
「だからね、」
「?」
「小平太に好きな子が出来たって知った時、僕は嬉しかったんだ」
今までに無いほど穏やかに微笑んで、先輩は言葉を紡ぐ。
「好きな子が出来たら"死にたくない"って思うだろ? 自己犠牲心を犠牲にして、あいつはななしちゃんのところへ意地でも帰ってくる」

―ななしと一緒にいられる今この時が、一番いい―

「ああ小平太にも帰る場所が出来たんだって、そう思ったんだ」
「・・・」
何も言葉が出なかった。
私のこのふわふわと浮ついた優柔不断な気持ちは、先輩方二人の真っ直ぐな気持ちとは全く重みが違う。
私の心構えはなんて浅ましいんだろう。

「あれっ?」
急に善法寺先輩が間の抜けた声を出したので視線を向ける。と、先輩は少し向こうを眺めてからサッと青ざめた。何事かと思って彼の視線を追えば、
「わわわわ、こっち来たら駄目だよおお!」
向こうからモコモコと土が盛り上がって突進してくる。巨大モグラみたい。
…って、呑気に観察してる場合じゃない! あれ何だろう!? こっちは薬草園だから突っ込んで来たら大変だ!
「だめえええ!」
叫んだところで既に遅し。
まるで馬が全力疾走するようなスピードで、そのモコモコは薬草園のど真ん中まで掘り進んで止まった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
両手で頭を挟んで項垂れる善法寺先輩。どうやら昼休みいっぱいかけて植えた苗が全部掘り起こされちゃったらしい。なんて不憫なんだ…。
 ぼこん!
盛り上がった土の先から一本の腕が生える。
「ひぃ!」
恐怖のあまりに変な声が出た。
「あれ!? ななしの声がする!!」
地面の下から聞き覚えのある声。…あ、あれっ、もしかして
「な、七松先輩ですか?」
「おう!」
返事と同時、ボコッと音を立てて地面から突き出た腕の根元に頭がはえる。
ひょっこりと土だらけの顔を見せたのは七松先輩だった。プルプルと首を横に振り土を飛ばす彼。
そういえば七松先輩、塹壕掘りが趣味だったんだっけ。
「こんなところで何してるんだ!?」
いつものにこにこ顔で問い掛けられ、返答に困ってしまう。
何してるんだ?って…あなたが荒らした薬草園を手入れしてました。また荒らされちゃったけど。
「ってか、ここどこ?」
地面から顔と片腕だけ生やしてキョロキョロと周りを見渡す七松先輩。なんかもう先輩が新種の薬草みたいになってます。
「ここは薬草え、」
「あ、いさっくんも居る! やっほ!」
話ぐらい聞いて下さい…。
「二人で何してたの? 私も混ぜてー!」
苦無を持ってるもう片方の腕を地面から生やし、地上へ出てこようとする。
その時だった。項垂れたままぴくりともしなかった善法寺先輩が突然顔を上げた。
「こへいたアアァァァ!!」
「へっ!?」
善法寺先輩は思いもよらぬ鬼の形相になってた。どす黒い空気を纏ってて正直怖い。
恐ろしい気迫で七松先輩へ飛びかかる。
「わああ!!」
 ずっぽん!
凄い! 七松先輩、一瞬で地面の中に引っ込んじゃった! 本当にモグラみたい!
そのまま、来た時の三倍速で地面を盛り上げながら退散していく彼。
「待てコラアア!」
善法寺先輩も見事にそれに付いていく。失礼だけど善法寺先輩、あんなに速く走れるんだ…知らなかったな。

ボロボロの薬草園にぽつんと残されて困っていたら、ヘムヘムの鐘の音が聞こえてきた。
「…授業行かなきゃ」


- 19 -

prev | next


back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -