手紙


今日は授業で見事にヘマをこいた。
クラスのみんなに続いて実習コースを走っていたら、まるで悪い例として教科書に載りそうなほどそれはもう鮮やかに、落とし穴にすっぽりと落っこちた。
怪我は無かったけれどみんなからは白い眼で見られた。だけど仕方ない。私が悪い。
近頃ずっとこんな調子だ。予習した範囲が違ってたり、打った武器がとんでもない方へ飛んでいったり。ただでさえ成績は良い方といえないのに、いかんせん集中力に欠け過ぎてる。
理由は自分でも分かってる。
七松先輩だ。
気が付いたら彼のことばかり考えてて、存在がずっと頭から離れない。
この間のデートで、結局最後まで善法寺先輩が好きなことを打ち明けられなかった。だから七松先輩と私はお付き合いしたままになってる。ていうか、
一日デートしちゃったから、むしろお付き合いを認めたことになる。
私ってばなんて馬鹿をやらかしちゃったんだろう。空気に呑まれて言えなかったけれど、やっぱり勇気を持って打ち明けるべきだった。今更訂正はきかない。だって一日デートしちゃったんだし。
後悔しても始まらないけど、あのとき言えなかった自分をぐるぐると責め続けるばかり。あの易者のお爺さん、やっぱりただ者じゃないと思う。

食堂でお昼御飯を食べたあと、そのままテーブルに項垂れて思い悩んでいたら、食堂のおばちゃんが「何があったか知らないけど元気出しなよ」とお茶を淹れてくれた。おばちゃんはやっぱり優しいなぁ。
「はああぁ…」
溜め息を吐いて瞼を閉じる。食堂のテーブルから動く気になれない。正確には、動く元気もない。
いつもみたいに部屋で読書をしたところで集中できないだろうしなぁ。何か良い解決策は無いもんかな。
「ななしちゃん、どうしたの?」
不意に食堂の入り口から声がした。その聞き慣れた声に振り向けば、案の定そこにタカ丸くんがいた。
「タカ丸くん…。今からお昼ご飯なの?」
「うん。授業の片付けの当番で遅くなっちゃってさ」
おばちゃんから定食を受け取り、私の向かいに座るタカ丸くん。学園の中で話をするのは久しぶりだ。
「元気無いねぇななしちゃん。何か悩み事?」
「うん、ちょっとね…」
直接話したことは無いけど、七松先輩と私の噂はきっとタカ丸くんの耳にも届いてるだろう。
私が善法寺先輩を好きなことを知っているのは、タカ丸くんだけ。いつか洗いざらい真実をぶちまけたい。
「七松くんのことかな?」
あ、やっぱり知ってた。
「う、うん…まあ、そう…」
いつものようにどもる私を、タカ丸くんはご飯を食べながらじっと見つめてくる。なんだか居心地悪い。
七松先輩と私が付き合い始めたと聞いて、タカ丸くんはいったいどう思ったんだろう。つい数日前まで善法寺先輩への憧れを語っていた私に失望しただろうか。
「今度、さ」
「うん?」
「近いうちにまた一緒に家へ帰ろうよ」
「え? う、うん」
「そしたら、詳しくいろいろ聞かせてね」
定食の漬け物をぱりぱりと噛みながらやんわりと言われる。
タカ丸くんはやっぱり凄い。幼馴染だけあって、たとえ真実を知らなくても、私がいまだ善法寺先輩を好いていることがなんとなく分かるみたい。
嬉しいなぁ。タカ丸くんが居てくれて良かった。
「うん! 近いうちに帰ろ」
今この食堂にはタカ丸くんと私と食堂のおばちゃんの三人しか居ない。ここでぶちまけてしまいたい気もするけど、それはおそらく自殺行為。忍術学園は壁に耳あり障子に目ありだもの。タカ丸くんもそれをよく分かってるから、こうして誘ってくれるんだ。
「あ、そうだ」
タカ丸くんは急に何かを思い出したように一度箸を置くと、懐から一枚の文を取り出した。
「ちょうど良かった。僕、このあいだ自分の家へ一度帰ったんだけど、たまたまななしちゃんのお母さんに会ってね。学園に戻ってもしななしちゃんに会ったら、ついでにこの手紙を渡してくれって頼まれたんだ」
う゛っ。
正直、嬉しくない。お母さんが送ってくる手紙なんて、内容はいつも決まってる。
「あ、ありがとう…」
自分でも分かるぐらいの下手くそな笑顔で手紙を受け取る。
嫌だなぁ、気が重い。だけど読まなきゃ。返信しなかったらあとがウルサイもん。
「説教染みてないといいなぁ…」
折り畳まれた手紙を仕方なく開くと、いつにも増して気合の入った長文がそこに並んでいて、見た途端に気が滅入ってしまった。





――ななしへ
学園での生活はどうですか。体調を崩していませんか。お父さんは風邪を引いて近頃少し具合が悪いようです。季節の変わり目なのでななしも風邪には気を付けてね。
授業には追い付いていますか。今度家へ帰って来た時、ななしがお行儀の良い素敵なお嬢さんになっていることを期待しています。
さて、本題に入りますが

恋人は出来ましたか。

ななしはまだ跡取りを連れてこないのか、と父さんが毎夜のように喚き散らしています。晩酌をするたび「そのためにななしをあそこへ入学させたのに」と同じ話をお説教のように聞かされ、母さんも正直ちょっと疲れてます。早く素敵な旦那様を連れて戻ってきて下さい。
ここだけの話、母さんはタカ丸くんのような優しい子がオススメなのですが。ななしはタカ丸くんをどう思うかしら。好きじゃないのかしら。
父さんは母さんの意見に反対の様なので、あまり大声では言えません。父さんは、
「女性雑貨の店だから、店のことはどうせななしが切り盛りするんだ。跡取り息子は優男なんかより強くて頼りになる奴が良い。今のご時世、食うに困ったごろつき共がいつ店を襲うかも知れん。ななしを守れる奴でないと困る」
の、一点張りです。ななしも知ってる通りお父さんてばほら、頑固親父だから。
もっと言うなら…ななしは内気な子だから、ついて来てくれる男の子がいたなら母さんはそれだけでその子に感謝します。
だからななし、どうか早く





「ああもうやだ!やだよ!」
ほらっ、書いてあることなんていつもと同じ!
これ以上読んでいられなくてクシャクシャと手紙を丸めた。
「え! ななしちゃん駄目だよ! お母さんからの手紙をそんな…」
「だって、これでもう何度目か分からないよこの手紙。タカ丸くんだって書いてある内容は分かるでしょ?」
「う、うん、まぁ…」
「どんなに急かされたって無理だよ! だって私が好きなのは、」
「好きなのは?」
「あっ」
わわわ、いけない。うっかりここで"善法寺先輩なんだから"って口に出しちゃうところだった。
「ごめん…」
「あはは。ななしちゃんてば、相変わらず天然さんだね」
卵焼きを箸でつつきながら笑うタカ丸くん。
しかし困ったなぁ。私はこれに何て返信したらいいんだろう。書いてある内容はいつも同じだから、私も必然、返す内容が同じになるわけで。だけど前回と全く同じ手紙を出しても納得しないだろうし…んんん分かんない!
「なぞのせんぱーい」
ふと、後ろから誰かに声を掛けられた。振り返ればそこに、後輩のくのたま三人の姿。
「ユキちゃん、トモミちゃん、おシゲちゃん。どうしたの?」
私の問いかけに、言い辛そうに口を開く三人。
「それが…山本シナ先生が」
「中庭に来るよう、なぞの先輩に伝えなさいって…」
「なんだかちょっと怒ってたみたいでしゅー」
えっ。
「どっ、どどどどうして!?」
「分かりません」
なんでだろう、なんでだろう、私ってばまた何をやらかしちゃったんだろう!
心当たりは・・・大いにある。最近の私の授業態度だ。
くのたまは生徒数が少ないから、一人の先生が学年を跨いで授業することもしばしば。シナ先生もその一人。
おそらく今日の落とし穴への落ちっぷりが頭に来たに違いない。
「どうしよう…怒られる…」
真っ青になって小さくなる私に、「元気出して!ななしちゃんも食べなよ!」なんて言いながら漬け物の小皿を差し出してくるタカ丸くん。
ありがとうタカ丸くん、私はさっきもう食べたからいらないよ。


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