きり丸


「きり丸のろくでなし!」
「んなっ、言ったな!?」
店前でぎゃあぎゃあといがみ合っていたら店主にヨソでやれと怒られた。

いつも通りに町できり丸のアルバイトを手伝ってその帰り、小物屋の店先に展示してある紅の前で足を止めた。視界に飛び込んできた綺麗な薄桃色の紅が気になったんだ。化粧なんて私にはまだ少し早いけれど、興味が無いと言ったら嘘になる。これを機会に化粧の勉強でもしようかな、買おうかな、そう思って迷っていたら背後に居たきり丸が
「お前は化粧してもしなくても、大して変わんねぇよ」
と軽く笑い出した。
その一言にカチンと来て大喧嘩、冒頭に至る。
きり丸の馬鹿。そりゃあ化粧したところで救いようのないブスだけど、そんな言い方ってあんまりじゃないか。ブスはブスでも気分の問題なんだから放っといてくれればいいのに。
結局その日、学園にたどり着くまでお互い口をきかなかった。

私ときり丸は犬猿の仲。口を開いたらすぐ喧嘩になる。
べつにきり丸を嫌いなわけじゃない。むしろ好きだ、異性として。だから少しでも仲良くなりたくて、アルバイトを手伝ったり委員会を手伝ったりして躍起になる。でも素直に思ったことが言えなくて、つい悪態ばかりついてはきり丸を怒らせて喧嘩になるんだ。
「私ってばホント可愛くない…」
素直になれない自分が嫌い。部屋で布団に蹲る。
私、何がしたいんだろう。これじゃきり丸にとっての好感度下げる一方じゃないか。行動すればするほど空回り。
化粧だって、やれば少しでもきり丸に気に入ってもらえるかと思ったのに。性格ブスだし外見もブスだけど、ちょっとでも見栄えすれば少しは可愛いと思ってもらえるかなって、そう思ったのに。
悲しくって泣き寝入りだ。



次のバイトの時、目的地に着くまでの間、きり丸は私と一度も目を合わせてくれなかった。
バイト中も仕事の話以外はろくに口をきいてくれない。
この間ろくでなしと罵ったことをまだ根に持っているんだろうか。あんな喧嘩、日常茶飯事なのに。そんなに怒らせるようなことだったかな。
それともついに本気で嫌われたのかな。
どんよりした気分のままバイト終了の時間になり、二人で帰路に着く。帰り道でもきり丸は私との会話に上の空だった。私と目を合わせないどころか、ちょっと目が泳いでる。
泣けてきた。
「うっ…」
私の残念なところは涙より先に鼻の奥が緩くなってくるところ。みっともないところは見せまいと鼻をズーッと啜る。
「え、は!? お前、何泣いてんだよ!?」
「らって…きりまぅが口きいてくれない…うぅ」
「だああ悪かった! 悪かったって!」
「なんれそんなに怒ぅの…」
「べつに怒ってねーよ」
「じゃあなに、」
「…んっ」
きり丸はそっぽ向いたまま私に拳を突き出してきた。心なしか耳が赤い。
「何?」
なんだろう、何か握ってるみたい。受け取ろうとして拳の下に両手をかざす。が、
「…もしもし、きり丸さん?」
なかなか拳を開かない。
「うるせーな! 掴んだものは放さないのがドケチの習性なんだよ!」
逆ギレもいいとこ。ええと、この場合はなんて言ったらいいかな。妥当な言葉は…
「じゃあ、受け取ってあげる」
「・・・」
黙ったままパッと開かれた彼の手から落ちたもの。
「…え」
このあいだ目を留めた、薄桃色の紅だった。
え、え、えええ!
「なっ、コレどうしたの!?」
「どうって…買った」
「はっ!?」
買った!? 買ったですと!? あのドケチのきり丸氏が!!?
驚きのあまり涙も鼻水もコンマ数秒で引っ込んだ。
「悪いかよ…」
赤い顔でもにょもにょと喋る彼。相変わらず視線が泳いでる。
「これ、私に?」
「あぁ…うん…」
顔の赤みに反比例するように声量が小さくなってく。
嬉しい。どうしよう、凄く嬉しい。
私の為にきり丸が物を買ってくれた。あのドケチのきり丸が。
「ありがとう!」
顔の緩みが治まらない。綺麗な綺麗な薄桃色の紅が、初めて見た時よりもずっと綺麗な色に思えた。
「買うか、迷った」
「え、ああ、うん。きり丸が物を買うなんて、」
「違う。そうじゃなくて、」
「ん?」
「俺の言い方が悪かった」
そこで初めて私と視線を合わせたきり丸は、それはもう茹蛸色だった。
「化粧しても大して変わらないっていうのは、化粧しなくても綺麗だからって、そう言いたかったんだ」
言葉の意味を理解するのにたっぷり五秒。
それから私はきり丸以上に赤く、茹蛸を超えた林檎色になって、
「嬉しい!!!」
衝動的にきり丸に飛びついた。
「私、これ宝物にする!」
「え? 使わないのか?」
「うん! もったいないもん!」
きり丸がせっかく買ってくれた紅だもん。お守りにする!
それに、何もせずにきり丸が綺麗だと言ってくれるなら、きり丸がありのままの私を気に入ってくれてるなら、
私はもうそれでいい。
化粧なんて興味無い。



「じゃあ返せよ。売ってくるから」
雰囲気ぶち壊しな彼の一言に、結局私達はまた喧嘩した。


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