番外編前日


番外編の前後〜番外編のスピンオフ/学級委員長視点
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いつも通り実習コースを先頭切って走っていれば、いつも通り背後からドスンと大きな音が飛んできた。
「なぞのさん! ああもう、また落とし穴に落ちたの!?」
続けざまに聞こえてくるシナ先生のイライラした声。これまたいつも通り。
立ち止まって振り返れば、クラスのみんなが「なぞのさんてば、またやらかしたみたいですよ」なんて表情だけで私に伝えてきた。一部始終聞こえていたのだから表情で伝達してこなくてもべつに分かるんだけれど。
なぞのさんときたらこれで何度目だろう。彼女がこうして罠に掛かるたび、私達も足を止めなければならないのだからいい迷惑である。これじゃあ全く授業が進まない。
最後尾のどでかい落とし穴へ手を伸ばすシナ先生。そんな彼女を視界の端に見ながら、ふぅ、と溜め息ひとつ。なぞのさんたらどこまでどん臭いの。暴君様も大概モノ好きよね。
「これだけ私達の授業を足止めしてても怒る気になれないから、なぞのさんって役得よね」
ぽつり、私のすぐ後ろを走っていたコが何となくそんな言葉を溢していた。
確かにその通りだと思う。
最初の頃は疎遠だったからどんな娘かよく知らなかったけれど、例のいじめの件以来、少しずつ彼女との距離は縮まって来た。初め、彼女は意外にも色が得意なのかと思ったけれど、なぞのななしという人物に接する機会が増えてみればそれは単なる勘違いということが分かった。
彼女から一番に受ける印象は、ひとえに"素直"。どうしてこんなに世間知らずなお嬢様がくのたま四年生になれたのかと思うほど、彼女は他人を疑うことを知らない。見ていて落ち着かない。というか、心配になる。暴君様が「守ってやりたい!」と思う気持ち、ちょっと分からなくもない。…悔しいけど。
まあ、簡単に言えば彼女の"色"は天性なのである。色の術を必死に学んだ私達と違って。
「ごめんなさいぃ」
穴の中から聞こえてくる、情けなさ全開の弱々しい声。あんな声を出すから責めるに責められない、責める気も起きない。まるでどっかのへっぽこ事務員だ。
本当に役得ね。
「あ、委員長って休憩時間は教室にいたっけ? さっきの話、委員長は聞いてた?」
なぞのさんとシナ先生による喜劇を前に手持無沙汰で欠伸すれば、私と同じく手持無沙汰だった女子がヨモヤマ話を切り出した。
「さっき、って?」
「なぞのさんを問い詰めて吐かせたらさぁ、」
「あ〜!あれホントびっくりだったよねー!」
話を切り出したコへ訊き返せば周りの女子がきゃいきゃいと盛り上がり始める。授業中に騒ぐのは如何なものかと思ったけど、なぞのさんが穴から出てくるまでやることも無いし、私だって年頃の女子だから人並に噂話は好きだ。
「もったいつけないでよ」
「あのね、なぞのさんに『ぶっちゃけ七松先輩とどこまでいってんの?』ってストレートに訊いてみたわけ」
「うん」
「そしたら意外にもさあ、」
「まだチューもしてないらしいよ〜!」
「ちょ、アンタあたしの台詞取らないでよもう」
「それどころかなぞのさん、男の人と接吻したコトすら無いらしいよ」
目の前で次から次へと台詞を奪い合う女子達。
確かに、それが真実ならかなり意外だ。世間知らずななぞのさんが男性知らずなのはまあ分かるけど、あの暴君様がそんなに辛抱強い紳士とは俄かに信じ難い。
「あ。委員長『信じられない!』って顔してる」
いやいや! だって…
「信じられないもの」
「だよねェ」
「私達もー。信じられない!」
なんなの。結局誰もなぞのさんの話を信用してないじゃない。
「あのさ。私、考えたんだけど、」
ぼんやり言葉を続けたのは、なぞのさんの前の席のコ。
「今日、試してみようと思うんだよね」
「…試す?」
「試すって何を?」
「七松先輩の…我慢強さ」
「エッ!?」
「やっちゃう空気に仕向ける、ってこと!?」
「うんまあ、平たく言えば」
「うっわ面白そー!」
「エエエいいの〜ソレェ? 七松先輩がほんとになぞのさん襲っちゃったら、私らのせいになるんじゃない?」
「いいじゃん、付き合ってんならどうせいつかやるんだろうし。なぞのさん自身もそのうち色の授業で処女捨てるハメになんだからさ、遅かれ早かれ変わんないっしょ?」
「具体的にどうやんの」
「なぞのさんが寝付いたところへ七松先輩を誘導する、ってのどう?」
「それは駄目でしょ。あとがコワイから、七松先輩には仕掛け人の顔バレない方がいいよ」
「じゃあ二人が風呂場で鉢合わせ、ってのは?」
「お、それいいね!」
「そこまで状況が整っちゃえば、さすがに七松先輩も手ぇ出すよね!」
「ってか男ならみんな出すよ〜。いくらなんでも」
「賭ける?」
「よしきた!」
「私、出すに賭ける〜」
「私も」
「私もー」
「え、何? 出さないに賭けるヒト、一人もいないの?」
「私は、出さないに賭ける」
ピシャリと一言。みんな揃って私へ視線を向ける。委員長ってば本気?、なんて全員の視線が語ってる。
「出さないに賭けるわ」
念を押してもう一度。
「いいの?委員長。出さないに賭けるの、委員長だけだよ?」
「辛抱に弱そうなあの先輩がここまで手を出さないんだもの、きっと何かそれなりの理由があるんでしょ。意地張って最後の最後まで手を出さないと私は思う」
正直、他人の恋路を干渉するのは趣味じゃない。だからこの賭けが提案された時点で、反対しようかとも少し考えた。
だけど純粋に興味がある。あの暴君様が何故そこまで紳士を気取ってるのか、私も知りたい。
「あなた達!」
その瞬間、忘れかけてたシナ先生から叱咤が飛んできた。視線をやれば、いつの間にやら穴から脱出したらしい泥だらけのなぞのさんが、私らの後方へ走り寄ってくるところだった。
「無駄話ばかりしてないで早く実習に戻りなさい!」
無駄話、ってことはシナ先生、遠くからしっかり全部聞いていたんだろう。だけど先生は特に何も咎めてこない。…先生、見て見ぬフリしてくれるってことか。
クラスみんなでほくそ笑んでから、何事も無かったように再び実習へ専念した。


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