千鳥草


血気盛んな三人衆が旦那様と一緒に外へ出た途端、家の中は静かになった。いまだのんびり椀をつついてる残り三人に心が和む。ああなんだかやっと落ち着いた。私も自分のお昼にありつこうかな。具材を鍋へ注ぎ足そう。
「いきなり来た上に騒がしくしてすみません」
ぽつり、立花くんが今更なことを言う。おやまあなんと礼儀正しい。きっとこの三人はあの三人の兄貴分ポジションなのかな。
「ううん、いいんだ。大勢で食べんの久し振りだからかえって楽しいよ」
「ありがとうございます。お昼まで頂いちゃって」
「もともと定食屋だったし、これぐらい慣れっこだから」
さっきあんだけつみれでモメてた男どもは今不在。ここぞとばかりに残りのつみれを全部投入した。作り手の役得ですな。
「みんな良い日に来たね。大木先生、最近は忍務で家にいないからさ」
言い終えて、あっでもみんなとしては雅さんが居ない方が良かったのか、と思い直す。みんなは当初私に用があったんだよね。雅さんが居ない方が私を連れ出しやすかったか。
「え。ごめんなさい、二人の時間を邪魔しちゃいましたか」
善法寺くんが眉尻を下げてすまなそうに呟いた。あらら、そんなつもりで言ったんじゃないんだけど。
「全然! 大木先生もついさっきまで寝てたんだから。気にしないで」
そこまで気を遣われるとむしろこっちが申し訳ない気分になってくる。
…本来なら謝るべきは私の方なのに。
「なんか、さ。謝って済むことじゃないけど…いろいろややこしくしてごめんね」
生徒であるみんなにとって、私の印象はおそらくよろしくない。尊敬してやまない先生方の恋愛私情を引っ掻き回して、くっ付いたり離れたり。端から見りゃ騒動の種とも言うべき厄災女だ。土井先生の言う通り最初から私が現れなければ、みんな今まで通り何事も無く円満な日々を過ごしてたんだから。
「何言ってるんですか。ななしさんが気に病む必要なんてどこにも無いですよ」
「え?」
「むしろななしさんがここに居ると知ってほっとしています。大木先生の無妻ぶりは私達の目にも余るものがありましたからね。余計なお世話でしょうが正直、心配してたんです」
「本当?」
「ここまできて嘘は吐きませんよ」
「大木先生ってば少しも女っ気が無いから、よっぽど器量望み激しいんじゃないかって僕らウワサしてたぐらいです」
「そ、そうなんだ…。器量望み激しいっていうよりは、単に女性とご縁が無かっただけだろうけどねえ。私が器量好いわけじゃないし、大木先生あれで結構優しいし」
「ご縁が無いというより、自分からご縁を絶ってるように見えたよね?」
「そうだな。自分から出逢いを求める様子はまず無かったからな。単に面倒だったのか諦めてたのかは知らないが」
「あれじゃ女性は近付けないよねえ。なるようになる、なんて態度が傍目に見てとれたもの」
…言葉に困る。
だって雅さんのその気持ち、恐ろしいほどよく分かる。実際私も土井先生に出逢う前までそうだった。『恋愛ってのはわざわざ自分から起こすもんじゃなくいつか自然とやってくるもんだ〜』ぐらいに、自分の人生をどっか遠巻きに眺めてた。
現に今の私達の関係だってそう。『愛してます。お付き合いしましょう』なんて言葉をハッキリと掛け合ったわけでもない。気付いたら一緒になってて、なるようになった間柄だ。
「…だから…」
それまで黙々と食べ進めていた中在家くんがボソリ、唐突に声を落とす。
「だから、ななしさんは凄いです」
「…へ?」
凄い? なんで?
私の疑問を打ち消すように中在家くんは続けてくれる。
「誰にも本音を見せないあの大木先生の信頼を、ここまで深く買えたから」
彼の言葉はいつだって短く少ないのに、誰より明解で奥深い。
まさかそんなことを言われるとは思って無かったので急速に恥ずかしくなった。言ってきた人物が日頃無口な中在家くんというのも多少あるけれど、なんか遠回しに「バカップル万歳」と言われた気分だ。
「ソ、ソデスカ…」
こういうとき何て言えばいいのか分かんない。間を取り繕うように煮えた鍋の具を自分の椀へよそう。途中、ななしさんてば顔赤いですよ、とか、テレなくていいのに、とか余分な声が聞こえてきたけど敢えて聞かない。聞こえない。
「ななしさんは可愛いですねえ」
善法寺くんがクスクス笑いながら無自覚に女タレなことを言う。ひょっとして私今からかわれてんのかな。そういやこの子ら三郎より年上なんだった。私ごときを手玉に取るなんて容易いのかもしれん。
「褒めたってなんも出ないよー」
「本当ですって。…その付けてる簪も可愛いですよね」
「ん?コレ?」
「はい。さっきから気になってたんですけど、センスいいなあと思って。新しく買ったんですか?」
「前回会った時には付けてなかったな」
立花くんの呟きに中在家くんがコクリと頷く。えええみんなよく覚えてんなそんなの! ってかよく観察してんな! 職業病!? 前に雑渡さんと会話した時おんなじこと思ったけど、やっぱ忍者の観察力ってスゲェわぁ。
「よくぞ訊いてくれました。コレはねえ、ふふふ〜」
「もったいつけないでください」
「…立花くんてツッコミ手厳しいのな。これね、大木先生が買ってくれたの」
「「「は!!!?」」」
まさかまさかで三人同時に大声が飛び出す。いや、何もそんなに驚かなくても。
「買ってくれたって…お代を出してくれたってことですか?」
「うんまあ平たく言やそうなんだけど…選んでくれたのも大木先生だよ。プレゼントしてもらったの」
「ハァ!!?」
「え。そこまで驚くことなくね?」
「驚きますよ! あの大木先生が女性に簪をプレゼントするだなんて…!」
「それも選んだなんて…!」
「…津波が…起こる…」
「マジでか。そんなにか。そんなに驚天動地な簪かコレ」
「驚天動地を超えて天変地異です!」
「むしろ奇跡です!」
「ちょっと君らの中の大木先生ポジションを聞かせて頂いてよろしいかね」
本当に尊敬してんのかよ。クソミソじゃねえか。
「…千鳥草」
ぽつり。ぎりぎり聞き取れる音量で中在家くんが囁いた。
「えっ?」
「千鳥草の簪…」
「千鳥草?」
「長次、この花知ってるの?」
頷く中在家くん。そうか、彼は博識なんだった。確か紅団扇の花言葉を教えてくれたのも中在家くんだったな。
「花言葉、知ってるなら聞いていい?」
「いくつか、あります…」
ボソボソと紡いで教えてくれる。知らなかった、この青い花、千鳥草っていうんだ。
「千鳥草の花言葉で有名なのは、"あなたを慰める"」
あなたを慰める、か。…雅さんがこれを買ってくれたのは私が失恋から立ち直ったばかりの時だったけど…うんにゃ、まさかね。
「それと、"あなたは幸福をふりまく"」
「へえ。素敵だね千鳥草。僕も覚えとこー」
「…あとは、」
「あとは?」
「"わがままな美人"」
ブッ、と立花くんがモロに噴き出した。
「オイなんで今笑った!?」
「すみません! でも今のは不可抗力でしょう!」
「笑いに不可抗力なんかねーよ!」
「凄いね〜。どれもこれも大木先生がななしさんに送る言葉としてぴったりじゃない?」
「善法寺くんも何さらっと肯定してんの!?」
「大木先生、知っててプレゼントしたのかな? まさかそんなはずないよね」
「スルーすんなコラ!」
「あの人が花言葉なんて知るわけないだろ」
「だよねえ。やっぱり偶然だよね」
「もういいぼっち弁する」
「拗ねないでななしさん。からかっただけです」
「からかわないで構ってよ。オバサンこう見えて中身ラビちゃんなんだよ。寂しくて死ぬ」
「しかしどうだかな。あの人の実と考えるところは私達にも読めないからなあ。案外知っていたのかもしれない」
腕組みして考える立花くんをつみれモグモグしながら眺めた。
あなたは幸福をふりまく、か。花言葉知ったらますます愛着湧いてきたなこの簪。大切にしよう。
「大木先生ってさ、」
食べ始めたところせっかくなので話のタネを変えてみる。
「みんなにとってどんな先生?」
私の質問にキョトンとしてから顔を見合わせる三人。
「どうと訊かれても…ひとえには難しいですね」
別段、深い意味の質問じゃない。単なる興味本位。
「どうしてですか?」
「んーん。大木先生、学園に居た頃はどんな先生だったのかなあと思って。他に訊く機会無いじゃん?」
「そうですねえ…」
「読めないといえば読めないけど…でも近寄り難いとかじゃなかったよね? かえって話しやすい先生だった」
「そうだな。さっきの話じゃないが、授業以外のことは大概テキトーだったし」
「…私には、」
「うん?」
「私には、憧れの先生でした」
中在家くんから聞こえた直截簡明な一言。一拍の間があって、他の二人もぽつぽつとそれに続く。
「…今も変わらないよ。憧れのままさ」
「私達に最初に忍道を説いたのは紛れもなくあの人だからな…」
三人の言葉からどことなく敬愛の念が滲み出た。雅さん、凄いな。この子達ほどの腕達者にこれだけの敬意を払わせるなんて。
「いい先生だったんだ?」
「ええ。事実、忍者として優れてらっしゃいましたし」
「質問すれば何でも明け透けに教えてくれる先生でした」
「…それが原因で、ときどき周りに批難されてましたが…」
「批難?」
「プロの忍になるとしたら世の中いいことばかりじゃないでしょう? 逆に、忍者になれば世の中つらいことの方がたくさんある。そういう忍業の影の部分は本来、上級生になってから教わるものなんですが…。大木先生は私達が一年生の頃から、こちらが訊ねれば包み隠さず教えてくれる先生でした」
「おかげで下級生のうちにふるいに掛けられた生徒も結構居たね」
「ああなるほど。それで周りの先生から批難されたのか」
「はい」
その教育方針は確かに賛否両論で意見割れするだろう。私は教師じゃないから難しいコト分かんないけど。
非力な下級生のうちに現実を突き付けられるのと、実力の付いた上級生になった上で現実を突き付けられるのとじゃ受け止め方が違うだろうから、周りの先生方の言い分も分からなくない。けど雅さんの言い分も分からなくはない。本格的に忍を目指す前に…早いうちに現実教えてふるいに掛けてあげた方が良いような気もする。だって生半可な修行じゃプロの忍者にはなれないから、本気で"忍者になりたい"って子じゃないときっとあとでつらくなってくるだろうし。現に私もそうだった。
何とも言えないな。まあ雅さんらしいっちゃらしいけど。
「少なくとも、」
言葉にしてないのに私の考えを見透かしたらしい立花くんは、凛とした声で先を続けた。
「あの人の教えで、今の私達があります」
ああでも、そうか。現に今ここに居る六人は雅さんの教育によってここまで成長したんだ。彼の説いた忍道の結果が今ここに居る六人なんだ――。
「…大木先生は凄い先生なんだね」
自然とそんな言葉が口を突いて出た。だって心底そう思ったから。
なんだか雅さんの新しい一面をまた一つ知れた気がして胸の内がやけに温かい。私の言葉が無自覚に嬉しかったのか、目の前の三人の表情もおのずと和らいだ。
「もしななしさんがお時間かまわないなら、」
善法寺くんが微笑んでから一つ提案する。
「少しだけ、昔話をしてもいいですか」


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