睦言


しとしと、しとしと。遠くの方から聞こえる物音にぼんやり目が覚めた。
起きたら雅さんの腕の中に居た。ああそうか、昨日は雅さんに抱かれて眠ったんだった。今何刻ぐらいだろう? どうやら外は雨降りらしい。
眠ったままの雅さんの腕をやんわり解いて首を持ち上げると、丸まって眠るラビちゃんが視界の端に見えた。何刻にしろまずあのコにゴハンをあげなきゃ。お腹空かしてるだろうな。
布団から這い出て、起き上がろうと床に手を付く。けれど、
「…あれ?」
身体が動かない。正確には腰が砕けてて下半身が持ち上がらない。嘘だろ? そりゃあ昨夜は誰かさんから一晩じゅう攻め立てられたけど…こんな、身体が使い物にならなくなるなんて人生初めてだ。
「ぶシッ」
ここで変なくしゃみが一発。つか寒い。素っ裸寒い。服着たい。でも動けない。
這ったまま困り果てていたら、ツッと腰にぬくい感触。雅さんの手だった。え?と思う間もなく布団の中へ引きずり戻される。
「動けないなら無理に動かんでいいだろ」
「起きてたの?」
「今起きた」
今度こそ逃すまいと足を絡めて抱き潰される。そこまで執着しなくてもこっちは自分じゃ動けないっつの。
・・・ぬくい。
「腰痛くて泣きそう」
「好きにしていいってお前が言った」
「いやそりゃ確かに言ったけどさ…」
「どうなっても知らんと忠告した」
「あ!? さてはアンタ酔ったフリして素面だったな!?」
「あんなちびっとで酔うかよ」
「このオトナきったねええ」
「こんなオッサンの色に掛かるたあ、お前ちっと騙されやす過ぎるんじゃないか?」
心配じゃのう、なんてぼやきながら回されている手が背中をなぞってくる。本当に心配してんのかよエロオヤジ。
「にしても加減てモンがあんでしょー」
「無茶言うな。これでも加減したんだ」
「ウソデショ?」
「ワシももう若くないんだがなあ…あんだけエロい善がり方されたらいくらなんでも辛抱効かん」
「エロい善がり方って何だ。した覚えねーよ」
「いいやエロかった。妄想してたより100倍エロかった」
「そりゃあんたの想像力が貧困なんだ」
「思い出したらまた勃ってきた」
「ふざっ、絶対無理! 今日はもう無し! つか一週間禁欲な!」
「は!?」
「何でもいいからラビちゃんにゴハンあげて来て。私動けないんだから」
「何でもいいことない!」
「ムキになるとこがズレてますけど。文句はあとで聞くから早よ行って」
「・・・」
唇を尖らせたまましぶしぶ布団から這い出てく雅さん。ラビちゃんの餌を取りに行くには一度外へ出なければならないので、気怠そうに着物へ袖を通す彼の背を見送った。外の雨、どれぐらい酷いんだろ? 雅さんズブ濡れになっちゃうかな。
「はぶしょっ」
二回目のくしゃみ。布団の中から雅さんが居なくなった途端、肌寒さに襲われた。掛布団に包まるようにゴロンと寝返りを打つ。自ら簀巻き。
「雨なんていつの間に降り出したんだろ…」
全然気付かなかったな。そもそも今は朝ですらないのかも。昨日あれからタガが外れたみたいに一晩じゅう求められて、寝に付いたのは確か明け方だったはずだ。ってか綺麗に寝付けた記憶すら無いから明け方になってようやく意識飛んだんだろうな私。あの持久力バカ相手によく頑張ったもんだ。
「うわあぁ」
頭から布団の中に潜って丸まる。思い出したら今になって恥ずかしくなってきた。昨夜は本当、二人揃って十代みたいにお盛んだった。性交で殺されるかもと思ったのはこれが初めてだ。むしろ死んどくべきだった。死にたい。羞恥心で死にたい。いま死にたい。
一人で茹でダコしてると布団越しにいきなり何かが追突してきた。顔だけ外に出したらどアップのラビちゃんが私を覗き込んでいる。あららどしたの?ラビちゃんもいま目ェ覚めたの?
「おはよ〜」
手を伸ばして眉間のあたりをムニムニ揉めば気持ち良さげに頬ずりしてくるラビちゃん。フフフ可愛いやつめ。そういや私らが乳繰り合ってる間ラビちゃんはずっとこの部屋に居たんだろうか。居たんだろうな。情交なんて人も動物も変わんないからラビちゃん的には気まずかったろうに。今思えば急におっ始めちゃって悪いことした。
体温分けてもらうようにラビちゃんへ顔をすり寄せていたら、ぽたり、上から水滴が降ってくる。
「ズルいぞ! ワシにはそんなスキンシップしてくれたこと無いくせに!」
ラビちゃんのゴハンを抱えたずぶ濡れの旦那様だった。頭から手拭いを被ってまあ不機嫌な表情。外は結構な大雨みたいですね。
「どっちに妬いてんだアンタ」
「どっちにも!」
抱えていた大根をラビちゃんの傍へ置いた途端、ラビちゃんは私から離れてそれに飛びついた。あれま現金なコだよ。私より食い物が大事ですか。そりゃそうだよな。
雅さんはその隣に座りこんでガシガシと手拭いで頭を拭き始める。冷てっ。水滴がモロ引っかかった。
「雅さん、私にも服着せて」
「着りゃいいだろ」
「動けないんだって。寒くて死ぬ」
「そうかそうかそりゃ大変だ」
「オイなんで脱ぐ。着せろつったんだよ」
自分の服を早々に脱ぎ捨てて再び布団へ潜り込んでくる彼。駄目だコレ離れてくれる気全然無い。
「ッ」
「何?どしたの?」
「お前ほんと冷たいな。冷え症にも度がある」
「じゃあ離れればー?」
「中身まで冷たくするなよ」
「雅さんはあったかいね。ビッシャビシャなのにもうお湯みたい。高体温?」
「代謝が良いんだ」
「今更だけどちゃんと拭いてから潜れよな迷惑だわー」
「あ、なんだか急に耳鳴りがー」
「まじか。都合の良い耳してんな」
「ここでもう一発キメれば治るかもしれん」
「さっきの会話無かったことにすんなし」
「どうしても駄目か」
「駄目。そんな顔しても駄目。もう騙されてやらない」
「騙されろよ」
「一発で済まねーこと必至だろうが。アンタ私を寝たきり老人にする気か」
「介護なら任せろ」
「どんなにせがまれたって拝み倒されてなんかやらないもんね。最初の余裕どこいっちゃったのさ」
「余裕? んなモン最初から無いわ」
「ついに開き直った」
「…なあ、」
「雅さんてスタイルもいいね。何気に昨日言いそびれた」
「あっコラ話そらすな」
「誰かさん常套手段でしょ。…傷も多くてびっくりしたけど」
「まあ、職業柄な」
「だよねえ。ああ忍者の身体してんなーって思った」
「惚れ直した?」
「ん。ってか羨ましい、」
「は?」
「を通り越してむしろ悔しい」
「なんじゃそりゃ」
「だってさあ、釣り合わないんだもん。雅さんは脱いだだけで苦労人ぶりが知れるのに、私の身体は傷一つ無い凡人で、何の苦労も知らなくてさあ。これから雅さんの引き出し開けたところで私には想像も及ばない苦労しかひょっとして出てこないのかなーとか、このさき雅さんの人生に踏み入れないかもなーとか、そういうのいろいろ考えたりして、」
「考え過ぎだ」
「でも私だってくノ一だったんだよ? なのに雅さんがプロの忍者だって実感した瞬間、急速に壁感じた」
「阿呆。お前が壁に思うほど大した忍者でもないわ。訊かれて困るような引き出しも持っとらん」
「ほんと?」
「ワシの方こそお前がくノ一のままでなくて正直ホッとしとる。色を使われて引っ掛からん自信が無いからな」
「嘘だあ。現に掛からなかったじゃん、色町繰り出しちゃったヒト」
「いい加減そのくだりは忘れろ。手籠めにするぞ」
「すみませんでした。さらっとオドさないでください」
「あの時の自分を褒めてやりたいぐらいだ。よく我慢した」
「てか、単純にスタイルの良さ自体も釣り合ってないじゃんか。ほんとは私だけブヨブヨで恥ずかしかったんだよ。ちくしょう」
「そうか? 充分だろ」
「私だけオバサン丸出し体型だもん…おデブな嫁でごめんね」
「馬鹿言え。どう考えても今がベストだ」
「無理に褒めなくていいから」
「いやいや本気で言っとるぞ。予想以上に乳デカいし、絶妙なムチムチ加減がエロくて堪らんしな! むしろそれ以上痩せるな。いいか、痩せるなよ?」
「ごめっ、もう喋らんで。なんか違う意味で恥ずかしくなってきたからこの話題やめよう」
「時にどれほどムチムチだったか掌が思い出したくてしゃあないようなんだが、」
「だからってその話題にもならねーよ。っクシッ」
またくしゃみが出た。やだ、風邪引いたかな。暖を取るように雅さんの懐へ埋もれば軽く頭を撫で返される。おお〜あったかい。
「ワシもお前の引き出し開けていいか?」
「いいよ。何?」
「…土井先生は、本当にお前に指一本触れんかったのか?」
ちょっと驚いた。まさか雅さんの方からあの人の名前が出るなんて。
「疑ってんだ?」
「まあ、そりゃあなァ…」
「末期症状だな。私がどっち答えてもハナから信じる気ないでしょ」
「勘繰らんで答えろ」
「手ェ出されてないよ。出してくれませんでしたよ。残念ながら」
「ふーん」
「ほれみろ信じてくれない」
「いや、信じちゃいるさ。信じるぐらいはバチ当たらんから」
「生々しい愚痴こぼしてもいい?」
「…おう」
「25才なんて男盛りもいいとこじゃんか。先生がその気起こしてくれるように、そりゃあ私だっていろいろ頑張ったんだよ。柄にもなく」
「ほ〜」
「きり丸ってばイイコだから、時々気ィ遣って乱太郎やしんべヱんちに泊まってくれたりすんのね。そんで私の方もきり丸の思いを無駄にしちゃいけないと思って、しんべヱがくれた南蛮渡来のシャボン使ってみたり、無駄に精の付く料理出してみたり、自分なりに試行錯誤したんだよ。でも全然ダメだった。先生、その気起こすどころかいっつも私に背中向けて寝てた」
「・・・」
「いっそ襲ったろかと何度思ったことか…まあそこまでの勇気無いから出来やしないんだけど。夜が明けるたび自分の色気の無さにヘコんでた」
「なんつーか…同情するわ…」
「でしょ? 私カワイソウでしょ?」
「いや、お前じゃない」
「へ?」
「土井先生に同情する」
「え!? なんで!?」
「あのヒトもワシも立場は男だからな」
「どーゆーコト!?」
「どーゆーって…ワシは向こうさんの気持ち何となく分かるぞ。お前に手を出すまいと決めた理由も」
「嘘!?」
「それでまあ毎夜こんな色にアテられて…考えただけで気ィ狂うわ」
「わっかんない! 教えて!」
「嫌じゃ。教えてやらん」
「ケチ!」
「気持ちは分かるがさすがに"出てけ"たあ言えんな。ワシには口が裂けても無理だ」
「・・・」
「むくれるなよ」
「雅さんが意地悪言うからじゃん」
「寝ろ」
「都合悪くなったらすぐ寝かし付けようとする!」
「違う。ワシが眠い」
「何ソレ超勝手〜」
「冷え性の誰かさんがあったまってきたんだから仕方ないだろ」
「私、湯たんぽ?」
「・・・」
「ちょっ、寝に入るの早過ぎ。今の今まで会話してたのに」
「お前は眠くないのか?」
「いや、そう言われるとちょっと眠いけど…」
「ならいいだろが」
雨の日ぐらい自堕落させろ、なんて。自他共に厳しいはずのこの人が柄にもないこと言うもんだから。
私だけに素を見せて甘えてくれてる錯覚に陥る。
…嬉しいな。
そんな、幸せいっぱいの充足感があっという間に睡魔を引き寄せて来たのだった。


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