「ねぇ、コレ変じゃない? 本当に変じゃない?」
「しつこいですねななしさん、さっきから何回訊いてくるんですか」
「冷たくしないでよー。私いま心が折れる寸前なんだから。不安で泣きそう」
「乙女みたいな反応やめてくださいよ」
「心は乙女だ馬鹿野郎」
帰り道の間中、きり丸に同じ質問を繰り返す。
タカ丸くんはものの数秒で私の髪型を百八十度変えてしまった。べつに誰に笑われても気にしやしないけど、土井先生に笑われたらどうしよう。おそらくこの先、生きていけない。
「帰りづらいいい」
「駄々こねないで下さいよ。もう切っちゃったもんはショーガナイじゃないですか。諦めて下さい」
「え、何そのやっちまった的発言。取り返しつかない過ちを犯したみたいじゃん」
まさかコレ失敗作とか言わないよね。みんなその真実を言おうにも言えなくて気を遣って世辞言ったとか、そんなこと無いよね。やべぇ震えてきた、土井先生の団子うっかり潰しそう。
「女の人って髪型ひとつで随分印象変わるもんなんですねー」
「なんだそのどっちとも取れる発言!なんで今そんなこと言うんだよ!そんなドSな子に育てた覚え有りませんよ!」
もうやだ、不安過ぎて何を口走ってんのかも分かんなくなってきた。死にたい。
「冗談ですって、ほんとに泣かないで下さいよ。大丈夫、べっぴんですからななしさん」
「本当? それ本当?」
「どんだけ疑り深いんですか。本当ですってば」
「なら初めからそう言え。こんな時にツンデレスキル発動すんな馬鹿」
「面倒臭いなこの人」
「口に出てるぞコラ!」
刻一刻と土井先生宅に近付きつつある。足取りが重い。
タカ丸くんてば髪を切り終わった後「せっかくだから土井先生を思いっきり驚かせましょう!」なんて意気揚々に言い出して、私に薄化粧まで施した。終いにはせっかくだからトータルコーディネートしたいと駄々をこね始め、そのままおシゲちゃんを含めた三人に呉服屋まで引っ張られる始末。だけど私はこの土井先生が縫ってくれた服がお気に入りだから、それに関しては頑なに断った。タカ丸くんの奴、案外凝り性だな。
これでもし土井先生に、明日から出て行け、なんて言われたらどうしよう。おそらく私、髪結処斉藤には二度と訪れない。

うじうじ考えてたらあっという間に家の前へ到着。
「・・・」
「何を立ち尽くしてんですかななしさん。さっさと家の中へ入りましょうよ」
「きり丸、今日という日がこの家で暮らす最後の日になったとしても、私はずっとお前の姉ちゃんだからな」
「まだそんなアホなこと言ってんですか。ホラ、早く先生に団子渡しましょう」
ぐいっと私の手首を引いて、家の中に私を引き摺りいれる素っ気無い弟。
アホなことって何だよ! 私今の結構真面目に言ったのに!
「ただいまー」
元気良く家の中へ踏み入るきり丸に続いて、ただいま、と小声で呟いてみる。なんだかもういろんなことに自信が無くて挙動不審。私、こんなに小心者だったっけ。
「ああ、おかえり」
奥の間で文机と睨めっこしていた先生がくるりと振り向いた。
先生、私達がバイトに行く前から文机と向かい合っていたから、ずっと同じ姿勢でいたんだろうか。本当にお疲れ様だ。
「あ、の…」
何か喋ろうとしたけど上手く言葉に出来なくて、口から掠れ声みたいな変な音が出た。うう、情けない。
だって土井先生ってば私の顔を穴が開くほどガン見してくるのだ。目が合った途端に無言で凝視されて、どうしていいか分かんない。え、何、どういう反応だろうコレ。珍獣を見た!的な何かかコレ。
時間にすればほんの三秒程度なんだろうけど、私にとってみれば半刻ぐらいの沈黙に等しい。メチャクチャ息苦しいんですけど。何か喋ってくれないかな。そもそも再三しつこいがななしさんはイケメンに見つめられること自体に抗体が無いんだよ分かってくれええ。
「お、お団子買って来ました…」
やっと口が動いた。よくやった自分! ほぼ絞り出した感じ。
「ありがとうございます」
私の言葉に先生はさも平然と返すと、何事も無かったように再び文机へ向き直った。
…アレ?
ちょっと待て。これってひょっとしてスルーって奴か。スルーって奴なんじゃないのか!
えええ嘘だろ一番ツライ!!!
「き、きり丸、私ちょっとこれからお昼の買い出しに、」
「俺、昼飯の野草採ってきます!」
「え゛」
「ななしさんは雑炊の支度しておいて下さい!」
そのまま「行ってきまーす!」と玄関から飛び出して行く現金な弟。はあぁ!?嘘だろ! アイツ逃げやがった!空気の読み方間違ってるぞボケー!!
「・・・」
庭に一人ぽつねんと残されて、この状況をどうしようかと頭をフル回転させる。さすがにスルーされちゃったらもう、こっちからこの話題に触れる勇気無い。どこぞのギャルみたいに「髪型変えたのに気付いてくれないのぉ?」なんて絡むのはちょっと気が引ける。だって私達、まだ正式に恋人じゃないし。ていうか相手は明らかに気付いてるし。
結論、私の方も『今までと何も変わってない』態度で振る舞うしかない。…ハッ、泣ける。
とりあえず、文机に向き合ったままの土井先生の背中を眺めながら居間へ上がり、彼の側へ歩み寄って隣に団子を置いた。
「お団子、ここに置いておきますね」
「あぁ、すみません」
ちらりと先生の横顔を見やれば、採点済みのテストと作り掛けの新しいテストを前にそれはそれは険しい表情。筆を握り締めたまま胃の辺りを押さえながら、うーんと唸っている。
そうか、そうだよね。私の容姿云々よりも今は生徒の成績が大事。私の髪型の話題なんてもともと需要無いのに、今このタイミングなら尚更だ。スルーされるのも当然のこと。悪い悪いと思いつつこっそりとみんなのテストを覗き見れば、ありゃりゃヒドイ有り様。これじゃあ先生、胃が痛くもなるよ。
惨劇状態のテストの横に目を走らせれば空になった湯呑が取り残されてる。先生ってば新しいお茶を淹れる間も無いぐらい机と睨めっこしてたんだ。
「今、新しいお茶淹れますね」
私が彼にしてあげられることといえばこれぐらいしか無い。
空になった湯呑を持って一度下がり、茶を沸かす。
ついでに胃薬も出してあげようと、茶が沸くまでの間に引き出しを漁った。ええと、確かこの辺に…おっ、あったあった。胃薬もだいぶ残り少なくなってきたな、また新しく買い足さなきゃ。
そうこうしてる間に茶が沸いたので先生の湯呑へ新しく茶を淹れ、胃薬と一緒に彼の隣へ置いた。
「先生、お茶が入りました」
「ありがとうございます」
「一息いれて下さい。胃薬も持ってきましたから」
「何から何まですみません」
先生は机から身体を離すと湯呑を手に取った。目が疲れたのか強くぎゅっと数回瞬きする。
「いいえ、とんでもないです。お団子、包み開けましょうか」
包みの紐を解きに掛かる。先生がこれを食べ終えたら雑炊の支度しようかな。
ずずっとお茶を啜る先生と何となく目が合った。帰宅してから二回目だけれど、よく見たら先生、目がショボショボしてるかも。教師って大変だ。
「あまり根を詰めない方が良いですよ。一年は組のみんなは成績が芳しくなくても、いざというとき実践に強いですし、」
「髪型変えられたんですね」
「…はっ?」
今なんつった? えっと、私の聞き間違いじゃなければたぶん、"髪型変えられたんですね"って言った。
…今更カヨ! なんだこの時差!
こっちはもうこの話題は無くなったもんだと思ってたのに!なんかすげぇ恥ずかしい!!!
「あ、ははは! 変ですよね! いい年こいてイメチェンとかいろいろイタイですよね!」
「いや、良いと思いますよ」
「えっ」
「似合ってます」
さらりと褒められて顔の熱が上がる。
「あ、ありがとうございます」
お世辞かもしれないけど少しほっとした。
お茶を啜りながら私の顔を眺める先生。心なしかだんだん顔が赤らんでるような。なんていうか…
私が赤くなったから、赤くなってる気がする。比例してね?
あれ、先生もしかして今更恥ずかしくなってきた系? 照れてんじゃねコレ。
うわっなんだよ余計に恥ずかしいじゃん! 私このままじゃトマトになる! 悪循環!
「いや、すみません…。私、褒めることが得意でなくて…」
気まずそうに私から目を逸らす。ひいい駄目だ、もう何されても恥ずかしさに拍車を掛けるだけ。
彼はそのままぽりぽりと片頬を掻きながら文机に向かって喋った。
「驚きました。その…とても綺麗なので」
有り得ない程の小声で、なんという地雷を撒くんですか。私今日、死ぬかも。
「や、ははぁ! う、嬉しいです! それもこれもタカ丸くんの成せる業ですけどね! こんな私でもまぁちょっとは見れる様になったかな〜なんて!」
「へ? ななしさんはもともと美人じゃないですか」
「えっ」
「…え?」
「「・・・」」

二人同時に
顔 面 点 火

「…先生、やっぱり女タレてたでしょ」
「ななしさん、時々きり丸みたいなこと言いますよね。褒め言葉は素直に受け取った方が良いですよ」
視線のやり場に困って俯いた。恥ずかしくてどうしようもない。きり丸、帰って来てくれないかな。雑炊の支度まだ出来てないけど。
「…ありがとうございます…」
ちらと視線だけ上げて先生を見やる。
ふわり、先生は凄く綺麗に微笑んでた。
一目惚れした時とおんなじ、私の大好きな表情。


センスの無い私には新しい髪型が私自身に似合ってるのかよく分からないけど、

土井先生のこの顔が見られるなら、ああ変えて良かったなぁと、単純にそう思った。



髪結処斉藤、次はいつ行こうかな。


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