髪結い1


「あのカリスマ髪結い師の息子、斉藤タカ丸さんだよー!」
「今なら特別価格だよー!」
「「よってらっしゃい!!」」
これが今日のアルバイト。髪結いの呼び込みである。



もともと田舎暮らしで流行りものに疎かった私は、町に越して来るまで斉藤幸隆さんの存在を知らなかった。私が初めて幸隆さんを知ったのは、隣のおばちゃんに店の残り物をお裾分けに行った時、「ななしちゃん、せっかく綺麗なんだから斉藤さんのところへ一度行ってみればいいのに」と言われたのがきっかけ。オシャレに無頓着どころか普段の化粧ですら雑な私はカリスマ髪結いにあまり興味が湧かなかったんだけど、おばちゃんがあんまりにも熱の籠もった声で幸隆さんの話をするもんだから、ああきっと凄い人なんだなぁとは思っていた。「やっぱり私、髪型おかしいですかねぇ」なんて相槌を打ったら「そうじゃなくて、同じ生活をするから夫婦は似るって言うじゃない。ななしちゃんの髪が半助の髪に似てきたらと思うと心配で…」なんて真剣に言うもんだからコメントに困ってしまったのをよく覚えてる。
そして今日たまたま、きり丸にアルバイトの内容を尋ねたら「タカ丸さんが路上商売してくれるらしいんでその呼び込みっス」なんて言われた。タカ丸さんって誰、と訊いたら「髪結処斉藤の息子さんですよ」なんて軽く言い放つもんだからぶっ飛んだ。隣のおばちゃんがあんなに熱を入れて話してた天下の大スターのコネがこんな近くに落ちてた。忍術学園って忍者の学校の癖してどんだけコネクション持ってんの。そのタカ丸くんも髪結処の息子なのに忍術学園の生徒だなんて、変わってんなぁ。
そして、
いざタカ丸くんとご対面したらそれはそれはイマドキ風の素敵な髪型でした。忍ぶ気、無くね? 初め、ヤンキーかと思ってちょっと話掛けらんなかった。おばさんは今時の若者がコヤイんだよぅぅ
「初めまして、斉藤タカ丸です。土井先生にはいつもお世話になってます」
ヤンキーかと思いきや、私を見るなり爽やかに微笑んで挨拶してくれる彼。どうやら私の思い込みだったらしい。あれだな、どっちかっつーと陰間茶屋とかに居そうなタイげふんごふん!おっと失礼。
「タカ丸さんは六年生と同じ15歳なんですけど、編入生だから四年生なんス」
隣に居たきり丸が補足してくれる。ああなるほど、だから大人っぽいのね。
「初めまして。なぞのななしで、」
「危険信号ですね」
「…は?」
自己紹介も済んでないうちから、私を真正面からじっと見据えてくるタカ丸くん。何? 何なのこの子? 目付きが凄まじく恐いんですけど。いきなり電波系なんですけど。どうしたらいいのー誰か教えてー。
助けを求めるようにきり丸に視線を向けた瞬間、
「このままじゃ土井先生の二の舞ですよ」
タカ丸くんは前触れもなく私の前髪を一本抜き取った。それはもう鮮やかに、プッツンと。
「あ゛いでぇ!」
変なオッサンみたいな声出ちゃったじゃんかよ恥ずかしい! きり丸も横で腹抱えて笑うなや!
「あ、抜けちゃった…」
「抜けちゃった、じゃなくね!? 予告ぐらいくれよもう! 痛いじゃん!」
「まさか抜けると思わなくて…。毛根が瀕死ですななしさん」
「え? マジ? ハゲる? ねぇ、私コレ将来ハゲる?」
「ハゲはしないですけど、薄らハゲるかもしれませんよ」
「いやもうそれハゲてんじゃん! ハゲの域じゃん! いっそ潔く綺麗に禿げたい」
「諦めないで下さい。まだ全然間に合いますから」
「本当?」
「今日のアルバイトが終わったら、普段から手軽に出来る髪の手入れ方法教えてあげますね」
「ありがとう!」
なんだこの子、めっちゃ良い子だ!
「人って見掛けによらんね!」
「え? なんの話ですか?」
「は? 何が?」
「何が?、じゃないっすよななしさん…また心の声が出てました」
「え? マジか。おかしいな、欠かさず指先体操してんのに」
全然効き目無いじゃんか。ボケ予防の方法変えようかな。



私達が大仰に呼び込みしないうちから、タカ丸くんの前はあっという間に長蛇の列。町中の女性が並んでんじゃないかと思う。すっげえぇ。
「これじゃあ大したバイト料貰えないんじゃない?きり丸」
「馬鹿言っちゃいけません!分け前は半分って最初に約束したんですから!びた一文負けませんよ!」
「ああまぁ、そうね…」
それがお前の生き甲斐だかんね。
「早々にやること無くなっちゃったし、私、団子でも買ってくるよ」
「団子?」
「うん。タカ丸くんもこれだけのお客相手にしたら疲れるだろうしさ、終わってからみんなで食べよう」
「さっすがななしさん、気が利きますね!」
「こんな時ばっか調子良いんだから」
ついでに土井先生の分も買って来てあげよう。
先生は今日、帰宅してるものの家でテスト作りしてる。仕事が終わらなくて家庭に仕事を持ち帰って来たのだ。
学園に居残れば良かったのに、なんて思ったけど、帰ってきて顔を見せてくれるのはやっぱり嬉しい。思う分にはタダだから、私に顔を見せてくれる為に帰ってきてくれたのかなーなんて都合の良いこと考えてる。家賃の支払いとか、きっと他に理由があるんだろうけどね。



その辺をちょっとプラッとしてから団子を買って戻って来たら、列の長さが残り僅かになっていた。
「え!? あともう、こんだけ!?」
「そっすよ。タカ丸さんは仕事早いんです。何せもと辻狩りっスから」
遅かったですねと言いたげな顔のきり丸に話し掛けたら、そんな言葉が返ってきた。えええいくらなんでも早過ぎだって! ほんのちょっとしか離れなかったよ!?
とりあえずきり丸の隣に腰掛け、タカ丸くんの仕事ぶりを見学する。
「チョキチョキチョキー!」
速い。凄まじく速い。そして早い。
息子だけでこんだけ手際良かったら父親の幸隆さんはどれだけ凄いんだろ。髪結処斉藤、今度マジで行ってみようかな。
「あれっ?」
ふと、きり丸が列の後方に目を留めて声を上げる。
「何? どしたの、きり丸」
「列の最後に居るの、おシゲちゃんだ」
言われて最後尾に目をやれば背の低いポッチャリ型の可愛い女の子が並んでた。
「知り合い?」
「くのたまで、学園長先生の孫娘さんです。しんべヱの彼女なんですよ」
HA!?
「え!? しんべヱ、彼女居たの!!?」
「へ? ななしさん、知りませんでしたっけ?」
「いやいやいや知らないよ!」
しかも学園長先生の孫娘だとおおお!? 玉の輿じゃねーか! なんだよしんべヱ、一番癒し系に見えて一番プレイボーイでやんの! 恐るべし!
だがまぁ分かるっちゃ分かる。おそらくモテるよね、しんべヱは。あのマイペースさに勝る寛容ぶりは他に無いと私は思ってるよ。
「お願いしまーしゅ」
くだらないこと考えてたら、あっという間にそのおシゲちゃんの番が来た。タカ丸くんの前にある椅子へちょこんと腰掛ける。
「やっほー、おシゲちゃん」
「あれ? きり丸」
「呼び込みのバイトしてたんだ。おシゲちゃんが並ぶとは思ってなかった」
「来週しんべヱしゃまとデートなんでしゅ。だからタカ丸さんに綺麗にしてもらおうと思って」
うわああこの子めちゃくちゃ可愛い。近くに来たら特にそう思うよ、だってめっちゃ小さいもん!
おシゲちゃんはきり丸の後ろで立ち尽くしてる私を見て首を傾げた。
「初めまして、なぞのななしです」
私の言葉に続くように、おシゲちゃんの髪を切りながら「土井先生の奥さんだよ」と笑顔で告げるタカ丸くん。途端、おシゲちゃんはにこっと花の咲くような笑顔を見せる。
「初めまして、大川シゲでしゅ。宜しくお願いしましゅ」
かかか可愛いい! こんな妹欲しい!!
「しんべヱってば幸せもんだね、こんな可愛い彼女がいてさ」
私の言葉におシゲちゃんは目をぱちくりさせてから、クスクスと笑い出した。
「しんべヱしゃまがおシゲにはもったいない人なんでしゅ」
あら、この子ってばなんて大人な発言。
「おシゲちゃん、本当にしんべヱが好きなんだねぇ」
「はい!」
盲目なんだろうな。
悲しきかな、自分と重ねてちょっと負い目を感じてしまう。
恋愛って本当に難しい。年の功でうまく乗りこなせるかっていったら、必ずしもそうじゃない。要領よく乗りこなせる人もいれば、いくつになっても乗りこなせない人もいる。私は断然、後者。
この十歳児カップルはこんなにも円満なのに、私ってばいい年こいて何やってんだろう。駆け引きだとか周囲の目だとか余分なことばっかり考え過ぎて、大人になればなるほど恋愛下手に転じてる気がする。右往左往四苦八苦。
相手を好きだという気持ちはおシゲちゃんと少しも変わらないのに。純粋に先生を好きなのに。
私、情けないなぁ。
「ななしさんは土井先生のこと好きでしゅか?」
予期せぬおシゲちゃんからの質問。少し驚いて、目を瞬かせてから答える。
「…うん。大好きだよ」
私の返答にニッコリ笑う彼女。
「土井先生は幸せ者でしゅね、こんなに素敵な奥さんがいて」
ああこりゃ一本取られたな。
「土井先生が私にはもったいない人なんだよ」
これじゃさっきの会話をなぞってるだけ。でも本当にその通りなんだから仕方ない。
私の言葉におシゲちゃんはまたクスクスと笑う。凄いなこの子、くのたまなのに私よりよっぽどくノ一らいしや。
「はい、出来たよー」
タカ丸くんがおシゲちゃんから手を離す。さっすが!仕事早い。
「ありがとうございました!」
椅子から退いてタカ丸くんに頭を下げる。ううん、なんて礼儀正しい子なの。
「だいぶすいてもらったね」
さっぱりして可愛さアップした感じ。しんべヱ、気付くかな。
「タカ丸くんもお疲れ様。みんなで一息入れようか」
私の分のお団子はおシゲちゃんにあげようかな。そう思って団子の包みに手を掛けた時だった。ぐい、とおシゲちゃんに袖を引っ張られ、きり丸が私の手から包みを奪い取り、タカ丸くんが私を椅子に無理矢理座らせたのだ。
「次はななしさんの番です」
頭上から降ってくるタカ丸くんの声。見上げれば今日一番の笑顔がそこにある。
「…は!?」
なんだこのテンション!
「私、散髪代なんて持ってないよ!?」
「サービスです」
サービス? え、これサービスなの? 手の動きが物凄く楽しげですよ髪結いさん! どっちかっつーと実験台の気分に近いんですけど!
「タカ丸さん、この際ガラッと髪型変えてやってください。土井先生ニブチンだから、切っただけじゃどうせ気付かないですもん」
「土井先生の好みにしてあげるのがベストでしゅ!」
「任せといて! いつかこんなこともあろうかと、火薬委員会の時にこっそり探り入れておいたんだ〜」
自由奔放に会話する子供達。ちょ、私の意見は訊かない感じかコレ!? おまいらヒトの髪の毛をなんだと思っていらっさる!
「待って待って! そりゃ土井先生にも好みの髪型があんだろうけど、私に似合うかはまた別の話じゃ、」
「チョキチョキチョキー!!」
「コラ、やめ、おわあああ!!!」


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