はじまり1


「いやー今日も繁盛しましたねー!」
閉店後、にこにこの笑顔で私に手を差し出してくるきり丸。バイト料ください、って言うつもりだったんだろうけど手がフライングしちゃってるよこの子。
「はいこれ、バイト料。店の手伝いありがとう。助かったよ」
「いつでも呼んでください! 僕、ななしさんからのバイトならなんだって引き受けますから!」
「バイト料いいかんね」
「そう!」
「そこは否定すんだよフツー」

小さな定食屋を一人で切り盛りしている私にとって、きり丸は心強い味方だ。普段お客様は少ないけれど、大口の出前の注文が入ったり、ここは峠だからごくたまに団体客の予約が入ったりする。そんな時、私一人ではやりくりできなくてきり丸にバイトを頼む。
きり丸はよく働いてくれる。ヘタな大人を雇うよりずっと助かるから、私は結構な頻度できり丸にバイトを頼んでいた。

「きり丸、このあと他に用事ある?」
「いや、今日はもう帰るだけですけど…」
「スイカ冷やしてあるからさ。食べてかない?」
「いただきます! タダでもらえるならなんでも!」
全く、この子は分かりやすくて良い。

今は真夏。陽射しがチリチリと肌を焼く猛暑。
そんな中、仕事を頑張った自分へのご褒美に店の裏でずっとスイカを冷やしていた。でも一人で食べるには量が多いから、お供にきり丸を誘う。きり丸も仕事よく頑張ったもんね。
面倒くさがりの私はスイカを四等分して一切れを自分の皿へ、残りの三切れのうちの一切れを食べやすい大きさに切ってきり丸の皿へのせた。
「ななしさん、スイカでかっ」
「だって切るのめんどくさい」
「よくそれで定食屋してますね」
「自分で食べるのとお客様の分は別でしょー」
きり丸の言葉に適当に返事しながら店と繋がった自宅の縁側へ、二つの皿を運んだ。
二人並んで縁側へ腰掛け、真ん中に皿を置く。
日もだいぶ傾いてきた。暑いことには変わりないが、昼間の暑さよりはずっと良い。まさしく夕涼み。
スイカにかぶりつきながらきり丸は私に訊ねた。
「ななしさん、店に人雇ったりしないんすか?」
「なんで?」
「バイト料いいから僕としては嬉しいんすけど、僕がバイト重なって来れない時はどーすんのかなって」
「そりゃ…考えたことないわけじゃないけどさぁ」
「じゃあなんで?」
「だって、こんな峠の定食屋に住み込みで来てくれる人なんていないじゃん」
「ああまぁ確かに…」
「でひょー。あ、種かんだ」
「男つくっちゃえば?」
また突拍子もないこと言うなぁ、この10歳児。
「めんろくはい」
「・・・」
「こらっ、人をそんな目で見るんじゃありません」
「だってななしさん、そればっかり。男嫌い?」
「んなことないよ〜。男の人は大好きよ」
「好きに聞こえないんですけど…」
「ただ好いた惚れたの類が面倒くさくってさぁ。今は仕事忙しいから、恋愛する余裕無い」
「ふーん…。土井先生みたい」
「? 土井先生って?」
「あ、いや、こっちの話」
目の前で手を振ってまたスイカにかぶりつくきり丸。いったいなんなんだろう。
ま、いっか。
「べつにそーゆーの避けてるわけじゃないよー? いい人がいたらフツーに恋愛するよ。ただ惚れるような男性が周りにいないだけ」
「その台詞、大木先生が聞いたら泣きますよ」
きり丸のいう大木先生とは、杭瀬村の雅さんのコト。雅さんのラッキョ漬けはうちの定食屋の定番メニューだ。定食につけてはいるけど、美味しいから単品で頼んでくるお客様もいる。
消費量が激しいから、よくラッキョを仕入れに杭瀬村まで足を運んでは雅さんと顔を合わせていた。
「大木先生、たぶんななしさんのこと気に入ってるんでしょうから〜」
「んー…」
しゃくしゃくとスイカをへずりながら記憶を掘り起こす。まぁ心当たりがないわけではない。ないけど、べつに雅さんはいい人だけど、うーんやっぱり
「めんろくはい」
「…まぁ大木先生はめんどくさい人かもしれないすけど」
べつに雅さんが面倒臭いわけじゃなくて恋愛の類が面倒臭いと言いたかったんだけど…まぁいいや。否定するのも面倒臭い。
黙ってスイカ食べようよきり丸。
「ななしさんてば、また何か面倒臭い顔してる…」
私の表情を見つめながらきり丸は呆れ顔でスイカを食べ続けた。





本当は、私が惚れるほど人として出来た男性なんていないだろうと思ってた。だからこの先も恋愛することなんてないだろうと思ってた。

あの人に会うまでは


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