大通りの店はどこも混んでいたので、小道に入ってなるべくすぐに食べられそうな店を探す。
「お?」
ここ、いいかも。入ってみよ。
「…あれ?」
誰もいない。食堂だと思ったんだけど…。やってないのかな。
「いらっしゃあい」
「わあ!」
いきなり聞こえた声に驚いて視線を落とせば、すぐ傍に腰折れの小柄なおばあさんが居た。びびびびっくりしたああ!
「これ、メニューだよ」
「あ、ありがとうございます」
おばあさんは私にメニュー表を手渡すと、のそのそとカウンターの向こうに歩いて行った。随分と人の良さそうな笑顔だ。私もそれに続いてカウンターに座る。えーと、なんにしようかなー。
「あ、これがいいです! 五目鮨」
「はい、ちょっと待っててね」
のろのろと緩慢な動きで支度を始めるおばあさん。一人で切り盛りしてるのかな。他に手伝いは居ないんだろうか。
「あの…」
「なんだい?」
「ここはおばあさん一人なんですか?」
「そうだよ」
…や、雇ってくれないかな…さすがにそんなこと言ったらガツガツし過ぎかし、私。
「お嬢さんが最後のお客さんだよ」
「え?」
「本当は今ね、店を閉めようとしてたんだ」
「へ? どうしてですか?」
「お客さんが来なくてねえ。昔はここも繁盛してたんだけど、私が足腰弱くなってからとてもやり切れなくなっちゃって…今じゃ誰も来なくてさ」
「? 誰か雇わなかったんですか?」
「何人か雇ったんだけど、何せ私がこの様子だから仲良くやっていかれなくてね。働き盛りの若い子達には、私みたいな年寄りの相手は苦痛だったみたいだよ」
あら、これってまさしくじゃない? まさしくだよね。まさしく私の為に用意されてるよねチャンスだよね。神は私を見放さなかった!!
「雇ってくださいっ!!」
「え?」
あ、いかん。気持ち先走って事情とかいろいろすっ飛ばした。
「私、いま求職中なんです。昨日この町に来たんですけど、日雇いの仕事しかなくて…」
頼む!頼む!お願いおばあちゃん!
「…ごめんねえ」
はい、でたー。やっぱり神に見放されてたー。
「お嬢さん、まだ若いからきっと私にヤキモキしちゃうと思うんだよ。今までの子達みたいに」
悲しそうに笑うおばあさん。今までの子達と違いますから、て言っても信じてくれないだろうなこれは。
いったい今までの子達はこの人にどういう接し方をして来たんだろう。よっぽど傷付いてる表情だ。
「そうですか…」
「落ち込まないでおくれ。お嬢さん、明るいし美人さんだし、すぐにでも他が見つかるよ」
これはお詫びだよ、と目の前に冷奴が置かれる。遠慮なく頂きます。

料理が出るまでに四半刻。ああ、なるほど。おばあさんの動作が緩慢だからお客が待ちきれなくなっちゃったんだろうな。客が減った原因はこれか。
でもお年寄りなんだから、それって仕方ないよね。私もあのまま店を続けて歳を取ったらこんな感じになってたのかな、なんてぼんやり考える。
「はい、お待ちどおさま」
目の前に注文した五目鮨が置かれた。さっきから良い匂いがしっ放しでお腹ぺこぺこだ。
「いただきます!」
早速、一口。
「…美味しい!」
何これ、教わりたい!
「そう言って貰えると嬉しいよ」
おばあさんの笑顔を余所に食べることに夢中。この味だったらいくらでも待てるよね! なんでみんなここへ来ないの、めっちゃ損してる!
「おい!」
口いっぱいにご飯を詰め込んでいたら、店の入り口から不躾な声がした。
振り返ればそこに
「なんだここ、女とババアしかいねえのか」

さっき見知らぬおじさんに警告された、例のごろつき共が立っていた。

「持ってるモンを全部出せ!」
不測の事態。
ざっと見て五、六人。けっこう居るんだな。どーりで昼間の犯行も手際が良いわけだ。
「お、お金なんてうちには無いですが…」
「うるせえ! 無いわけねえだろ!」
おばあさん、顔が真っ青だ。お金が無いのはきっと嘘じゃない。客が来なくて店を閉めようとしてたぐらいなんだから。
ムカつくなあ、なんだよこいつら。オンナ子供を襲ったあとはお婆さんが標的なわけですか。弱い者いじめじゃなきゃ食っていかれないわけですか。世の十歳児は遊ぶ間を惜しんで学費を稼いでいるというのに。働け、馬鹿どもが。
「そこの女もだ! 早くしろ!」
「やだ!」
「…は!?」
私はこういう輩が大っ嫌いだ。相手の力量なんて知らないから、傷付くかもしれないし死ぬかもしれない。でもこんな奴らの言うこと聞くぐらいなら死んだ方がマシ。真っ向から逆らってやる。
私は立ち上がって席を離れた。
「おばあさん、この店に裏口はありますか?」
「え? あ、あるけれど…」
「逃げて下さい」
「え!?」
おばあさんを巻き込むわけにはいかない。逆らうのは私一人で充分だ。
「早く、逃げて」
「だ、だけど、お嬢さんを置いては」
「私はいいから早く!」
ごろつき共が血相変えて私のもとへ駆け寄る。
「何を馬鹿なこと言ってんだ!」
一人が私に殴り掛かってきた。
右へ、一歩。拳をかわして男の正拳突きを横から突き飛ばす。よろけたところへ、自分の身体を反転させる勢いと共に手刀を一発。
上手く頸部に当てることが出来た。男はそのまま失神してカウンターに突っ込んだ。
良かった!現役離れてだいぶ経つから感覚鈍ってるかと思ったけど、このままうまくいきそう。
考える間なんてない、止まったらいけない。
ごろつき共が驚いている隙に二人目だ! 勢い良く地を蹴って男の頭上を飛び越えて背後に回る。膝裏を蹴って倒れたところへ肘鉄。よし、仕留めた。
いける、このまま三人目!
「ひいっ!」
後ろから聞こえた悲鳴に思わず立ち止まった。慌てて振り返れば、そこに
「ふざけんなクソ女! よく見ろ!」
おばあさんを人質にしたごろつきの姿。
あ、やべえ。
「うらあ!」
油断した。傍に居た男が腹に一撃入れてきた。盛大にふっ飛ぶ私。
そうか、そうだよ。おばあさん、足腰弱いし動きが緩慢だから逃げるなんて出来ないよね。よく考え無くても分かることだよね。やっぱり現役離れた時点で感覚鈍ってたみたいだ。
男は倒れた私を掴み上げて、頬に一発、平手を打った。
「何もんか知らねえが人質取られちゃ何にも出来ねえだろ」
ゲラゲラと癇に障る笑い方。ああもうどうしよう、困ったな。久しぶりにピンチだ。
先生ごめんなさい、夕飯作って帰りを待ってようと思ったけど、出来そうにないかも。
「!?」
刹那、私の横を何かが通った。
「あづっ!」
ゴッ、と鈍い音。おばあさんを人質に取っている男の顔面に何かが直撃した。奴はおばあさんから手を放し、顔を押さえて苦しそうに呻いた。
カランと地に落ちたそれは…飛び苦無。
柄の部分を先にしたのか。なんて高等技術だろう。いったい、誰が
「うああ!!」
私を掴み上げている男にも同じものが飛んできた。手放された一瞬の隙に、鳩尾へ蹴りをお見舞いする。よし、仕留めた三人目!
そのままがむしゃらにカウンターを飛び越え、おばあさんの傍で呻いている男目掛けて
「らああああ!!」
組んだ両手を振り下ろした。奴は脳震盪を起こして倒れた。これで四人目!
まだ居たはず! そう思って急いで振り返ったら、そこにごろつき共の姿はなかった。
代わりに居たのは
「大丈夫ですか?」
睫毛の長い、綺麗な顔立ちの男の子。
「何事ですか?久々知先輩」
「あれ!? ななしさん!?」
「お腹空いた〜」
それから乱太郎、きり丸、しんべヱの三人だった。


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