HITお礼 | ナノ
葵さんリク

 にゃーん。
 庭先から聞こえてきた声に、洗濯物を畳んでいた手が止まる。手に持ったバスタオルを脇に置き、立ち上がって声がした方向へ足を向けたのは、自分が主から留守を任されている身だからだ。不届者がこの家に侵入してきたとなれば迅速に、徹底的に排除しなければならない。
 ちなみに私のマスターとこの家の家主は剣士を連れて出かけている。行き先までは聞いていないが、聖杯戦争中に相応しくない行動であることは間違いない。
 にゃーん。なぁう。にゃんにゃん?なぁーう。にゃぁん。
 近づくにつれて明瞭となっていく2種類の鳴き声。なんともまあ、かわいらしい不届者だ。チリンチリンと音が鳴ったのならそれは昔の家主が仕掛けた結界の警告音ではなく、ネコの鈴の音だったのだろう。

「にゃん。にゃにゃ?にゃーん」
「君は随分とネコの真似がうまいのだな」
「ひゃっ!?ア、アーチャー!?」

 なまえの驚いてまん丸にさせた目と、同じように丸くて大きいネコの目が見上げてくる。その様が妙にそっくりで、こみ上げてくる笑いを微笑みに変換して1人と1匹に向けた。

「驚かさないでよ」
「驚いたのは私の方だ。騒がしいと思ってきてみれば、先輩がネコと会話をしていたのだからな」
「う……」

 そうバツの悪そうな顔をしなくても、大変かわいらしかったよ、と。耳元で告げればおもしろいように肩を弾ませるなまえ。
 顔を真っ赤にして睨んでくるなまえに噛み殺した笑いが漏れる。最近気づいたのだが、なまえは声に弱いようだ。だから私はここぞという時、なまえをからかう時など、低くて甘い声を出すように心がけている。

「先輩をからかうもんじゃありません!ねーシロウ?」
「何?」

 今、何か聞き捨てならないような言葉が聞こえた気がする。

「なぁう」
「ふふ、シロウは素直でいい子ね」
「まて、まてまてまて」

 ネコを持ち上げてその鼻先にキスをするなまえの肩を掴む。

「どうしてそんな名前をつけているんだ!」
「だってこのネコ、士郎にそっくりじゃない。赤茶だし、キリッとした顔してるし」
「だがっ、それはっ、あんな奴の名前なんかっ」
「んーやっぱり士郎に失礼か」
「違う!そういうことではなく!」

 はぁはぁと荒い息を繰り返す私の腕に、ネコの手を持ったなまえが「ちょっと落ち着きなよアーチャー」と肉球を押し付けてくる。その仕草は実にグッとくる堪らないものだが、ネコは全然かわいくない!衛宮士郎の名がついていると分かった途端すべてが憎たらしく思えてきた!丸い目が『どうだアーチャー、先輩に抱かれて羨ましいだろ』と言っている!確実に!

「なぁーーう」
「あっ!もうアーチャーが怖い顔するから逃げちゃったじゃない」
「フッ……勝った」
「ネコ相手に何言ってんの」

 尻尾を巻いて塀の外へと逃げていく赤茶。ふん、今度来る時は白ネコを連れて来い。そしてなまえにアーチャーと名付けてもらってその腕に抱かれるのだ。
 「なぁに、アーチャー。ネコに嫉妬したの?」なまえがすり寄ってきて、上目遣いで見てくる。その目には遊んでやろうという意図がありありと見えた。

「そうだ」
「ふうん。アーチャーって嫉妬するタイプなんだ」
「するとも。私は嫉妬深いぞ、なまえ。君が衛宮士郎と話している時もランサーに笑いかけている時もオレは苦しくて仕方ないんだ。その手を取って攫ってしまいたいと何度も思うよ」
「ん?」
「ああ、そういえば昔……なまえから見れば未来の話なのだが、君はキャンプの仲間に随分と慕われていてね。大半の男は君が好きだったし、狙っていた」
「ちょ、ちょっと待ってアーチャー」
「君はそんなことつゆも知らず呑気に男たちに愛想を振りまいていてね。オレは心が焼かれる思いだったよ。いっそ君をどこかに閉じ込めて手錠でもかけてしまいたかった。オレ以外の人間に会わせず、オレなしでは生きられないようにしてやりたかった」
「分かった、アーチャーが嫉妬深いのは十分分かったから止まって。未来のことまで持ち出されても私困ります!」
「そんな馬鹿なことを考えるくらい、オレはなまえが好きなんだ」

 締めに低く甘い声で囁けば、なまえは空気の抜けた風船のようにふにゃふにゃと腰を抜かして蹲った。羞恥に震えた弱々しい声でなまえは言う。

「アーチャーに先輩としての余裕を見せられる日は来るのかな……」
「一生来ないだろうな」
「ちょっとそこはフォローするところでしょ!」

 どこかでなぁう、と鳴き声がした。

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