HITお礼 | ナノ
七瀬さんリク

 なんだよお前、そんな風に笑えるのかよ。
 そう思った瞬間、怒りで目の前が真っ赤になった。庭先で弓兵と並んで洗濯物を干していたなまえにつかつかと歩み寄り、その細っこい右腕を掴む。いた、というなまえの声となまえが持っていた洗濯物が同時に地面に落ちる。白いTシャツは俺のものだった。非難の言葉と共に肩を掴んでくるアーチャーを振り払ってなまえの手を引く。なまえは逃げない、というよりも逃げられない。よろめきながらも黙って俺に手を引かれたまま俯いている。馬鹿じゃねえの、と思った。こんなんで大丈夫かよ、と乱暴に女の手を掴んでいる俺とは違う俺が心配した。
 門に差し掛かったところでなおもアーチャーが執拗に追いかけてくるのでなまえを担ぎ飛ぶ。目的はない。ただどこでもいいからなまえと2人きりになりたかった。

 衛宮士郎の妹、衛宮なまえ。双子だと聞いたが顔はそこまでそっくりではない。明るい髪の色と特徴的な眉の感じだけは似ていたが。
 なまえはいつも坊主の後ろに隠れていた。同じ女である桜や凛、セイバーからも距離を置いていた。自ら話しかけることは滅多にない。必要に駆られた時くらいだ。そんな彼女の性格にこっちは少し安堵していた。あの様子じゃあいらん男と付き合うこともない。無理矢理連れ去られることはありそうだが。
 俺はなまえが好きだった。きっかけなんぞ覚えてねえ。気づいたら目で追ってた。触れたいと思っていた。この調子ならなまえを手に入れられると、思っていた。
 俺の安堵はあっけなく裏切られた。なまえがいつからかアーチャーと言葉を交わすようになったのだ。それも自分から声をかけて。士郎や凛はいい傾向だと言っていたが、俺としたら冗談じゃねえ状況だ。なんで、どうしてだ。なんでアーチャーなんだ。焦燥で身動きの取れない中、目撃したのが先ほどの光景。
 花が咲くような、という表現が適切だろう。なまえは笑っていた。穏やかに、嬉しそうに、安心しきった顔で。そんな顔を見るのは初めてだった。

「なんでだよ」

 なまえを礼拝堂の壁に押し付け、唸る。結局のところ俺が帰れるところなどここしかない。金ぴかと神父の姿は見当たらない。好都合だった。俺がこの女をどうしようと咎める者はいない。まあ、あいつらはどうせ止めないだろうが。

「どうしてだ」

 綺麗に整理された脳内とは裏腹に唇からは乱雑な言葉が飛び出ていく。なんであいつの前だと笑うんだよ、俺の前じゃあんな顔しねえくせに、俺の方がお前を好きなのに。
 叫んでから、ハッとする。目の前の、俯いているなまえの耳は赤くなっていた。

「アーチャーさんと一緒にいると、どうしてか安心するんです……お兄ちゃんに似てる気がして」

 ……ああ、そうだったのか。掴んでいたなまえの右手を解放してやる。白い肌が指の形に赤くなっていて後悔した。我を忘れて手加減せず女の手を握るなど。
 なまえは痛がる素振りもせず右手首を左の指先で撫でた。そうしてゆっくりと顔を上げる。

「ラ、ランサーさんの前で上手く笑えないのは……は、ず、……かしいから、です」

 小さくなる声。言葉尻はほとんど聞こえなかった。再び俯こうとするなまえの顎を掴み、無理矢理俺と視線を合わせさせる。
「恥ずかしい?なんで?」
 恐らく俺の口は意地悪に弧を描いているだろう。なまえは首まで染めて、目は潤んでいる。アーチャーがいれば『かわいそうだろう』などと突っかかってきそうだが生憎ここには俺となまえしかいない。俺はあの弓兵と違ってお人好しでも優しくもない。だからやめてやらない。

「なあ、なまえ、言えって。ちゃんと」
「う……ぁ……」

 なまえはしばらく口をパクパクさせていたが、ようやく決心するように目をぎゅっと瞑った。なまえの唇が形を作る。

「……す、好き……です、ランサーさ、」

 言い終わる前に唇を塞いだ。

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