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京さんリク

 走って、走って、走って。どんなに足を進めても自分の周りに渦巻く炎は消えちゃくれない。瓦礫に足を取られて転び、膝に火傷を負う。それでも全身炎に焼かれるよりかはマシだから、すぐに立ち上がってまた走った。けれどもまだ、この火の海からの出口は見えてこない。
 ──出口なんかないよ。
 誰かが耳元で言った。嘘。こんなのただの幻聴。
 ──嘘じゃない。これは現実だ。
 違う。これはただの夢に過ぎない。ずっともがいていればいつかは覚める夢。

「違う。これは夢じゃない」

 足が止まる。目の前に子供が立ちふさがったからだ。小さな体は煤で汚れ、昏い瞳はただ私だけを見つめている。子供が、口を開く。

「これは現実だ」

 子供は少年の姿になる。制服を着た少年だ。

「いつか訪れる現実だ。アンタが望んだ未来だ」

 子供の、少年の言葉が心臓を貫く。息が苦しくて、荒い息を吐きながら後ずさった。

「はっ、あ……ち、がう……」
「何が違う?」

 少年がどんどん成長していく。背が伸びて、肌と髪の色が変化していく。褐色の肌と白髪になった目の前の青年はまばたきもせず私を見つめている。視線だけで追い詰められているようで恐ろしい。足は地面に縫い付けられたみたいに動かなくて、はっはっと短い息を吐き続けるしかない。

「君がこの地獄を望んだんだ。他の誰でもない、君が」
「っ、あ、く……」

 いつの間にか近づいてきていた青年に首を掴まれ、締め上げられる。地面からつま先が浮き、もがく。
 青年は、本気で私を殺そうとしているようだった。込められる力は容赦なく、私を死へと突き落す。視界がぼやける。頭がぼんやりとして、私の意識はそこで途切れた。



「──っは、ぁ、あ、……」

 飛び起きると、そこは私に与えられた教会の一室で、火の海などではなかった。額から汗が布団に落ち、背中に服が張り付く。
 「は、……ぁ、はぁ……」目元を手のひらで覆い、息を整える。が、いつまで経っても正常に戻れる気がしない。今でもなお、首を絞められているような感覚がある。爪が食い込むほどに強く、折られてしまうんではないかと思うほどに憎しみを込められて、握られている、感覚、が。

「大丈夫ですか」

 汗で濡れた背中をさすられて、再び恐怖の底へ突き落されようとしていた意識が踏みとどまる。顔を上げると、いつの間にやって来たのだろう、天使のような姿を持つ子供と目が合った。

「ギ、ル……」
「貴方の見たものはただの夢です。記憶に留めておく価値もない。早く忘れて」

 ギルの瞳は赤く、どこまでも広がる炎を思い出させた。それと、あの青年が纏っていた外套も。だから、彼から目を逸らして、さすってくれる手から逃げ、ベッドの隅で膝を抱えた。これ以上ギルの瞳を見ていたら、またあの地獄の中へ引きずり戻されてしまう。

「なまえさん……」

 呼びかけられても答えない。今はギルのやさしさを受け入れることはできない。そうすれば私は、あの青年を──士郎を、アーチャーを、裏切ってしまうことになる。

「否定し、恐れ、それでも叶えたいと願うとは愚かな女だ」
「ッ」

 刃こぼれをした剣で喉元を掻き切られたような衝撃だった。思わず顔を上げてしまって、ギルガメッシュの血の色をした瞳に貫かれる。
 ウルクの王は残酷な笑みを浮かべて……次の瞬間にはいつもの子供らしい笑みに戻っていた。

「……って、大人の僕は言うでしょうけど、僕はそこまで酷くはありません」

 ギルがベッドに登ってくる。伸ばされた腕は、そっと私の頭を抱きかかえた。

「いつか必ず傷つく未来が来る。けれど、それまではどうか穏やかに」


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