君をひとかけら


 呪いの朱槍が右手にある。脈打つそれを握りしめて回転させた。穂先が狙うのは扱う者の腹。オレの内臓。ゆっくりと肉に埋め込んだ。肉を裂き、臓物を破壊し、背骨を砕き、反対側まで辿り着いた穂先は外気に触れ更に赤く染まった自身をぬらりと光らせた。
 一瞬意識が飛びかける。真っ暗になった瞼の裏に川と、身の丈ほどの大きさの石が映った。慌てて奥歯を噛みしめる。意識が飛ぶということは魔女の命令に体を支配されるということだ。それだけは許せない。呪いの槍に少女の肉を喰わせるわけにはいかない。オレは三度も、愛する者の亡骸を腕に抱きたくはない。
 歪む視界でなまえの姿を捉えた。泣きそうな顔をしている。泣くな大丈夫だから、と言ってやりたかったが喉からは呻きが漏れるのみ。
 泣くな、泣くな。お前がそんな顔をする必要はない。お前はひとつも、悪くない。
頬を撫でてやろうとして手を伸ばした。けれど指先が柔らかい頬に届くことはなく、血濡れた地に落ちた。

 サーヴァントは夢を見ない。だというのにこの有様とは。寝台から起き上がり室内を見渡した。同じ部屋に詰め込まれている他の3人はいなかった。よかった、と心の底から安心する。
 今自分と同じ顔を、特にランサーの顔は、見たくなかった。

「ああ、槍が欲しいぜ」

 キャスターとして召喚されてからすっかり口癖になってしまったその言葉を独り呟いた。



「キャスター」

 シュミレーションルームに続く廊下を歩いていたところ、背後から声をかけられた。なまえだった。「キャスター、あのね、」何かいいことでもあったのだろうか、明るい声音をしたなまえに、腹の中が燻り始める。
 少女がアイツの名を出す前に、オレはいつもの台詞を吐いた。

「ランサーなら管制室で見たぜ」
「え?いや、ランサーの話じゃなくて」
「お前が必要としているのはアイツだろッ!!」

 オレの怒鳴り声が狭い廊下に反響した。驚いた顔をした職員たちが気まずそうに離れていく。視界の隅に、大きく目を見開いたなまえの姿が映った。オレがコイツに怒鳴ったことは数えるほどしかないからこんなに怯えるのも頷ける。
 舌を打ち、殺気をどうにか抑える。情けねぇ。なになまえに当たってんだ。あんな記憶を、見たせいだ。

「オレに……近寄るな。オレはランサーじゃねぇ。槍も持たない非力な魔術師だ。お前の望む男じゃない」

 だからさっさとアイツのところへ行けよ。ランサーのところへ行っちまえ。
 自分で言った言葉が、自分の頭を殴った。何故オレはキャスタークラスで召喚されたのか、何故オレはなまえの隣にいたランサーと完全な同一存在なのか。誰に文句を言えばこの行き場のない感情は消えてくれるのか。

「……キャスター、しゃがんで」
「何故だ」
「いいからしゃがんで」

 低く抑揚のない声からはなまえの感情は読み取れなかった。
 背中を曲げ、身長差を縮める。するとなまえの手が額に伸びてきた。避ける間もなく、細い指がパチン、と額を弾いた。

「いってぇ!」

 鈍く痛む額を抑え、思わず身を引こうとする。けれどなまえの両手で顔を挟まれそれは叶わなかった。

「お、おい……なまえ……」
「相変わらずでこピンには弱いね、ランサー」
「な、に……?」

 今度はこっちが目を見開く番だった。「なんで…お前、知って……?」上手く言葉が出てこないオレに、少女は拗ねた顔をする。

「そんなに私を舐めてたなんて!貴方がランサーだったことくらい、ずっと前に気づいてたよ」

 私を見くびらないで、となまえはオレの頬を抓る。額と頬の痛みと共に、彼女の言葉の意味を理解した。
 「は……なんだよ、知ってたのかよ」きっと今酷い顔をしているだろう。その顔を、なまえを抱き締めて見せないようにした。

「それで?私がランサーを贔屓してるって?どうしてそんな風に思ったのかしら」

 確かになまえを見くびっていたようだ。自分を怒鳴り散らした男の背を、撫でるなんぞ普通しない。コイツはきっとオレが『嫌いだ』と突き放したとしても、オレを諦めないんだろう。

「オルタの、言う通りだったな……」



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