13.くびきりナイト


「みょうじ……みょうじってば!」
「え?ご、ごめん。考え事してた」
「僕とのデートは退屈?」
「そんなことないよ」

 “デート”という言葉はスルーして、拗ねた顔の蘇入くんにごめんね、と手を合わせる。すぐに彼は目を細めて私の手をぐいっと引いた。今日もヴェルデは大盛況だ。人混みを縫うようにして進む。
 弓道部の元同期、そして今も同じ大学に通う蘇入くんに『一緒に遊ばないか』と誘われたのは今朝のことだった。やさしく、誰にでも分け隔てなく接する彼は私とも仲良くしてくれていて、断る理由はなかった。気分転換になるかもしれないと、思ったし。

「この前部活を覗いてきたんだけどさ、間桐さんよくがんばってるね」
「間桐部長は蘇入元部長のお眼鏡に叶いましたか?」
「叶った叶った。入部してきた時はすごく大人しかったけど、変わるもんだね。今ではしっかりしたお姉さん、って感じだ」

 弓道部では綾子は主将の任から退き、新たに桜が就いた。彼女のことだから何でもかんでも自分だけでがんばろうとして、背負い込んで空回りするんだろうなあって士郎と話してたんだけど、今ではすっかり落ち着いた。綾子のフォローもあって後輩から頼られる立派な部長になったようだ。元々桜は強い子だから、ものすごく心配していたわけじゃなかったけど。
 そういえば卒業してから一度も道場に行ってないなあ。今度顔を出しに行こうか。

「それに随分とモテるようになったみたいだ」
「ああ、実典ね。あれだけ分かりやすいのに当の桜は全く気付いてないっていう」

 不憫というかなんというか。桜の視線は士郎にしか向けられていないから当然というか。

「そういうみょうじは?好きな人いる?」

 急に顔を覗き込まれて、ドキリとする。できるだけ自然になるよう心がけながらその視線から逃げた。

「……どうかな」
「その様子じゃあ、まだ僕にも勝ち目はあるね」

 二コリと笑った蘇入くんに私は何も答えられない。曖昧な笑顔を作ってどうにか話を逸らそうと頭を回転させる。「あ、ねえUFOキャッチャーしようよ」目に入ったゲームセンターに蘇入くんを引っ張って連れて行く。
 「よし、僕に任せて。何がいい?」腕まくりをする彼の隣で透明な箱を覗き込む。「……犬が、いいかな」OKと言って蘇入くんはコインを入れた。
 クレーンがゆっくりと犬のぬいぐるみの上へ移動する。アームが開いて、降下して、閉じる。「あ〜惜しい!」アームは何も掴めなかった。もう一回、と蘇入くんは再びコインを入れる。
 彼は私のために頑張ってくれているというのに、私の視線は取ってと頼んだ犬のぬいぐるみではなく、その隣の兎に注がれていた。首元にリボンが結ばれた白い兎のぬいぐるみ。うちに、あるのと同じだ。枕元に飾っている。
 兎の赤い瞳をみつめていたら、さみしくなった。早く家に帰ってぬいぐるみを抱きしめたい。



「今日はありがとう。それじゃあおやすみなさい」
「……あのさ、みょうじ」
「なに?」

 エントランスに入ろうとしていた足を止め、振り返る。俯いた蘇入くんの姿が闇に飲まれそうで少し怖かった。この辺りは夜になると人通りがぐっと減る。だから、今は私と彼の息遣いしか聞こえない。

「昼に言ったように、僕の気持ち、今も変わってないから」
「気持ちって、」
「みょうじ、好きだ。僕と付き合ってほしい」

 まっすぐ見つめられる。……彼から告白されたのは高校3年の時、部活を引退した直後だった。その時は断ったけど……まさか彼のような人気者が、まだ私みたいな女を好きでいてくれたなんて。
 でも、私の答えは決まってる。

「ごめんなさい。私、蘇入くんとは友達のままでいたいの」
「そっか……うん、それなら仕方ないな」

 困ったように、彼が笑う。
 その瞬間、私の体に鋭い痛みが駆け巡った。筋肉が硬直し、動かない。彼が取ってくれた犬のぬいぐるみが腕からすり抜けて落ちる。「っ、……ッ!」悲鳴も上げられず、地面に倒れ込んだ。
 見上げた先の蘇入くんの手にはスタンガン。パチパチと音を立てて閃光を発している。

「手荒なことはしたくなかったんだけど、仕方ない」

 黒い闇の中で、彼の唇が弧を描く様だけがはっきりと見えた。



  
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