光闇繋者
裏切りと覚醒1
1/3
裏切りと覚醒
かつて、人は妖怪を畏れた
その妖怪の先頭に立ち、百鬼夜行を率いる男
人々はその者を妖怪の総大将――あるいはこう呼んだ
魑魅魍魎の主、ぬらりひょんと――
関東平野のとある街、浮世絵町
そこには人々に今も畏れる『極道一家』があるという
わたし、形無彼誰はリッくんこと奴良リクオと一緒にいて、リッくんの仕掛けるいたずらを見ている。リッくんは妖怪任侠一家奴良組の若頭で、組の誰かがいたずらに嵌まるのを待っているのだろう。大方、雪女の氷麗が嵌まりそうだが。リッくんは輪のところに足を入れて引っ張ると釣り上がるいたずらとその付近に落とし穴を仕掛けた。
氷麗がリッくんを探しに来る声が聞こえ、わたしは隠れ、リッくんは踞る。唸っているリッくんに氷麗は心配そうに駆け寄るも、手はリッくんに届かない。リッくんが紐を引っ張って氷麗を釣り上げたからだ。逆さまになる氷麗を見て、リッくんは嬉しげに笑って走る。少し経つと、リッくんを探す氷麗を探しに来た黒田坊と青田坊――黒と青と呼んでいる――が来た。釣り上がっている氷麗に驚くも、「降ろして」と言う氷麗を降ろすために近づくと落とし穴に引っ掛かる。ずるずると落ちていく黒と青に、リッくんはまた、楽しそうに逃げていく。
「形無! 降ろしなさい!」
「……小生も行くぞい!」
少し考えて、わたしはリッくんを追った。氷麗は……登った黒と青、もしくは組の連中が降ろすと判断する。
リッくんを追いかけて、なぜか総大将とリッくんの三人でご飯を食べることになった。リッくんはさっきあったことを話している。総大将も楽しそうに返し、三代目の代紋≠フ話になった。総大将は初代だ。二代目は死去していて、幼いリッくんの代わりに今は隠居した初代が総大将をしている。それにはリッくんの血も関係しているが、今は関係ないので話さないでも問題ないだろう。三代目の代紋≠ノついては、総大将はリッくんがもう少し大きくなって、立派な妖怪になってから、と言う。立派な妖怪になるというリッくんに頼もしいと思うが、人間の部分もあるリッくんはその部分をどうするんだろうとも思う。
話は変わり、妖怪は強いのか、という話になった。リッくんは若かりし頃の総大将の話が大好きで、よくねだっていた。わたしはリッくんに付き合わされて飽きている。なんと言うか、リッくんは純粋だと思う。
総大将は話し出す。
「妖怪とは、あやかしの術を使い、空を舞い自由に現れ、剣技、体術、姿形も常人の想像を超える!! ワシは部下に百の妖怪をしたがえ、毎夜毎夜の大活躍。人間からはおそれられ、妖怪からは総大将としたわれる。闇の世界の主と呼ばれたのがこのワシじゃ!」
自慢したいと思われる総大将は胸を逸る。
「やつらはワシをしたって今もワシの下で働いてくれとる。世話をしてもらっとるんじゃ、文句をいうな」
「うん!」
「よし、リクオ。では、今日もワシの妖術をごらんにいれよう」
あ、またか。
「ん…? ここにいた客は」」
「さあ……わたしはわからん」
「あぁあ〜〜〜、無銭飲食だぁあーーー!!」
結局、わたしに金を預けて逃げるあたり、総大将はわたしのことも考えているように思える。
翌日、リッくんを起こしにぞろぞろと集まっている。リッくんの護衛としてわたしも浮世絵小学校に通っているから、準備しなければならない。護衛以外にも、協調性も学んで来いという意味もある。どちらかというと、護衛はついでのようなものかもしれない。
リッくんと連れ立ってバス停まで行くと家長カナが待っていた。先にバスに乗っていればいいのに律儀だと思う。
「リクオ君、彼誰ちゃんおっそいよ! もうバス来てるし、これのがしたら遅刻って言ってんじゃん」
「ごめん、ごめん」
「だぁってさー、みんなが……」
三人でいる中、屋敷に興味を持っている子たちがいた。すごい、と単に規模に驚いている。
今日の授業、体育でリッくんは五十メートルを六秒九で走った。だいぶ早いタイムだ。その後の、班に分かれて調べものをして発表する授業でのこと。とある班が浮世絵町の郷土について調べた。かいつまめば、昔、人を食らう妖怪がいて、陰陽師により退治されて璞神社に封印された、というものだ。妖怪がこわい、という子がいる中、発表した班の班長、清継が先生に出来を聞き、満点を貰っていた。それに意を唱えるのはリッくんだ。
「ちょっと待って!! 今の話おかしくない? 妖怪っていい奴らだよ。ねえ、彼誰?」
「まあ、変な奴らが多いけど」
わたしは笑って言う。
「雪女は料理上手、青田坊は力持ち」
歌うように続けた。
「鵺は気まぐれだし神出鬼没だけど優しいよ」
リッくん……わたし、何気に貶されてる気がするよ。
「おめーら何だよ!! 清継くんの作った自由研究にケチつけよーってのか!!」
リクオは胸倉を掴まれる。
「やりすぎだよ」
腕を取り、胸倉から外した。
「ホントだって!! ボクのおじーちゃんは妖怪の総大将なんだから!!」
リッくんなに言うの! それは秘密ってわたしと約束したでしょ!
「じゃあ君のおじいちゃんは『ぬらりひょん』じゃないのかい?」
「よく知ってるね!? 有名なの?」
「おバカ…。『ぬらりひょん』ってのはなあ、人の家に上がりこんで勝手にメシを食ったり、わざと人の嫌がることをやって困らせれたりするすっごい『小悪党』な妖怪だろうが!! 何を英雄[ヒーロー]みたいに言ってんの?」
キモいだの周りは言う。総大将、これは言い返すとこでしょうか。
「それに鵺は伝説の妖怪! その鳴き声は気味悪くて源頼政に退治されたよ。みんな安心して! 妖怪なんてのは、昔の人が作った創作だから! この現代に出るわけないしね!」
鵺の意味、知ってるのかな。妖怪以外にも意味があるんだけど。
「そっかー。さすが清継くん!」
「実際いたら怖いしね!」
「でも…でも…ボクんちに――」
「しっつこいわねー奴良!! アンタマジキモいんだけど」
リッくん撃沈!
尻拭いではないけど、妖怪の端くれとしては言い返さなきゃなぁ。
「でもさー、みんなは妖怪を見た事ないから、そんなことが言えるんでしょ?」
わたしの言葉に、場は静まる。
「見てもないのに勝手に決めてんじゃないよ。つーか何だよ、大人な会話って。ガキが」
「彼誰ちゃん?」
リッくんを除く、言い合いをしていたクラスメイトの顔色が少し悪い。
「それに今、こわい≠ニ思ったね?」
それは恐れ=B
「彼誰!」
「冗談だよ。ま、リクオに何かしたら悪いが赦さないけどね?」
畏怖を感じさせるわたしに誰も言い返しはしなかった。結局、リッくんが気持ち悪い、ってことで話が途切れたようだ。
家に帰っても、リッくんは落ち込んだままだ。それにリッくんを呼びに来た首無が首をかしげる。
「どーしたんですか、リクオ様? 元気がないですよ」
「首無」
「うん。ちょっとね」
「今日は親分衆の寄合があるんですから、元気だして。総大将が呼んでますよ」
「おじいちゃんが?」
「いってらっしゃい」
「……うん」
落ち込んだまま、リッくんは総大将のところへ行った。わたしは垂れ桜に登り、空を見上げる。
「彼誰は行かないのか」
「呼ばれたの、リッくんだけでしょ〜。あんま好きじゃないんだよ。あの場所」
「ガゴゼ会か?」
「なぜ?」
「だいたい隠れるだろう。自覚無いのか」
わたしは押し黙る。自覚は無かったが、思い出せばそうだったかもしれない。
「あまり、そういう振る舞いはするなよ」
「……不信を抱かせるから?」
「お前の立場も危ういからだ」
「…………」
わたしは不言実行が多い。それせいかはわからないが、わたしはあまり、奴良組幹部からは信用がない。