◎ 67
「なー黄瀬、お前最近ヘンじゃねー?」
「はぁ?別に変わんないっスけど」
「なんつーかさー、喋んなくなったよな」
休み時間、前の席の男子が不思議そうに話しかけてくる。不機嫌さを隠さず返事をしても勝手にしゃべり続けてくるあたり、マジ空気読めよ。
喋らなくなったのは間違えではないだろう。つい先日、麻衣子っちに振られたその日から、頭の中はそのことで一杯だった。
結果として、俺の本気の恋も、終わったんだ。
どう解釈しようが、そこにしか結び付かない。最後に掴んだ手首と、払いのけられた感覚が、まだ手に残っている。
最悪の結果。気持ちを自覚する前からずっと、誰にも渡したくないと思っていたはずなのに、そうなった。俺は負けた。
失恋ってこんなもんか。心にぽっかり穴が空いたみたい。勝手に思い描いていた幸せな想像が全て俺の一人相撲だと明らかになったからかも。会って、話して、進展を望むことさえできないとわかってしまって。
あんなところに痕つけた奴が今、俺が一番いたかった位置にいるのか。
いろんなことをぐるぐる考えて、最終的にたどり着くのはひとつの疑問。相手は誰か。
知ってどうしたいのかはわからない。でも、俺が知る限りで可能性があるのは一人しかいなかった。
*
「なぁ、ちょっといい?」
「いいっスよ。…俺もアンタに訊きたい事があるんス」
放課後、ちょうど校門を出ようとしたところで樋口から声を掛けられた。職員会議か何かの関係で全ての部活が休みになっているため、人通りは非常に多い。
体育館の近くに場所を変えようかと提案すると、樋口はあっさりと承認した。
「で?何を訊きたいって?先にドーゾ」
「直球っスけど、あんた、麻衣子っちと付き合ってるんスか?」
「は?」
樋口はポカンとして俺を見つめた。さすがに直球すぎたか…?でも変に遠まわしに訊くよりいい。黙って樋口の答えを待つ。
「んなことねーし。何でそう思うわけ?」
「何でって…」
「つか、付き合うとか無理だし、俺は」
「は?」
今度は俺がポカンとした。こいつ今何て?自嘲ぎみに笑いながら言い放たれた言葉。無理って?麻衣子っちのこと、好きなのに?
「まーそれは置いといて、俺が話したかったこと話していい?」
「ど、どーぞ…」
「最近の麻衣子ちゃん、様子がおかしいの知ってる?せっかく学祭云々でクラスの女子とも仲良くなってたのに、今は全然。前より喋んなくなっちゃってんだ。俺が話し掛けても必要最低限っつーか、前みたいに笑顔を見してくんねーの」
「はぁ…」
「部活も、辞めるって言ってるんだろ?」
「なんでそれを…」
「なんとなく、な。麻衣子ちゃんがそんな感じになってから、お前何か話した?」
「そりゃまぁ、」
振られました。とは言えず。
「…何言われたか分かんねーけど、麻衣子ちゃんが普通じゃねーことはお前も気付いたろ?」
「突然すぎたんスよ…。いきなり部活来なくなったかと思ったら辞めるとか。それに、」
「?」
「彼氏、できたのかなって…」
あの赤い痕は今でも目に焼き付いている。少し消えかけてはいたけど、間違いなくキスマークそのもの。
「ああ、それが俺じゃないかって?…って、さっきも訊いたけどなんでまたそんなこと思ったんだ?」
「俺、見たんスよ」
「何を?」
「首すじの、キスマーク… 」
「えっ」
樋口はフリーズした。俺は思い出すだけでムカムカして、口にしたことで胃が掴まれるような感覚さえ感じた。
「あー…、まだ残ってたのか…」
頭を掻きながら、樋口はため息混じりに言った。
…え?
「もしかして樋口が…!?」
「ちげーよ!んな訳ねーだろ!だからそんな殺気立つなって!」
「じゃあ何を知ってるんスか?」
「…麻衣子ちゃんには口止めされてんだけど、やっぱお前には言わなきゃだと思ったんだ」
深呼吸した樋口は静かに俺を見据えた。おそらく樋口が声掛けてきた一番の理由はここからなんだろう。
それにしても、口止め?俺に聞かれちゃマズイようなことが存在しているのか。
「麻衣子ちゃん、襲われたんだよ。学祭の日の放課後、部活行く直前に。…お前に恨み持ってる奴から」
「は、」
あまりに想像を超えていた発言に、自分の目が丸くなるのがわかった。
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